最終話 お笑いとラブコメは混ざりますか?
時間は流れて――
と言っても2カ月ちょっと。
高校三年の春。卒業の年。来年だけど。
進路も決め、受験の波に飲み込まれる慌ただしい一年は始まっている。
二年になった俺以外のわらおー会の面々は、相変わらず元気で自由で騒がしい。
第一回で終わるとも言われていた東高等お笑い王座決定戦「通称E-1」は、今年も開催する予定で計画しているらしい。その火付け役は副生徒会長になった雨宮さんだ。生徒会長の卒業前に直訴して毎年続けるイベントとして盛り上げていきたいと先生たちも巻き込んで熱弁を振るったらしい。
あれから白井さんにべったりな雨宮さんの変貌ぶりというか、デレぶりは凄まじいものがあった。別人かと思うくらい。
いやもう、ほんと見てて笑う。
リッカさんとしても、俺の配信に遊びにも来てくれていた。
特別視扱いしなくてはならないのは大変だけど、相変わらず同接数は【1】なのでその心配はない。
いやもう、そろそろ増えてもよくね?
まあ、彼女に対しては色々あったけど……、周りの興味も次の炎上ネタに飛びついて、なくなったみたいに忘れられてるし、俺も過ぎたこととして処理している。
4月になるとすぐに新しいメンバーが1人、わらおー会に加わった。
より個性的な面々が揃い5人になる。
その新メンバーはなんと、病院で『復讐令嬢ネタ』や『〇・✕ゲーム』で笑わせようとした、あの子だった。
不気味なくらいニヤニヤした女子さんが連れて来たときは本当にびっくりした。
彼女は学校に来ない日が多いが、あの子が入学してからというもの女子さんの姉御っぷりは留まることを知らない。まるで令嬢を守る騎士みたい。
女子さんはもの凄く面倒見がいい。それはなんとなくわかっていたが、二人を見ていると本当の姉妹のようだった。
相変わらず俺に対する評価は「✕」で厳しいけど、彼女はファナさんと一緒に裏方サポートという役割を担い、だいたい漫画を読んで過ごしている。
ちなみに俺のことはナイトメア先輩と呼ぶ。
いやもう、先輩だけでよくね?
ファナさんは積極的にシリアルの大会に出るようになった。
人前でおどおどするのは相変わらずだけど、着実に人見知りの殻を破って、前に出るようになってきている。その姿勢は俺も見習うところが多い。
毎回大会があると付き添いで行く(連れていかれる)のだが、俺の大会出場はいまだ許可をもらえていない。
俺との対戦では狂犬としての牙を言葉で向けるが、人前での戦いになると無言冷酷でニヒルに笑う初心者キラーになる。
ファナさんを打ち負かさないと出場できないって、いやもう大会と一緒じゃね?
――そして、俺。
俺には受験という戦いのほかに別にもう一つ乗り越えるべき壁がある。
今まさにその一歩である試練を目の前にしていた。
その壁は果てしなく高い。例え乗り越えたとしても続く道は地平線の遥か向こうまで続いていて、どうなっているのかはわからない。
でも、この壁を登ると決意してから後悔なんてしていないし、とことん突き進む覚悟でいる。覚悟と意気込みだけは一人前だ。
俺は一人じゃないからな。
隣にいる、俺の相方が隣にいてくれる。
「梶くん、ネクタイ曲がってるで」
「す、すいません……」
「あはは」と笑う白井さんの手がすっと伸びると、斜めになっていたネクタイを整えてくれる。よく見ると白井さんの細い指は緊張で震えている。
「あ、白井さんのネクタイも少し……」
「ほんま? 鏡、鏡……っと」
「じゃ、じゃあ僕が直しましょうか?」
「セクハラやで!」
「す、すいません!」
本気で言っているわけじゃない。
白井さんの悪戯っぽい顔ですぐにわかる。
「そうだ! 記念に写真撮ろー!」
スマホを取り出した白井さんは自撮りモードでカメラを起動し、ぐいと身を寄せて制服姿の俺たちを映す。腕が短いからどアップになるのは当然で、いまいち画角が決まらないと悩む白井さんに代わり俺がスマホを構えた。
ぐんと腕を伸ばすと白井さんと俺はぴったりとファインダーに入り、白井さんにこりと笑顔になる。その隣にいる俺の笑顔も、白井さんにつられて少しだけマシになったと思う。
「にししー」
ニカっと笑い、白い歯を見せたまま白井さんは声を出す。最近知ったのだが、白井さんは写真を撮って笑うとき声も一緒に出るのだ。なんとも可愛らしい癖だ。
カシャ! と、一枚。
俺はスマホを白井さんに渡すと、白井さんは両手で持って「イイ感じ」と満足そうにする。
「東高等学校のアーヴァンチュール、梶さんと白井さん! 準備をお願いします」
「は、はい!!」
白井さんは慌ててスマホをしまうと、ピンと背筋を伸ばしながら裏返るような高い声を出した。
スーツ姿の男性に声を促され案内される。
「緊張してきたーーっ」
体を寄せ小声で話しかけてくる白井さん。
「ぼ、僕もです……。動画は何回も撮り直しできましたし……」
「梶くんは緊張してて頭真っ白になるくらいのがちょうどええんやけど、うちが真っ白になったらえらい目に合うから、うちだけはしゃんとせんと」
「これでも頑張ったんですよ? 僕」
「あはは、うんうん。頑張った頑張った」
「それ思ってないときの言い方ですよね」
短いやり取りを刻みながら緊張をほぐし合う。
「梶くんでよかった」
「……」
聞こえたけど、聞こえないふりをした。だって、なんて返したらいいかわからない。聞き返してもしたら、それどころじゃなくなってしまいそうだ。
「梶くんでよかったって言ってんの!」
「は、はい! ぼ、僕もです!」
聞こえないふりはできなかった。
「僕も、なに?」
ほんと、最近の白井さんは意地悪だ。
それに……そんな意地悪な白井さんも含めてひっくるめて魅力的なんだ。
だんだんと惹かれていっている気持ちを自覚するたび顔から火が出そうになる。
「……ええと」
言い淀んでいると目の前に扉があってそこで足が止まった。スーツの男は涼し気に笑い、「では頑張ってください」と俺たちに声を掛けると、ゆっくりと扉を開く。
真っ白で広い室内には、数人の男性が並んで座っていた。
白井さんの顔を見る。
俺の顔を見ていたのか大きな瞳と視線が重なる。
自然と口元が緩む。交わす言葉はない。お互い同時に頷き合うだけで十分だ。
誰の合図もないまま二人の呼吸で、右足を揃えて一歩前に蹴り出した。
「僕は白井さんがよかったです!」
一瞬、白井さんの目が丸くなる。
「……うん、せやね。うちも梶くんがよかった!!」
そう言って笑う白井さんは、文化祭のとき俺を地獄から救ってくれた天使そのものの笑顔だった。
俺たちは足並みを揃えてステージへと向かう――
「「どーもー! アーヴァンチュールです!」」
今俺たちが目の前にしているのは夢への第一歩。
アーヴァンチュールはここから駆けていく。
誰も追いつけない速度で、誰にも負けないくらいおもしろくなる!
「ねえねえ、梶くん梶くん」
「はいはい、白井さん」
いつもの入り。
これが俺たちの漫才スタイル。
「高校生のうちらはいくらでも復活できる、そう思わん?」
「僕らはなんてったって若いですから! お笑いとラブコメだって混ざっちゃいます――!」
俺はお笑いが大好きだ。
キラキラ輝いている白井さんを見るのが好きだ。
そんな白井さんの隣に立って笑顔になる自分も好きだ。
言葉と言葉がぶつかる。口の動きも、小さな手の返しも、目線も、僅かな顔の変化も、演技のすべてが一つの「漫才」になっていく。
まるで舞台の上で舞い踊っているようだ。
――なあ。
お笑いってこんなに楽しいって知ってた?
俺は知らなかったよ。
最近になってようやく気付いた俺が、偉そうに言うのもなんだけど、
よかったら――
俺たちと一緒にお笑いやりませんか。
「「――ありがとうございました!!」」
(了)




