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異世界人の手引き書  作者: たっくるん
第三章 調停者
166/218

165 閑話 聖女アナスタシア

2500万PV記念で長めの閑話です

皆様の応援、ありがとうございます!

「あなたは次期教皇となるべく産まれてきたのです。代々伝わるこの風習を途切れさせてはなりませんよ」

「はい、しきょうさま」


私の記憶は、司教達のこのようなセリフから始まる

ライラック聖教国の教皇を務める一族として産まれた私は、幼い頃から立派なシスターに……次期教皇として恥ずかしくないようにと育てられた


「ご両親は神の御許であなたの成長を期待されているのです。それに恥ずる行為はしてはなりません」

「はい、しきょうさま」


私を産んですぐに母は亡くなった

数年後には父も後を追うように……

私にとっての家族とは、厳しいけれど優しいガーベラだけだった

ご先祖様が精霊化させた精霊……彼女の期待に応えたいという気持ちが大きかったのだ

……顔も思い出せない両親の為よりも


「かならずや、りっぱななシスターとなります!」


そうする事で、彼女が微笑んでくれる

それだけが私の生き甲斐だったのだ



「アナスタシア。あなたは何故そうなのですか。信仰が足りないのです!」

「申し訳ございません、司教様」


シスターとなり、神殿で働くようになると……こんなやり取りが日常となる

周りのシスターと同じ事を…いや、それ以上に頑張っているつもりでも、叱られるのは私だけだった


「アナスタシアはまた叱られてるの?」

「司教様に叱られるのは、いつも彼女だけよね?」

「私は、やっぱりあの子は好きになれないわ……怖いのよねあの子」


先輩のシスターや同期の子達とも、仲は良くなかった

しかも、高位の神官様達には必ず叱られるのだ

次期教皇というのは秘密になっている筈なのだが……将来を考えてワザと厳しくされているのだろうか?


「きっと……これも神の試練なのでしょうね」


最初は些細な失敗を叱られた

なら、失敗をしなければいい

必死で儀式の段取りや、教義を勉強した

それこそ寝る間も惜しんで……

だがそうすると、今度は別の事で叱られるようになる


「アナスタシア。あなたの態度はシスターとして相応しくありません。神への祈りが足りないから、徳が備わらないのです」

「……申し訳ございません」


失敗などしていない……挨拶の言葉も間違ってはいない

それでも叱られるようになってしまった

『どうして私だけ……』そんな事ばかりを考える日々

そして、その時は来てしまったのだった


神官としての修行で大聖堂で独りで祈っているときに、気が付いてしまったのだ

自分の中にある闇属性に


「そんな……どうして私に闇属性が!?嫌……ガーベラには知られたくない!!」


私が周りの人々に嫌われていても、怖がられても

いつも叱られてばかりでも、ガーベラだけは違った


「修行中だからたまにしか会えないけど、アナスタシアの事は大好きで大事な娘なの!」


そう言っては、甘いお菓子や飲み物を出してくれる彼女

父であり母であるたった一人の家族

闇属性を持っているなんて知ったら、彼女まで怖がられるかもしれない

独りは嫌だ!!


「ッ!!私は……次期教皇として産まれたアナスタシア……次期教皇として」


その日から、私は経典にある言葉以外を話さないと決めた

そうする事で信じたかったのかもしれない

信仰していれば、闇属性が消えると



その効果は絶大だった

経典の言葉を否定する訳にもいかず、誰も私を叱らなくなった

その代わりに、陰口は増えた

『言葉も話せないポンコツ』『シスター人形』そんな事を言われていた

それでもいい……闇属性がガーベラにバレるよりは

教皇になれないと失望されるよりは、ずっとマシだ


そんな生活を続けていると、いつしかそんな陰口さえも聞かなくなる

『教国の聖女』

それが私のもう一つの名前になっていたからだ


私は必ず教皇になる

その為には、光魔法を……治療魔法を極めるしかない

悪い印象以上の結果を出せばいいのだ

闇属性があるからこそ、私は他人に……特に光属性の強い者には嫌われるのだ


「闇を隠すには、更なる光を……私は誰にも負けない光属性の使い手にならなければいけない……」


毎日、治療魔法で自分を治して訓練をする

寝る時間も必要ない

睡眠不足を治療魔法で癒し、シスターとして信者を癒し、ガーベラから聞いたご先祖様の治療魔法を磨いていく


「私は聖女。教国の聖女。これで誰も気が付かない」


そうする事でしか、私は生きていけなかった

自分の為なのか?ガーベラの期待に応える為なのか?

それすらわからない灰色の日々

そんな生活は、司教様のこんな言葉で終わりを告げる


「シスターアナスタシア。あなたをグルン帝国領へ派遣する事になりました。大任を果たす事を祈っています」

「拝命いたします。夕闇を照らす星明りは神のご慈悲。必ず夜明けが来るでしょう」


私が派遣されるのはグルン帝国のゼスト公爵領地

帝国の剣と言われる猛将のところだった

あのターミナル王国をあっという間に制圧した男

精霊化をなした現代の英雄

そんな方の領地……不安な気持ちを抑えて、私は出発したのだ


「ゼスト公爵……光の……本物の英雄」


偽物の私を見抜かれないだろうか?

闇属性がある事を知られないだろうか?

私の旅の足取りは重かった



「待たせたな、私が旧ターミナル王国の総司令官ゼストだ」


黒い外套をまとった男性

噂とは違って、外見は優しそうな普通の男に見える……

でも、この人の魔力は尋常じゃない

圧倒的で……でも純粋な光属性の膨大な魔力

これが精霊化を成し遂げた本物の英雄

私は、必死に経典の言葉を繰り返した……どうか、この人にバレませんようにと祈りながら


「シスターアナスタシア、大丈夫ですか?」

「……え?」


次に私の記憶があるのは、見習のシスターに肩を叩かれているときだ

あまりの緊張で記憶が飛んでいるらしかった


「ええ、大丈夫ですよ。早く教会へ向かいましょう」

「は、はい。シスターアナスタシア」


「あのシスター、話せたんだな」

「おお、たまげたよ」

「明日は嵐だな」


意識しなくとも、自然と経典の言葉が出る程練習したのになぜだろうか

この時から、昔の自分が……『素』のアナスタシアが出てくるようになってしまうのだ


「不思議な方ね、ゼスト公爵。お父さんって、あんな感じなのかしら……」


小さな私の独り言

それに答えてくれる人は、まだいなかった



「シスター、遊びに来たニャ」

「あら、カタリナ卿。ふふふ、お仕事はいいのですか?」


私は、最初の心配とは裏腹にこの領地を楽しんでいた

ここには私が望んでいたものがあったから


私の少しだけの闇属性を怖がったり、嫌がったりする人はいない

ベアトリーチェ公爵がいるからだ

かわいらしい外見とは全く違う、身の丈以上の巨大なバルディッシュを振るう闇属性の魔導士

その奥様を見慣れている領民には、私程度の闇属性は無いのと同じなのだろう


私の治療魔法を神のようにあがめる人もいない

最強の光属性の使い手、ゼスト公爵がいるからだ

あの方に比べたら、私程度などは普通の人扱いだ


それが無性に心地よかった

そして……


「シスター、新しいブラジャーが完成したニャ!さっそく持ってきたニャ!」

「まあ、可愛らしい仕上がりですね。うふふ、楽しみです」


こうした話が出来る友人も出来た

今まで、私が欲しかった『普通』がそこにはあったのだ


次期教皇の重さから逃れた夢のような生活が続いたある日、それは突然の終わりを告げる


「シスター、私と一緒に教国に来ていただきたいのじゃ」

「……教国へ?」


ゼスト公爵……いや、大公となったあの方の養女カチュア様が迎えに来た

私は、夢の終わりを感じたのだった



「アナスタシア……あなたは私達の娘になったのですよ?」


ベアトお養母様の言葉が理解出来なかった

お二人の養女となる

そこまでは理解出来ていた

このお二人の側に居られるだけでよかった


「辛かったでしょう?もういいのですよ……誰もあなたを責めません。私の事ですら受け入れてくださったゼスト様ですよ?」


この方は何が言いたいのか……どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのですか?


「あなたはウィスの妹なのですから、同じでいいではありませんか。光属性と闇属性を持つ者なのでしょう?」


息が止まるかと思った

隠せていた筈の秘密を言いあてられた

それに、ガーベラが認めたウィステリアお姉様と同じ?

必死に自分を落ち着かせて、驚いているガーベラを見る

なんと、ゼストお養父様が彼女の首を掴んで持ち上げて座らせたのだ


「ね?教皇猊下が相手でも、ゼスト様は守ってくださるでしょう?それにね……」


膨大な闇属性の魔力をまとうベアトお養母様

その姿は、経典にある慈愛の神……夜の女神様そのものだった


「ベアトお養母様……綺麗……」


思わず口からこぼれた言葉は本心だった

宵闇をまとった女神様は、そっと抱きしめてくれた

温かくやわらかい感触と、落ち着く優しい香りが私を包む


「ほら。ゼスト様も怖がらないでしょう?大丈夫、私達はあなたの事を怖いとは思いませんよ?幼い頃からそれが理由で意地悪をされたの?」


耳元でそっと言われた言葉


『私と同じね。だから、どんなに辛かったかは知ってるわ』


そう言って微笑む女神様は、私の養母なのだ

私とはケタ違いの闇属性の魔力を持つベアトお養母様

それを理由にどんな扱いを受けて来たかは予想が出来る


巫女様と同じだから、私は闇属性があってもいいの?

教皇になれるの?家族でいてくれるの?

そんな不安を優しい香りと温かさが消し去ってくれる


「お母さん……」


子供のように泣きじゃくる私を、お母さんはずっと抱きしめていてくれた

私の夢が終わった日は、新しい家族が出来た日になったのだ!


夢ではありませんように

そう祈りながら、私はお母さんを抱き返す手に力を込めるのだった



「……お母さん?」


泣き疲れて眠ってしまった私が目を覚ますと、そこには誰も居なかった

この部屋には見覚えがある

大聖堂の来賓用の客室だ

ベッドには、まだお母さんの匂いが残っていた


「あれは……私の願いを見せた夢だったのかしら……」


まだハッキリしない頭で枕に顔をうずめる

この匂いは確かに昨日、さんざん甘えたお母さんの匂い

なぜか出てくる涙に戸惑う私の耳に、隣の部屋からの話し声が入ってきた

慌てて飛び起きると応接間に続くドアを開ける


「お主は、何を言っておるのじゃ!」

「アルバートはもう少し空気をだなぁ……」

「旦那様、アレには無理かと思われます」

「あら、カチュアは鉄扇の扱いが上手になったわね」

(うわぁ、駄犬が浮いたです!カチュア上手です!)


「カチュアお嬢様、いい打撃です。膝が震えて力が入りません!」


こうして少し見ただけでも分かる信頼感

この雰囲気が『家族』なのだろう

私はこの中に入ってもいいのだろうか?

うなだれてしまう私の側には、気が付くとお養父様が立っていた


「おはよう、アナスタシア。女の子がそんな目では駄目だぞ」


そっと手で触れられると、まさに一瞬で自分の目の腫れがひいていくのがわかる

これがお養父様の治療魔法……頭を撫でられれば、髪の毛も信じられないくらい艶々になっている


「アナスタシアお嬢様、お茶のご用意は出来ております」


私の予備のシスター服を着ている家令のスゥが頭を下げて、席に案内してくれる


「昨日はよく眠れたのかしら?辛かったら、もう少し寝ていてもいいのよ?」

(わあああ、ツルツルでいい匂いです!!)


隣に座るお母さんと、頭に乗ったトトお姉様


「うむ。妹は姉に頼るものなのじゃ。任せるのじゃ」


焼き菓子を食べながらそういうのは、私の膝の上に座った小柄なカチュアお姉様


「朝から騒がしくて驚いたかもしれんが、これが我が家の日常だ……残念ながらな。まあ、すぐに慣れるさ。私も娘として可愛がるから覚悟しておけよ?」

「ああ!パパ上、わらわも髪の毛艶々の魔法頼むのじゃ!」

(トトも!カチュア、お姉ちゃんが先です!)


「ゴフッ!?か、家令殿、踏んでおりますぞ?」

「アルバート卿、そんなところで寝ていてはお嬢様方の足が汚れます。部屋の端まで転がってはどうです?」


「うふふ。皆、仲がいいわね。アナスタシア、プリン食べる?これおいしいわね」


夢じゃなかった……

以前はガーベラと二人で食べていたプリン

賑やかな家族と一緒に食べたそれは、少し塩辛い味がした


「おいしいです!お養母様!」


泣きながら食べる私を、家族は優しく見守ってくれていた


「アナスタシアお嬢様。その涙を私が止めてみせましょう!とっておきの話があるのです!!」


「どうせ獣人族のアレだろ?」

「草食系なのじゃ」

「アルバート卿、口を開くまでは回復しましたか」

「ふふ、アレは聞かなくていいわよ」

(お母さん、ポイッしてもいいですか?)


少し騒がしくて、あったかい家族

聖女ではなくアナスタシアとして居てもいい場所

その後、食べたプリンはもう塩辛くなかった

とても甘くて、とても優しい味がしたのだった

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