第七話
※自殺の描写があります。苦手な方はご注意ください。
車の中で作業を終えた俺は、運転席で静かに目を閉じた。
ホームセンターで買ってきた七輪が、パチパチと音を立てながら、酸素を咀嚼し、一酸化炭素を吐き出している。
いわゆる練炭自殺を選んだのには、いくつか理由がある。
ひとつは、できるだけ苦しまないこと。
刺したり絞めたり、肉体的な苦痛があるものは候補から外した。
ひとつは、他人の物を損壊したり、他人に不当な損害をできるだけ与えないこと。
つまりは罪に問われにくい方法にすること。これは念のため。
家族に迷惑をかけることは確実だし、できれば最小限にしたい。
ひとつは、死後早めに発見されること。
腐った死体なんて見られたくない。特に、茉莉には。
この場所は深夜のこの時間に人通りはなく、朝になれば人目につく場所だ。誰かに発見されるだろう。誰かが貧乏くじを引かされることになるが、許してほしい。
他にも色々理由はあるが、結局、手っ取り早い方法がこれだった。
練炭の輻射熱を感じ、心なしか息苦しくなってきた。
通気口になりそうなところはだいたいガムテープで塞いでいる。
苦しくなった時に逃げ出さないよう、ドアの取手を外して簡単には出られないようにしているが、大丈夫だろうか。
おそらく、二度目は苦しさを知ってしまい、難しいだろう。
ゴホッゴホッと、すこし咳き込む。
昨日1日をかけて、遺書とは名ばかりの怪文書を書き上げた。
出来には満足しているが、やはり誤字や見落としが無いか気になる。
気を紛らわせるため、印刷され綴じられた数枚のA4用紙を手に取った。
しばらく読んでいると、苦しさが増していく。
煙に視界が涙でにじみ、よく見えない。
ペンを手に取って眺めていたが、最後まで読むことも、何かを書くこともできなかった。
急にドン、という音がした。
目を開ける。自分が目を閉じていたことにも気づいていなかった。
どうやら自分が横に倒れたらしい。
ドアから離れる方向に倒れたことは行幸だ。そんなズレたことを考える。
急に顔に熱いものを感じる。
倒れた側の頭を触って目の前にかざすと、べっとりと血がついていた。
金具か何かにぶつけたのだろうか。
視界には、白黒の世界と、真っ赤な血の色だけ。
ゲホッと大きい咳が出る。そういえばさっきからパチパチと火が爆ぜる音も聞こえていなかった。
自分の息が荒いことに気づく。
無意識に、一度起き上がろうとしたが、身を捩って仰向けになるのが精一杯だった。
ドン、ドン、という音が耳の奥に響く。
自分の心臓の音か。殴られているときの音か。
窓を叩かれる音にも聞こえる。
どれにしたって、ひどく耳障りだ。どんどんと大きくなっていく。
窓の外にきみがいて、また俺を起こそうとしているのか。
やめてくれ、違う。そんなことはありえない。
でないと、俺は助かろうとしてしまう。
きみがまた見つけてくれたと信じたくなってしまう。
いまならまだ、きみの傷も浅くて済むのに。
睨みつけるように窓の外を見た。
誰もいない。その途端、音は聞こえなくなっていた。
シーンとした車内で、なんだか寂しくて、すこしでも何かが聞こえますようにと、陸に打ち上げられた魚のように、ジタバタともがく。
けれども、自分の声も、車のシートがこすれる音すらも聞こえなかった。
左手に、カサリ、という感触がある。
持ち上げて、霞む視界で見る。
遺書の束か。こんなもののために、俺は死ぬのか。
なんだか情けなくて、馬鹿らしくて、ここからもがいて助かってやろうかと思ったが、掲げた指先がゆらゆらと動くだけだった。
数秒か、数分か、どれだけの時間が経ったかわからない。
幾度目かの目覚めを経験したとき、不思議とそれが最後の一回だとわかった。
あぁ、もうすこしくらい、きみと、
そう声に出したかもしれない。
死に際に、そんなベタなことを考えるのか、とおかしくなり、
すこしだけ、笑った。




