挿話 あの日の自分
あの日の事を私は何度後悔した事か。
「…レイ様?」
そう呼びかけられて、咄嗟に瞳の色を青く変えてしまった。
魔術に襲われていた女の子を助けた日。泣きじゃくる女の子が私の顔を見るなりピタリと泣き止み、頬を赤く染めて私の事をそう呼んだのだ。
レイモンドの知り合いなのだと思い、これ以上怖い思いはさせないようにと、嘘をついてしまった。瞳の色を使って。
「危ないから1人で出歩いては行けないよ。」
女の子は無言のままコクリと頷く。
「いい子だね。お家まで送って行こう。道は分かるかな?」
私とレイモンドは一歳しか違わないため、背格好はほとんど変わらない。社交界デビューもしていないため、よく知る者でなければ、瞳の色だけで判断しているのだろう。その女の子の家の人たちは、誰も私がウィリアムだと気が付かなかった。もちろんその女の子自身も。後から聞いた話だが、レイモンドとも特に知り合いというわけではなく、この国王子様は『レイ様』と『ウィル様』と教えられたが、『レイ様』しか覚えられなかっただけらしい。
その後、その女の子はソフィアという侯爵令嬢である事を知り、その兄であるイルバートと共に仲良くなって、よく遊ぶようになった。
ソフィアは魔獣から守ってくれたのがレイモンドだと思っているため、レイモンドに恋をしているようだった。幼い初恋だと思ってそっとしておいたが、何年経っても想いが色褪せる事なく、その想いと共に大きく成長していく彼女に焦りを覚えた。何故ならば、レイモンドには他に想いを寄せる女の子がいたからだ。
自分があんな嘘をつかなければ、ソフィアに悲しい思いをさせずに済んだかもしれない。ソフィアにしつこく構うのは罪悪感もあったのかもしれない。
幼い頃から一緒にいて、大切に思っていたし大好きだったがそれだけではなかった。彼女にはそれが透けて見えていたのだろうか。
私のアプローチに気付かないふりをされて、嫌われて、逃げ回られた。もう散々だったが、彼女を幸せにできるのは私しかいない、という謎の責任感に囚われていた。彼女が幸せにならなければ、自分も幸せになってはいけないとも思っていたのかもしれない。何にせよ、彼女を黒魔法に頼るほど苦しめていたなんて。本当に申し訳ないことをした。
今のソフィアにも振り回されっぱなしだが、1番驚かされたのは正式に婚約した後、サプライズでローゼン領の屋敷を訪れた時だ。彼女が居るはずの部屋は空っぽで、机にメモと地図が散乱していた時は気が狂いそうだった。あのソフィアの笑顔にはもう二度と会えないんじゃないか…。吐き気と眩暈がして、手も足も感覚がなくなり身体がバラバラになるんじゃないかと思った。どうやって辿り着いたのかもう思い出せないが、あの魔女の店でもう一度ソフィアに会えて、『ウィル様』と呼びかけてくれて涙が出るほど嬉しかった。
そしてその帰り道、前のソフィアは別の世界で幸せに暮らしていると聞いて心底ホッとした。あの日の嘘が許された気がした。そして、今のソフィアがこの世界に残ってくれた事で、私自身も幸せになっていいと許された気がした。
ソフィアの瞳に自分が映されている事が何よりも嬉しく、ソフィアの手をとりダンスを踊れることが何よりも幸せで、この先ソフィアと歩んで行ける未来が何よりも楽しみだ。
2人のソフィアに出会わせてくれた事を神に感謝しながら、ウィリアムは自身の結婚式の会場に向かうのであった。




