三話 まさに狂犬
広大な大きさを持つ森、ティルーの大森林。
森の奥深くから涼やかな風を浴びながら、四人は敷き詰められた緑の芝生を踏みしめ、日光が惜しみなく降り注がれる湖を観察していた。
「ねぇ、本当にここにいるの?」
「ここから、かなり大きな魔力を感じる」
「そう……はぁー、ったく。あのジジイ、私たちに厄介な依頼持ってきて」
桜色の髪を持つ青年、リゼールは悪態をつく自身の妹を見て苦笑いを浮かべてしまう。
初対面の人間が見れば、このような暴言が目の前の少女の口から吐き出されたものとは夢にも思わないだろう。
少女の第一印象は一言で表すならば、勇猛果敢。
腰の剣まで伸びた一つ結びの桜色の髪、幼さは残っているが凛々しい顔つきと力強い瞳は意志の強さを表していた。
「まぁ、こればっかりは仕方ないよ」
「それでも気に食わないものは気に食わないのよ! あーもう! 本当にムカつく! あのハゲジジイ!」
眉間にシワを寄せながら地団駄を踏むフェルテ。
なぜ、こうなってしまったのか。
時は受付に並んでいたところまで遡る。
▲▼
リゼール達、『流星』は迷宮探索を主軸にしているパーティであり、普段ギルドに訪れることはない。
が、今日は迷宮探索ではなく、軽めの依頼を受ける為にギルドを訪れていた。
理由はフェルテの剣とリゼールの弓が破損し修理に出していたからだ。
このような事態を想定して、予備の武器はあるものの、やはり使い馴染んだ武器ではないと迷宮探索は危険だと判断した四人はB級からC級程度の依頼を受けるつもりで訪れた。
修理が終わるまでの時間を潰すことを主な目的として適当な依頼書を剥ぎ取り、受付で受注した。
にもかかわらず、受付嬢からお受けできません、と告げられる。
なぜなのだ、と全員が説明を求めると、すぐに支部長が来訪。
支部長室まで移動して、事情を説明をされた。
「ーーというわけだ」
「何が、というわけだ、よ!! ふざけんな!!」
フェルテはダンッと机を叩き、目の前の支部長を睨みつける。
依頼が受注できなかったのは支部長直々の依頼がリゼールたちに持ち込まれていたことが原因だった。
その内容はティルーの大森林で発見された魔物、毒笠蛇の討伐。
毒笠蛇は沼地に生息していて、まずここら辺では見かけることのない魔物のはずなのだが、どういうわけかティルーの大森林で発見の報告が上がった。
「だから、なんでそれを私たちに依頼するのよ!!」
「仕方ないだろう。今空いてるA級冒険者がお前たちしかいないんだから」
「それがおかしいって言ってんのよ! コイツってB級でしょ? なら、適当に掲示板に貼っつけておけば、どこぞのB級が勝手に受けるでしょ。
それなのに強制任務って馬鹿じゃないの!?」
全員の疑問をフェルテが吠えるようにぶつける。
強制任務は滅多に使われることはない。
ギルドの細部までは明るくないリゼールも、アレを使用する為には相当な手順が必要だったと記憶している。
毒笠蛇はB級の中でもそれなりに強くはあるが、強制任務を使う程とは思えない。
「ワシもそう思ってた。実際にコイツは掲示板に貼っていた………が、取りやめた」
「は? なんで……」
「お前らは知らんだろうが、この依頼は黒狼ってパーティが前に受けたんだ」
「誰よ? それ」
「ぜーんぜん知らなーい」
「右に同じく」
二人が心底どうでも良さそうに答える。
金髪のエルフは興味なさげに足をプラプラと揺らし、銀髪のエルフは手元の本から一度も視線を外すことはなかった。
身長や顔つき、髪の長さまで、何もかもが瓜二つの双子のエルフ。
違いと言えば、髪色と服装くらいなものだ。
仮にこの二点を統一されてしまえば、見分けることすら困難だろう。
「まぁ、そうだろうな。分かっておったが。話を戻すが、黒狼はB級冒険者三名で構成されているパーティだ。そいつらが四日前にこの依頼を受けた………だが、そいつらは誰も戻ってきていない。連絡もつかない。あとは、言わなくても分かるだろう」
あれほど騒ぎ立てていたフェルテも押し黙り、面白くなさそうな顔で乱暴にソファに座る。
同ランクの冒険者三名がこの依頼を受けて、報告どころか、見たものすらいない。
依頼に失敗したどころではなく、生死不明の人間がいるとなれば、流石に自重した。
それでもどこの誰とも知らない人間の為に、わざわざ自分たちの予定を潰してまで動かなければいけないのは納得がいかなかった。
「お前らにやってもらいたいことは二つ。一つは毒笠蛇の討伐。そして黒狼のメンバーの保護、及び回収だ」
回収、つまり死んでいた場合はその人物だと証明できる物を持ち帰れということ。
「私と兄さんはいつもの武器ないんだけど? どうしろってのよ」
「今持ってる予備があるだろ」
「……はぁーっ。ほんと最悪。先に言っとくけど、後で色々と補填してもらうから」
部屋を出る最後の最後まで恨めしい目で睨み続けるフェルテを、支部長ゴラッドは「分かった分かった」と生返事で返した。




