024.魔石
「授業中すみません。あー、ウィンチェスタくん、保健室に初等科の……」
博士科の授業中だったノアールは慌てて立ち上がった。
荷物を持ち教室から飛び出していく。
普段、沈着冷静で何事にも動じなさそうな男の慌てっぷりに周りは騒然となった。
「へぇ、あんな顔も出来るのか」
ウィンチェスタ三男は魔術の才能が高く、いつも冷静で真面目な男。
特に誰かと親しくすることもなく、授業中も表情を変えることはほとんどない。
あの男があんなに焦るとは。
第一王子フレディリックはノアールの意外な姿に口の端を上げた。
博士科の建物から保健室までは少し遠い。
ノアールは廊下を走り、階段を駆け下りた。
「リリー!」
息を切らせながらノアールは保健室へ駆け込む。
保健室のベッドで横になるリリアーナ。
保健医と担任がノアールの声に驚き、振り向いた。
「魔力滞留だと思います」
魔力の循環が上手くできない子供に良く見られる症状。
神託を受けたばかりの7歳の子がなる病気だ。
魔力は身体中を巡っており、なんらかの理由で魔力が留まってしまう事がある。
ストレスだったり、ケガだったり原因は様々だが。
リリアーナは指輪で魔力を無理矢理抑えている状態のため、上手く魔力が循環できなくなっているのではないか。と保健医は告げる。
「すぐに指輪を外して魔力を放出させてあげたいが……」
保健医はこめかみを押さえた。
ここで外せば急に魔力放出が始まり、リリアーナの魔力がバレてしまう可能性がある。
初等科・中等科ではわからないだろうが、高等科・専門科にもなれば優秀な学生もいる。
博士科ならほぼ気づくだろう。
「フォード家の別邸へ連れて帰ります」
「緊急事態だから書類の完成を待たずにもう行っていいわ」
あとはやっておくからと言ってくれる担任にノアールはお辞儀をした。
「……リリー」
意識のないリリアーナの顔を撫で、ノアールは大事にリリアーナを抱きかかえる。
「荷物は持ってあげよう」
保健医と一緒に階段を降り昇降口へ。
学園の門ギリギリの所まで馬車が来てくれているのが見えた。
「彼女は少し痩せすぎではないか?」
教室から保健室に連れてくる時に抱きかかえた時、あまりの軽さに驚いた。
背は小さいが、それにしても軽すぎる。
「いろいろあって、あまり食べません。これでもだいぶ食べるようになった方です」
途中で女の子達の色めき立つ声が聞こえる。
ノアールが小さな女の子をお姫様抱っこしているのだ。
騒ぎにならないはずがない。
「これは大騒ぎだ」
保健医がこのあと大変だと笑う。
「……リリー……」
青白く今にも消えてしまいそうだ。
無理はしないでほしかった。
体調が悪かったなら相談してくれればよかったのに。
ノアールは切なそうな顔でリリアーナを見つめた。
「おっと、今はその顔はやめた方がいい」
保健医が眉間に皺を寄せながらノアールを止めた。
ただでさえ、お姫様抱っこで注目を集めているのだ。
普段表情を見せないノアールがこんな顔をしていれば女生徒達は悩殺決定だ。
男の自分でさえ、この表情にはドキッとする。
「……顔?」
その顔とはどんな顔なのか。
保健医の意味が分からない言葉にノアールが首を傾げる。
「……なんでも買ってあげたくなる」
手を口に当てながら照れたようにつぶやく保健医。
「どういう意味です?」
よくわからない理由に、ノアールは溜息をつきながら馬車に乗った。
◇
別邸のベッドへリリアーナを下ろすと、ノアールはすぐ指輪を抜き取った。
ネックレスに指輪を通し、リリアーナに着ける。
熱で少し赤い首元は汗ばんで辛そうだ。
ミナに頼んで制服から寝巻きに着替えさせてもらった。
だいぶ首元も楽になっただろう。
「ノアール様、お嬢様は?」
「魔力滞留です」
ノアールはリリアーナの前髪を上へ退け、タオルをおでこへ乗せた。
髪を優しく撫で、頬を撫で、耳に触れる。
顔は青白いのに、リリアーナの身体はとても熱かった。
ミナにウィンチェスタ家への連絡を頼み、ノアールはベッドの横の椅子に座った。
以前リリアーナが魔力不足で倒れた時から置きっぱなしの椅子。
こんなに何度も座る機会は欲しくなかった。
ノアールはリリアーナの熱い手を軽く握った。
息も荒く、呼吸が浅い事がわかる。
いつから辛かったのか。
昨晩は変わった事はなかったと思うが、もしかして昨晩から症状はあったのだろうか。
手を握っていないもう片方の手でリリアーナのネックレスをなぞる。
首から指輪までなぞると、次は鎖骨に触れ、肩の方まで撫でた。
苦しませたくないのに、指輪のせいで辛い目に合わせてしまった。
ノアールはリリアーナの頬に手を這わせた。
「リリアーナの様子はどうだい?」
ウィンチェスタ侯爵と魔術師団長は知らせを受け、王宮から急いで駆けつけてくれた。
「熱も高く、意識もまだ……」
「そうか」
「学園では青白かったですが、今は顔も赤く、熱はどんどん上がっています」
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの首に手を当てると、あまりの熱さに顔を顰めた。
「2時間目の授業中に倒れ、保健室と馬車で1時間、指輪を外して3時間程経過しています」
「……こうならないように闇だけ残したのだが……」
抑えているものが多すぎて解放しきれなかったのか。
魔術師団長はリリアーナの熱い手を確認するとリリアーナの手に1つの小さな魔石を置いた。
おそらく具合が悪くなったのは今朝。
急激に悪化したのだろう。
「それは?」
ウィンチェスタ侯爵が宝石にしては見た事がない石を不思議そうに尋ねる。
「魔物から取れる魔石と呼ぶ物だ。魔力を吸い取る」
それはノアールが手錠に魔力無効化を施す前に、罪人用の檻で利用されていた貴重な魔石だった。
この国には大きな魔物はいない。
他の大陸にはドラゴンを始め、大きな生き物が生息している。
その生き物達がなんらかの原因で魔物と化し、人々を襲う事がある。
その魔物を騎士や冒険者と呼ばれる者たちが倒したときに、時々魔物の中から獲れる石が魔石だ。
石によって効果が違い、狙って獲れるものでもないため価値が高い。
「なかなか興味深いね」
魔石を魔道具に利用したら面白そうだ。
ウィンチェスタ侯爵は目を細めて笑う。
「気軽に手に入らないぞ」
この男がこのような顔をしているときは、いつも碌なことを考えていない。
どうせ魔石を魔道具に。とでも思っているのだろう。
おそらく今の指輪では増えたリリアーナの魔力を抑えることはできない。
もう少し魔力解放しつつ、魔力がばれないような改造が必要だ。
魔術師団長は溜息をついた。
「おやおや、苦しいのかな。泣いているね」
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの目に溜まった涙を指で掬い取った。
「これだけの熱だ。辛いだろう」
魔力滞留の話はよく団員から聞く話だった。
魔術師団に入る者は幼い頃から魔力が多い者が多く、子供の頃とてもつらかったと聞く。
魔術師団長自身は、幸いなことに経験がないので辛さはわからないが。
「……っ……父、様……」
うなされたリリアーナが発した声に反応し、ノアールの手に力が入った。




