166 新しい肩書き
「いかがなさいました?さあ、どうぞ」
祈りのポーズで微笑むスゥ
寝起きの回らない頭で必死に考える
自分の寝室で、家令が俺の娘から借りたシスターの服を着て微笑んでいる……なるほど、わからん
「……どうしろと言うのだ?」
「なるほど、そういう流れがお好みですか……そうですか」
どうやらスゥは理解したらしい
一体、何を理解したかは俺には分からないがな
「旦那様は、最近は働き過ぎでした。精神的な疲れがたまっていたのでしょうね。その発散にシスターの服をお望みだと気が付かなかった、私の不明を恥じるばかりです。さあ、存分に甘えてください!」
「違う、そうじゃない」
ベッドに腰かけた俺の隣に座って、ポンポンと自分の太ももを叩く彼女
それは、膝枕をしてやるって意味か?
絶対にもめごとの予感がする
「違うのだ、スゥよ。私はシスターと話しただけで……」
「話すだけで満足なさる程にお好きなのですか!?」
たまに発生するアルバートそっくりのポンコツモードに驚愕しながらも、何とかこの場を収拾しようとする
こんな状況をベアトに見られたら、余計な騒ぎになる
そんな不安を感じると、何故か俺はこうなるのだ
「おはようございます、ゼスト様。今日は領地にかえ……アナスタシア?いえ、あなたスゥかしら?」
(お父さん、朝はガーベラのホットケーキを……あれ?アナスタシアはお部屋に居た筈なのに)
ドアを開けて入って来たベアトとトトだが、その表情は一瞬驚いたもののすぐに元に戻る
普通、朝からベッドに俺とスゥが仲良く並んで座っていれば疑問に思うだろう
しかもスゥはシスターの服を着ているという、コスプレ状態である
「ああ、昨日はシスターのお店に行ったのでしたね……それでこの格好なのですね。スゥ、少しは落ち着きなさい」
(あははは、さすが駄犬の妹です!ソックリです!)
「おはようございます、奥様。私は落ち着いておりますとも」
そんなスゥの言葉を笑って流しながら、さりげなく毒を吐いたトトをやんわり叱っているベアト
……あ、あれ?何でそんなに平気なの??
「なあ、ベアト。この状況を見てそれだけなのか?」
思わずそう聞いてしまう俺だが、仕方ないだろう
あまりにも違和感があり過ぎる
今までなら、叱られるパターンだ
「ゼスト様は知らなくてもいい事があるのです。女同士の秘密ですわ」
「奥様、私は落ち着いていますとも」
(あはははは、スゥは本当にソックリです!!)
仲良く笑う女性陣を見ながら首をかしげる
何故、この状態を受け入れられるのか
何故、女同士の秘密なのか
その答えは、アルバートがしっかりと回収してくれたのだった
「おはようございます、閣下。おお、奥様とトトお嬢様もご一緒でしたか……はて?血の匂いがしますなぁ」
草食系ネタでダダ滑りしたアルバートが元気に部屋に入ってくると、そんな事を言い出す
ピクンとベアトが反応した事に気が付かないで、続けてしまったのだった
「その匂いはアナスタシアお嬢様の物ですな。家令殿、何故……ああ、この血の匂いは月のも ゴフォッ!!?」
見事な連携だった
ベアトが闇魔法で視界を奪い、トトがスゥに強化魔法を発動
そして、スゥの拳がアルバートの背中側のわき腹を鎧の隙間から打ち抜いた……あそこは腎臓か……地獄だな
泡を吹いて倒れ込む駄犬を哀れに思っていると、ベアトに優しく告げられる
「ゼスト様、スゥは月に一度こうなります。多少の事は大目に見てあげてくださいね?」
「奥様、ご配慮ありがとうございます。私は落ち着いていますとも」
(うわぁ、あの位置は駄犬でも一撃なんですね!)
「あ、ああ」
だいたい理解した
スゥは生理中だとポンコツになるんですね、わかりました
女同士の秘密か……なるほどね
「理由は……お聞きになりたいですか?」
「いえ、結構です」
聞かない方がいいだろうな
足元に転がる駄犬を見ながら、そう思った
キドニーブロー……ボクシングでは反則となる危険な腎臓打ち
骨で守られていない内臓でも重要器官であるそこを打つと、非常に危険でダメージも大きい
そんな一撃を受けたのだから、こうもなるだろう
「いいお返事ですわね。ゼスト様は話が早くて助かりますわ」
「旦那様、さすがです」
(お父さんは凄いです!駄犬とは違いますね!)
「ああ。それは分かったが、アルバートを治療してもいいかな?顔色が紫色になってきたんだが……」
小刻みに痙攣するアルバートの治療は許可されたが、カチュアによる『エチケット講習』が開催される事になった
……侯爵になるんだから、少しは苦労してもらおう
俺はそれを許可するしか選択肢はなかった
「なあ、ベアト。さっきの話とは別なのだが、我が領地の規定で『生理休暇』と『出産休暇』それと『育児休暇』を正式に平民・貴族に関係なく導入しようと思うがどうかな?」
「それはどのような休暇なのですか?」
生理休暇の部分でスゥがチラリと俺を見たが、さっきとは別のって最初に言ったからセーフだろう
この辺の事で、女性陣を敵にしたら面倒この上ない
先ほどのアルバートのようになるのは目に見えている
「そうだな……生理休暇はそのままだな。月に一度、女性は休みを増やす。出産休暇は、女性が出産の為に長期的な休みを取る事が出来るようにする制度だな」
「なるほど。それは給金を支払いながらですわよね?」
隣に座ったベアトがたずねる
応接間に移動しての相談会だ……ちなみにアルバートは俺の後ろで気配を消して立っている
ときおりスゥを見ながらビクビクしているのは仕方ない
アナスタシアが起きてきたときにも、ひと悶着あったもんな
紅茶を一口飲んでから答える
「当然、そのつもりだ。せっかく育った優秀な女性を手放すのは惜しい。長く働いてもらいたいのだ。だから育児休暇も認める。赤子がある程度育つまで、ゆっくりと休んでから復帰出来るようにな」
「確かに素晴らしい事ですが、費用がかかりますわね……」
「これは領地の未来を考えての事でもある。領地の繁栄の基盤は『人』だ。安心して子供が産める環境になれば、『人』が増えるだろう?増えた『人』が大人になればどうなる?」
「そこまで考えての事でしたら、私は賛成です。聞きなれない言葉で驚きましたが、中身は素晴らしい事ですわ。特に女性からの支持は大きいと思います」
「さすが旦那様です。どこかの駄犬とは大違いですね」
ゴミクズを見るような目でアルバートを睨むスゥ
さすがに今回はフォローのしようが無い
「念のために、このような仕組みを女性はどう思うか聞いておきたかったのだ。大丈夫なようなら、帰ったらカタリナに伝えようと思う」
「はぁぁぁ、女性の支持と人材確保。領地の将来的な増税を考えての布石なのじゃ。パパ上は恐ろしいのじゃ」
「お養父様は領民や配下の事を深くお考えなのですね。このような方の養女になれるとは、まさに神のお導き……大海をさまよった哀れな種が流れ着いた大地。小さな新芽は、やがて大樹となり森となるのですね」
わかるような、そうでもないような例えはなかなか治らないようだ
ある意味、らしいといえばそうなのだが……
そんなアナスタシアの次のセリフで俺達は腰を抜かす事になる
「ウィステリアお姉様の父と母ですもの。さすがは聖父様と聖母様。教国のよい導き手となりましょう。枢機卿待遇なのですから、教皇猊下の相談役としても期待を……」
「待て待て!せ、聖父だの聖母だの……枢機卿待遇とかどういう意味だ?」
目をパチクリさせたアナスタシアは、そんな分かりきった事を今更聞くのか?
そんな表情で語るのだった
「ウィステリアお姉様が巫女となられました。ですから、そのお姉様のご両親であるお養父様とお養母様は『巫女の聖父と聖母』として、枢機卿待遇となるのです。貴族と違い相続は出来ませんから一代限りではありますが……ですから、お養父様の家令であるスゥがシスターの服を着ていても誰も咎めませんよ」
「まあ、よかったですね!旦那様」
シスターの服をずっと着ていられると喜ぶスゥをしり目に、震える声でベアトに訊ねる
「なぁ、ベアトにカチュア。俺の知る枢機卿とは教皇のすぐ下。二番目に偉い人なんだが……」
「奇遇ですわね……私の知る枢機卿も同じですわ……」
「わらわも300年前からそうじゃったと記憶しているのじゃ……」
また皇帝陛下の毛が抜けるかもしれない
帝国貴族なのに、教国の聖職者としての位階までも貰ってしまった
おまけに上から二番目の枢機卿待遇である
絶対に面倒な事になりそうなのに、貰った理由がウィスの親だから……これでは断れないだろう
沈黙が支配する部屋で、アルバートの真面目な声が響いたのだった
「閣下、この果物の盛り合わせですが……まだ、食べごろではありませんな」
黙って立ち上がったカチュアが、鉄扇でアルバートを張り倒す音を聞きながら時間は過ぎていったのである




