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追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第2部】辺境の魔女

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「大物が来ましたわ(出来れば関わりたくない)」

 数日後、レンカガネの取引について改めて話をしたいと、ヴォイド・カルテルから商会宛てに正式な連絡がきた。


 グレイヴヤードにある唯一のホテルのVIPルームを用意したらしい。


「そこ、グレイヴヤードで唯一まともなホテルだよ。まあ、使うのは犯罪組織くらいだけどね」


 ジャンクが苦笑した。


 なるほど。そんなとこ行きたくない。


 でも行かないと六億円貰えないし、なめられる。


「……行きますわ」


 口が言った。俺の意志と、九割方一致していた。


---


 グレイヴヤードのホテルは、外観だけは立派だった。


 周囲の錆びた構造物とは明らかに違う。外壁が整備されていて、入り口には警備員が立っている。廃棄ステーションの中に、明らかに異物として存在している建物だ。


 入り口で名前を告げると、案内された。


 エレベーターで上の階へ。廊下の内装が、外の廃墟と別世界だ。絨毯が敷かれていて、照明が明るい。


(グレイヴヤードにこんな場所があったのか)


「こちらでございます」


 案内の男がドアを開けた。


 VIPルームは広かった。


 革張りのソファ。大きなテーブル。窓の外には宇宙が広がっていて、星が見える。飲み物が用意されていて、湯気が立っている。


 部屋の奥に、男が一人、立っていた。


 背が高い。体格がいい。まだ何もしていないのに、気配だけで空気が変わっていた。四十代くらいか。短く刈り込んだ銀髪。左目の下に古い傷跡。表情は穏やかだが、その目だけが笑っていない。


 そして部屋の端に、もう一人。


 よく見ると、先日グレイヴヤードで交渉した中年男だった。ただし今日は違う。ちゃんとした上質の服を着ていて、それなりの地位がある人間の装いだ。


 中年男が俺を見た瞬間、目が鋭くなった。めちゃくちゃ睨んでいる。


 奥の男が静かに口を開いた。


「あなたが蓮華マテリアル商会の代表か」


 低い声だった。中年男の怒鳴り声とは、別次元の重さがある。男がこちらを見た。その目が一瞬だけ細くなった。


「九頭竜蓮華と申しますわ。蓮華マテリアル商会、代表でございます」


 扇を開いて、優雅に一礼した。


「ヴォイド・カルテルの渉外担当の方でしてよね。わざわざグレイヴヤードまでお越しいただけるとは、ずいぶんとレンカガネへの関心が高いようで」


「オレはガーツ・ガーツという。先日の件、ドルドから報告を受けた」


 中年男が俺を睨んだまま、小さく頭を下げた。


(あいつドルドというのか。それにしてもガーツ・ガーツって、どう考えても偽名だろ)


「掛けてくれ。飲み物はどうだ」


「いただきますわ」


 緊張してるのか、やたら喉が乾く。


 向かいに座った。ガーツが薄く笑った。


「うちの者が、ずいぶんと言い負かされたみたいだな」


「わたくしは世の中の道理を親切丁寧に教えて差し上げただけですわ」


 口が扇で口元を隠す。


「そうか。ドルドも、それなりに頭が回ると思っていたんだがな。すぐ頭に血が上るのが欠点だ」


 ガーツが静かに口を開いた。


「レンカガネについてはすでに調べた。スキルも魔法も術式も一切通じない。それでいてミスリル並みの硬度がある。軍事的な価値が非常に高い。今後は需要が上がるだろうな」


「あら。そうですの」


(軍事利用か。レンカの名前をそういう使われ方をされるのは……気が進まない)


 口が扇を開いた。


「こちらに一キロ程用意してございますわ。先日の取引で一グラム六十万と話はすんでおります。合計六億円。支払いは信用できる銀行への振り込みでお願いいたしますわ。現金は嵩張りますし、偽札では話になりませんもの」


 ガーツがドルドを一瞥した。「おい」。それだけだった。


 ドルドが無言でこちらへ歩いてきた。俺を睨みながら、テーブルの上のレンカガネに手を伸ばす。しばらく眺めてから、ガーツに短く頷いた。


「本物です」


「わかった」


ガーツがテーブルに肘をついた。


「少し、話でもしよう」


「なんですの」


「年はいくつだ」


(いきなりですの?)


「三十五……いえ、十七ですわ」


 ガーツが少し笑う。


「出身は遠いのか」


「皇国ですわ」


「そうか。船暮らしだと聞いたが?」


「ええ。気ままなものですわ」


「ジャンクとは長いのか」


(ジャンクを……知ってるのか)


「さあ。気がつけば一緒におりましたわ」


「P-0。古い型だが……扱えているようだな」


「扱い方次第ですの」


「ナイラはよく動く。護衛役か」


「頼りにしておりますわ」


「小柄な子もいたな。リン、だったか」


「気が利きますわ。静かに動ける子ですの」


「……なるほど」


 短く相槌を打つだけ。


 だが視線はずっと外れない。


 名を挙げるたび、反応を測っている目だ。


「何人で回している」


「それなりに」


「拠点は。決めていないのか」


「流れておりますの」


「……そうか」


 ドルドが部屋の端で「これは何の時間だ」という顔をしている。


 ガーツは構わず続けた。


「で、何を大事にしている」


「さあ。わたくし自身ですわ」


「……意外だな」


 ガーツがわずかに笑った。 笑っても、空気はまったく緩まない。


 雑談で長居はしたくない。さっさと本題に入りたい。


「今後について、どうするおつもりなのか伺えますかしら」


 わずかな間。


 ガーツは姿勢を崩さない。


「いいね。話が早いのは助かる」


 その声は低く、重い。


「レンカガネに限り、我々ヴォイド・カルテルとの独占取引の契約をして貰う。他の誰にも、一粒たりとも渡すな」


 淡々としているのに、圧が強い。


「……ずいぶん一方的ですのね」


「そう感じるか」


 肩をわずかにすくめる。


「理由は、もう示したつもりだ」


 指先でテーブルを、とん、と叩く。


「さっきの話だ」


(やっぱり、そこに繋がるのか)


「年齢。船暮らし。ジャンク。ナイラ。リン」


 指折り数えるでもなく、自然に並べる。


「お前が思っている以上に、こちらは把握している」


 視線がぶれない。


「どこを触れれば嫌がるかも……」


 背筋に、じわりと冷たいものが落ちる。


「もし契約を蹴れば、順番に消していく」


 わずかに間を置く。


 淡々と続く。


「最後は、お前だけが残る」


 視線が、逃がさない。


「……それだけの話だ」


(……重い)


 息が浅くなる。喉が、わずかに乾く。


 ふと、船の連中の顔が、一瞬だけ浮かんだ。


 ジャンク。リン。ナイラ。


 目の前の男は、やる。脅しではない。手段として、それを選べる人間だ。


 ここで目を逸らした瞬間、すべてを握られる。


「これが、うちのやり方だ。わかるな、辺境の魔女」



「……まあ、それはそれは」


 口が勝手に動くと、扇を開いた。


 わずかに笑う。


「ご丁寧に教えていただきましたわね」


 声は、乱れていない。


(……ほんと、この口すげぇな)


「では、わたくしも条件をお伝えいたしますわ」


「聞こう」


「今後の単価は一グラム五百万からでよろしいですわ」


 ドルドが声を上げかけたが、ガーツが手で制した。


「わかった」


(……軽い)


「量については保証できませんわ。採掘とはそういうものですの」


「問題ない」


「それと、軍事利用はお断りいたしますわ」


「わかった」


(……守る気はないな)


「取引の場所と日時はこちらで指定いたしますわ。三日前通告。それ以外の接触は禁止。尾行も同じく」


「わかった」


 すべて、同じ調子で返ってくる。


 交渉している感覚がない。網に入れられている感覚だけがある。


「レンカガネはわたくしにしか採れませんの。採掘場所がわかっても、あなた方では何もできませんわよ。……それはもうご存知でしょう?」


 ドルドの歯がぎりと食いしばられた。ガーツはかすかに笑った。


「わかった」


「……今のところはよろしいですわ。振り込みの確認が取れ次第、商品をお渡しいたしますわ」


「承知した。それで、独占取引の契約の返事は?」


 ふと扇を開いた。


 術力を、ほんの少しだけ広げた。


 天井が、消えた。音はなく、爆発もなかった。ただ、次の瞬間にはなくなっていた。分厚いはずの構造材が、跡形もなく。宇宙が、頭上にぽっかりと広がり、星が見える。


 ドルドが固まった。


 ガーツは頭上を一度だけ見て、また俺に視線を戻した。


「まあ、失礼いたしましたわ。あまりにも濁った言葉が満ちておりましたものですから、少し空気を整えさせていただきましたの。……清浄な環境でないと、思考も鈍りますでしょう?」


 扇で口元を隠す。


「海賊の艦隊八隻も、本気ではありませんでしたわ。加減しておりましたの」


 頭上の宇宙をちらりと眺める。


「ヴォイド・カルテルほどの大組織が、わたくしのような小娘を脅さなければならないとは」


 くすりと笑う。


「余裕がないのかしら。おかわいそうに」


「それとも、辺境の魔女が怖くて、先手を打たずにはいられませんでしたの?」


 にっこりと微笑む。


「大きな組織ほど、崩れた時は見応えがありますわよね。ぜひ遠くから拝見したいものですわ」


 扇をゆっくりと閉じた。


「修繕費はそちらでどうにかなさってくださいませ。こちらは招かれただけですもの」


「誰を脅したのか、少しはおわかりいただけましたかしら」


 扇を広げて、優雅に立ち上がった。


「契約のお返事は、気が向いた時に差し上げますわ」


 踵を返す。


「ごきげんよう」


 ガーツがかすかに笑った。それだけだった。


---


 船に戻ると、全員がこちらを見た。「どうだった」とジャンクが聞いた。


「六億円、振り込み確認次第、レンカガネをお渡しすることになりましたわ」


「六億……」


 リンが少し固まった。


「VIPルームはどうでしたか」


 リンが気を取り直して聞いた。


「飲み物が美味しかったですわ」


 リンが脱力した。「そこ!?」


「レンカガネ、……独占取引の話も出ましたわ」


 全員の視線が集まった。


「ですが」


 一瞬だけ、思考が巡る。


 安全も買えるかもしれない。カルテルを利用する、という選択肢もある。


(……いや、ダメだ)


 あの男の顔が浮かぶ。あれは、利用できる相手じゃない。


 利用する側であって、利用される側には絶対に回らない人間だ。


「やっぱり、今後レンカガネはヴォイド・カルテルには売りませんわ」


 沈黙が落ちた。


「……理由は」


「信用できませんの」


 即答だった。


「どんな契約を押し付けたところでも、いずれ破るでしょうね。あのガーツ・ガーツという男は、守る気がない約束でも平然と結べる方ですわ。それに」


 扇を閉じた。


「深く関われば、私達はヴォイド・カルテルを切れなくなりますわ」


 ジャンクが低く言った。「……つまり、今のうちに切るってことか」


「ええ」


 リンが顔をしかめた。


「あの、もう一個問題があって。ガーツって、カルテルでもかなりの大物なんですよ。あの人が直接動いた取引って、公式案件扱いになるんです」


「つまり?」


「蓮華マテリアル商会は、カルテルと繋がった商会って見られます。他の商会は距離を取るかもしれません。逆に、裏側の連中は寄ってきます」


「……面倒ですわね」


「最悪、もう監視が付いてる可能性もあります」


 ジャンクが短く息を吐いた。「……厄介なのに目を付けられたな」


 リンが頭を掻いた。「正直、ここまでになるとは思ってませんでした……すみません」


「構いませんわ」


 ナイラが口を開いた。「問題はこれからだ。来るなら叩く。それだけだ」


「……善処いたしますわ」


 扇を開く。


(さて、どう転ぶか。少なくとも、ガーツとは、また会うことになるな)

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