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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
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167 トカゲの教育(物理)

「あ、そんなに驚く必要はありません。枢機卿とはいっても、あくまでも『待遇が』ですから。教国で何かしらの実権を握る訳ではありませんので」

「そうか……それなら、まだマシか」


アナスタシアがそう言ってくれたおかげで、ホッと胸をなでおろす

実権がない名誉職ならば言い訳は出来るな

皇帝陛下もそれならば納得してくれるだろうし、面倒ごとも少ないだろう

そんな計算をしていると、カチュアのお腹が悲鳴をあげた


「あ……」

「ふふ、私もそろそろ限界だ。皆で朝食にするか」


新しく増えた家族と共に、賑やかで楽しい朝食

これが幸せなのかと思える幸福な時間は、必ず誰かに邪魔されるのだ


「閣下、奥様!一大事でございます!お嬢様が!ウィステリア様が!!」


スカートをたくしあげて、とても淑女とは言えない格好のメイドがハァハァいいながら駆け込んでくる

頭を下げる彼女に近付いて治療魔法をかける

今は呼吸が整うのを待つよりも、内容を早く確かめたいからだ


「詫びも丁寧な言葉も不要。主観を入れずに事実を報告しろ」


ウィステリアに何かあったらしい

かわいい娘に、メイドがこんな勢いで主に報告しないといけないような事が起こったのだ

焦って俺がこんな言い方になってしまったのも仕方ないだろう

だが、もう一つの理由……それは俺の後ろから漂う真黒な魔力だ


「奥様、どうぞ」

「ママ上、バルディッシュの刃は研いでおいたのじゃ」

「お養母様、髪を後ろで縛っておきますね」


「……ええ」


据わった目で戦闘準備を進めるベアトの魔力の余波だ

余波でこれだから、対象になった奴は骨も残らないだろう

やたらと対応が早い女性陣……アナスタシアもニコニコしながらベアトの髪を結っている

素晴らしい順応具合である

だが、こうなるとこの男の反応も早いのだ


「閣下、帯剣を。戦闘用の装備もどうぞ」


俺にベルトを付けながら、剣とグローブ

そして黒い戦闘用のコートをいそいそと着させるのだ

……この空気を読む力を、普段も少しはだなぁ


「お休み中のウィステリア様を、ゆりかごごとドラゴンが連れ去りました。ターセル卿とメディア卿が追跡して中庭にて交戦中です」


震えながらされたその報告で、ベアトの魔力はピタッと止まる

あのドラゴン達がウィスに危害を加える事はないからだ

だが、逆に俺の方がカチンとくる


「ベアト、『俺』に任せてもらっていいかな?いいよな?」

「あ……ええ、お任せしますわ。勿論ですわ」


「ん?パパ上が自分の事を俺と言うのを初めて聞いたのじゃ」

「カチュアお姉様も初めてなのですか?」

「お嬢様方、旦那様がああなったら逆らってはいけませんよ?」

(わあぁぁ、お父さんのおでこがピクピクしてるです!)


ベアトの許可をもらった俺は、ゆっくりと窓に歩み寄る

大きめの窓を開ければ楽し気なドラゴン達の遠吠えと、会話も聞こえて来た


「はは、あいつらしか居なかったから余裕だったな」

「そうだな。アルバートが居ると大ケガするもんな」

「あいつ、獣人のクセに強すぎるんだよなぁ」

「ウィステリア様、本当にかわいい!いい匂いだし!」


ウィスのゆりかごを中央に置いて、楽しく鑑賞会をしているらしい

少し離れた場所では、ターセルとメディアが倒れていた


「主の部下にしてはあいつらは弱かったな」

「ははは、少し撫でたら倒れるのが普通だろ」

「主二人が強すぎるんだよ……怒られないうちに返しに行こうぜ」


身体強化していたから、奴にも聞こえたな

剣を抜こうとするアルバートを手で止め、俺の剣を鞘ごと外して投げ渡す


「ちょっと教育してくる。俺とベアト……それにお前といった強い相手にしか敬意を持たないトカゲは困るからな。組織というものを理解させてくる」

「はっ!私も……」


「いや、今回は本気で頭にきたから手加減出来ないからな。巻き込みそうだから、お前はウィスを連れて帰っていろ」

「はっ!!」


窓から飛び降りて、まずは大事な部下二人の所へ向かう

治療魔法を使うと飛び起きて頭を下げた


「申し訳ございません!」

「力不足を恥じるばかりです」


「いや、ドラゴンと正面から戦うというのは無茶だぞ?アルバートは異常なだけだから気に病むな……あと、少し離れていろよ?」


ドラゴン達の集会を見ると、突然いなくなったウィスに右往左往している状態だった


「おい!ウィステリア様がいないぞ!?」

「この気配は……アルバートだ!!」

「野郎、もうあんなところに……おい、女主が睨んでるぞ?どうするよ?」


「ははははは、ベアトが睨んでいようが貴様達が心配する事はない。俺が先に教育してやるからな」


集団の中の一番大きな金色ドラゴンの頭を、ジャンプして力いっぱい殴りつける

上から下にフルスイングだ


ドゴオオオン、と轟音を立てて地面にめり込むトカゲ

尻尾が痙攣してるから生きてるな

ドン引きする残りのトカゲ達に聞こえるように大声を出す


「俺の部下を撫でたらしいな。お礼に俺も、お前達をたっぷりと撫でまわすからな……嫌なら早目に言えよ?剣術の稽古に付き合わせてやるから」


「やべえよ、主が怒ってるぞ?」

「だから止めとけって言ったろ!」

「あ、あいつ治療魔法で治されてから、もう一発くらってるわ……」


「口で言ってもわからんトカゲ共が!!配下の者が俺の指示でやっている事を邪魔するなって言ったよな!?覚えるまで撫でまわすからな!!」


「おい、逃げろ!!」

「駄目だ!黒共は気絶してるぞ!」

「あいつら光属性に弱いからなぁ……」


危険を察した何匹かが、空を見上げて羽ばたいた

中庭だから、上空に逃げようって魂胆だろう

だが、逃がしてやるつもりは全く無い


「知らなかったのか?俺からは逃げられない」


「そ、空に光魔法の檻が!!」

「ぎゃあああああああああ!」

「馬鹿!こっちに落ちてくる……ぎゃあああああああ」


楽しい撫で撫でタイムは、ドラゴン達の絶叫のもとで昼ごはんまでの数時間続いたのだった


「まあまあ、ゼスト様は張り切っていますわね」

「うわぁ、ドラゴンが赤子扱いなのじゃ」

「お養父様の治療魔法は、本当に素晴らしいですね」

「旦那様はやはり心がお疲れなのですね……わかりました」

「閣下、素手でドラゴンを……私ももっと強くならねば!!」


この公開調教を目撃した教国の関係者によって『ゼスト大公にとってドラゴンは犬猫扱い。絶対に敵対するな』そう言われるようになるが、狙ってではなかった

おかげさまで、これ以降は外交でとても楽になったのは言うまでもない



「よし、じゃあそろそろ領地に帰るか」


「「「はっ!我が主!!」」」


しっかりと上下関係を理解したおっきなトカゲ共の返事を聞いて、満足して頷く

こいつらも物理的にお話したら理解してくれたよ


「もう帰るのか……また、いつでも気軽に遊びにくるがよい。アナスタシアをよろしく頼む」

「ガーベラ殿、娘はかわいがるから心配するな。また近いうちにな」


そう言うガーベラだが、心配はしていないだろう

当のアナスタシアは仲良くベアトとじゃれているからだ


「ウィスお姉様は、お養母様にそっくりですね」

「そうかしら?目元はゼスト様に似てるのよ?」

「ママ上、このサラサラの髪はママ上のおかげなのじゃ。そっくりなのじゃ」

(私の方がお母さんにそっくりです!ウィスはお父さんに似てるです!)


そんな娘達とベアトの会話を微笑みながら見守る

アナスタシアは、先輩日本人の子孫……大事にするさ

それにかわいい娘なのも本当だしな


「閣下、そろそろまいりましょうか」

「準備が出来たか……ん?スゥはどうした?」


俺の家族たちと配下達が揃っているようだが、彼女の姿が見えない

あの家令が時間に遅れるとは考えにくいし、何か理由がある筈だ


「旦那様、お待たせいたしました。準備に時間がかかりまして」

「おお、珍しいな。お前が遅れると……」


振り返った先には、澄まし顔のスゥだ

……鎧をガッチリと着込んでいなければ、いつもの彼女である


「旦那様、最近は身体を動かさないから心が疲れるのです。さあ、どうぞ!」


戦乙女部隊に支えられてガチャガチャ歩み寄る彼女

視線をベアト達に送れば、娘達と一緒に仲良く黙って首を横に振られるのだった

諦めてどうにかしろって事ですね……わかります


「う、嬉しいぞ。だが、今は領地に帰ろうか」

「かしこまりました。では、さっそくドラゴンに乗りましょう」


両脇を持たれて運搬される家令を見ながら、そっとため息をついて俺も乗る

中庭から飛び立っていく俺達を、にこやかに見送るガーベラ達があっという間に指の爪程の大きさになる

完全に置物と化したスゥを戦乙女達が支えているのは、見えない事にした


「のう、パパ上。まさかと思うが……スゥと訓練試合でもするのかのぅ?」

「カチュアお姉様、それはいくら何でも無理なのでは?」

「ゼスト様、スゥは大公家では珍しく文系ですから、それはいけませんよ?」


だよなぁ、何とか対応を考えないとなぁ

鎧まで着込んでヤル気満々だもんな


「申し訳ありません、閣下。妹がご迷惑をおかけして」

「ははは、いつもとは逆の立場だな。気にするな……お前達兄妹には世話になっているからな。この程度の事は問題ないさ、侯爵殿」


「その大任、必ずやご期待に応えます!我等一族は、閣下にいただいた恩は忘れません。いつまでも閣下の盾となります」

「ああ……娘も増えたし苦労はかけるだろうが、よろしく頼むぞ」


無駄に広いドラゴンの背中でそんな話をしていると、いい話をぶち壊す悲鳴が聞こえてくるのだった


「きゃああああ、スゥが落ちますよ!誰か捕まえなさい!!」

「ママ上、わらわに任せるのじゃ!」


戦乙女部隊の手により設置されたスゥだが、家令としての本能でお茶でも用意しようとしたのだろう

ティーポットを片手に転がっていたのだ

ゴロンゴロン転がるスゥを、カチュアが抱き付いて一緒に数回転してピタッと止まる

おお、あれで勢いを殺すのか!さすが年の功だな!


「ぎゃあああああ!引っ張られるのじゃ、髪の毛が絡まったのじゃああああああ」

「カチュアお姉様!ちちち、治療魔法を!」


「か、絡まってるのじゃ!治療は意味がないのじゃあああああ」


せっかくカッコイイと思ったのに残念なババアである

苦笑いをしながらそこに向かう俺達の耳に、恐ろし気な一言が聞こえるのだった


(あはははは、お姉ちゃんがどかしてあげるです)


ん?トトがどかす?


「トト、待て!!ポイッはするんじゃない!」

「トトお嬢様、妹を捨てるのはご勘弁を!」


そんな俺達の声をあざ笑うかのように、黒い球体はスゥが飲み込むと一瞬で消えた

トトがパチンと指を鳴らすと、再び現れた球体からスゥが出てくる


「スゥ!大丈夫か?」

「スゥ、生きているか?」


血相をかえて尋ねるが、彼女の返事はとてものんびりとしていたのだった


「ふぁぁぁ。よく寝ました……夢で亡くなったお爺様とお婆様を見ました……懐かしい夢でした……」


それは夢じゃなかったかもしれない……

言えないその一言を飲み込んで、寝ぼけているスゥに優しく言ってやる事にした


「「まだ、寝ていなさい」」


俺とアルバートのハモったセリフは、心からの言葉だったのだ

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