51話 この気持ち、もう止まれない
「なに……?」
大寺先輩は顎を少し上げて、威圧するような顔になる。
その高圧的な態度に余計腹が立っていた。
逃げるが勝ち、関わらない方が身のためと、目を背ける一択だった俺が人前でこんな風になるなんて。
「それに僕には他人を心配する《《余裕》》なんてありません。先輩の落ち着きよう、参考になります」
どうしても納得できなかったんだ。
自分の中でも葛藤する。言いたいことが腹の底から飛び出してきそうになるのを我慢してこう言って笑ってやった。
声はビビり過ぎて震えていて、涙目になっている気もするがそれがどうした。
こんな場所に1秒だっていたくないさ。
でも、このまま帰るなんてこともしたくない。
「わざわざ呼び出してまで激励してくれてありがとうございます。決勝戦、《《本気》》で行きますのでよろしくお願いします!」
たっぷりの皮肉を込めてお礼を伝える。大寺先輩の反応を待つより俺は教室を出る。廊下で整列して待っているお笑い同好会のメンバーの視線を掻い潜り、足早にこの場を去った。
◇ ◇ ◇
どうしてこんなに熱くなってしまったんだろう。
ムカムカしたのはあったけど、決勝後の話や白井さんの夢のことを言われたとき、胸に穴を開けられた感じだった。
その穴は敏感になっていて、空気が触れるだけでも冷たい感触を残している。
くそ、なんなんだよあの大寺っていう先輩は。
お前は白井さんのなんだっていうんだよ。
こんな気持ちでわらおー会に向かうわけにもいかず、俺はトイレの洗面台で顔に水を浴びるようにして心を落ち着けようとしていた。
◇
「――白井さん、最初の部分に予選のときにつかった浪人ネタ入れませんか?」
教室に入ってすぐに白井さんに近づく。
「前回笑ってくれた生徒たちはきっと覚えているはずなので、安定した反応が貰えると思います。いっそ最後のオチも同じにしてみるのもいいかもって思います。なんてたって投票で一位ですし、その優位性をフルで使うのはアリだと思うんですよ!」
白井さんに手が届くまであと一歩のところで止められる。
「ちょちょ、待って。何かあったん?」
「へっ!? 変でしたか」
「がっついてきた梶くん初めて見たからびっくりして」
気づけば俺は両手を広げていて、抱きつこうとしてると思われてもおかしくない鼻息も荒かった。全速力で後ろに下がる。
「ご、ごめんなさい!」
「あはは、びっくりしただけだから。それより梶くんが提案してきてくれて嬉しい! 前にも言ったやつよね。二本目どうするの問題のときのさ」
覚えるのが大変だから、同じスタイルでキーワードだけ変えてネタをやろうという話だった。
「そこに予選のときのネタを被せる。それはぜんぜんアリ! アリ寄りのアリ!」
「で、ですよね!」
思いついたことが認められ顔がたるんでしまう。しかし、「ただ」と言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられるような苦しさを感じる。
「時間が空きすぎなんよね」
時間? と復唱すると「うん」と頷いて、俺に向かって人差し指を立てる。反対の手は腰に当て、小っちゃな白井先生が出てきそうな雰囲気
「その日のうちに連続してネタをやるんなら、めちゃくちゃ有効やと思うねんけど、一か月空いちゃってるから旬が過ぎちゃったというか。ぶっちゃけ忘れてる人が多いと思う! って、自分で言っててつらあっ!」
白井さんの理由付けがストンと胸の中に落ちる。
「あと、決勝戦は審査員による採点なのも重要やで! 生徒たちがウケてるはもちろん加算されると思うけど、審査員の好みによると思う! お笑いの審査なんてやったことないだろうし公平にしますって言いつつも、好き嫌いは絶対に出てくる!」
「そうでしたね……審査員だ……!」
「そうなんよ梶くん! どんな性格かもわからんから、王道的な笑いが強いと思てる!」
そうだった。決勝は審査員がいるのだ。
「ファナ、スクショしてますよ先輩! えっと、審査員は……。観客からランダムに選ばれた2人と生徒会長、演劇部部長と教頭先生、です!」
ファナさんはスマホを見ながら読み上げてくれる。なんて気が利くんだろうか。
「しかし、そうそうたる顔ぶれですよね。生徒会長も教頭先生も笑ったところなんて見たことないですし。教頭先生にいたっては見たこともあまりないかもです」
「言えるのはたぶん、みんなお笑い好き、かな! じゃなきゃ、こんな大掛かりなイベントできひん。来年生徒会長も演劇部部長も変わったら、第二回なんて開催されずに今回の大会が最初で最後かもしれん!」
「どれだけ盛り上がれるか……だね!」
頑張ろうとファナさんは両拳を作って白井さんに微笑む。
「うん! これ、絶対来年もやらな! って思わせる大会にする!!」
白井さんが意気込むと、合わせるようにファナさんも、
「おーっ!」
と元気よく手を上げる。俺もさっきは大寺先輩の言い方にモヤモヤして負けじと意見をだして力になろうとアピールに必死だった。
そのことすらも忘れさせてくれる白井さんの笑顔に、俺も声を張って応えた。
女子さんはいなかったが、体調は戻ってきたようで、「暴れたくてウズウズしてる顔」との白井さん情報だった。
本調子に戻って来てるなら本当に嬉しい。
決勝戦でまた会場ごとぶん殴ってくれるだろう。
今週の金曜日。いよいよだ。
決戦の時は刻一刻と迫っていた。
◇ ◇ ◇
――うち、お笑い芸人になるのが夢なんです。
駅前の喫茶店に行ったとき、白井さんはストベリーホイップをかき混ぜながら照れくさそうに頬っぺたを緩めていた。
――興味本位だけで彼女の隣に立っているのなら、それは彼女の夢を遠ざけている行為と同じだ。
大寺先輩は白井さんの知っていたのだろうか。
気持ちを切り替えようとしてもふとした瞬間にこの言葉が頭に浮かび上がる。
まだ終わってもないのにこんなこと考えてしまっては上手くいかない。
でも白井さんはどう思ってるんだろう?
決勝が終わったら、アーヴァンチュールはどうなってしまうのだろう……?
「ああ! だめだ! ゲームしよう!」
ネタ帳を開いても、動画を見ても気になりだしたらひょいと顔を出してくる。考える間もないくらい忙しいアクションゲームで気を紛らわせよう。
「……」
配信するつもりはなかったのだが、体はすっかり覚えてしまっていた。すぐに中止しようと思ったが、タイムリーにリッカさんが入って来たので消すに消せなくなってしまう。
「こ、こんばんは~。ハルです」
体調が悪いとかなんとか理由をつけてすぐに終わろう。
>ハルさんこんばんは!(@rikka)
>ハルさん褒めてください~~。この何週間かすっごく頑張ったんです! 画像編集とか初めてだったので大変でした!(@rikka)
「画像編集ですか? リッカさんイラスト描くんです?」
>違いますよ。モザイク入れたりとか、そういうのです(@rikka)
「えっ? モザイクって……」
>忘れちゃいましたか? やっぱり見てなかったのかな? ふふっ(@rikka)
>明日、決行します! 報告しますから明日も配信してくださいね!(@rikka)
「リッカさん?」
リッカさんはそれ以降何も言わず退出した。
そして次の日――
事件は起きたのだった。




