第9話 ブラック奉仕活動です
修道院での菓子工房の仕事は、意外と大変だった。
エリーニャはユリヤと一緒に出来上がったクッキーを袋詰めしていた。1時間あたりのノルマ量も決まっていて、ミスが許されない雰囲気だ。学校の体育館ほどの菓子工房だったが、言いようがない緊張感に支配されていた。
「さっさと仕事しろ!」
ルナは、全く手を動かさない。口だけはご立派で、暴言を吐きまくっていた。その顔は鬼のように怖い。いや、悪魔かもしれない。
ルナが生贄儀式をやっていても違和感ないと思わされた。ただ、この場でそんな事は決して口には出来ず、淡々とロボットのように手を動かしていた。
クッキーはチョコチップがゴロゴロしていて、美味しそうな匂いがする。このエリーニャのアバターでは、食欲は感じないが、五感がリアルにある。この甘い匂いだけが救いのように感じてしまった。
ルナの監視下では、目の前にいるユリヤとろくに話もできない。とりあえず手を動かすしかない。
ナンチャッテ修道院の割には、労働環境がブラックだった。この労働でろくに賃金は出ないそうだ。
このクッキーは、修道院ブランドとしてボッタクリ価格で売っているようだが、その利益は一体どこに消えているのだろうか。修道院は全体的に老朽化しているし、施設投資しているようにも見えなかった。
考えられるのは、ルナかアシュラがインマイポケットしているという事だった。修道女をタダ同然に働かせ、利益を上げていたとすれば、相当なブラックだ。
ナンチャッテ修道院の割には、元いた世界と似たような闇を感じてしまい、エリーニャの表情は険しくなっていく。
エリーニャのアバターは、悪役令嬢らしく吊り目で、クールな雰囲気だ。このおかげで、ユリヤ意外の修道女からは、すっかり避けられていた。
このブラック修道院で何か困っている人がいたら、助けたいとも思う。やはり、元いた世界で牧師だけあって、骨の髄まで人に仕える事が身についているようだった。神様を知ってほしい気持ちもあったが、人助けをしたい気持ちも強い。
そんな事を考えていたら、クッキーの生地作り班の修道女が材料をひっくり返していた。
ガシャン、ドタンなどの音で菓子工房内は騒がしくなった。
「ちょっと、何やってんだ!」
ルナはブチギレていた。失敗した修道女をとっ捕まえ、鞭で叩いていた。
「ごめんなさい、助けて!」
まだ若い15歳ぐらいの修道女の悲鳴が響く。確かハンナという名前の修道女だ。環奈と顔立ちが似ていたので、エリーニャも気になっていた。
「エリーニャ、余計なことはしない方がいいわ」
ユリヤは小声で忠告してくれたが、ルナへの怒りで肩が震える。こんなブラックな労働があっていいのか? 納得できない。ハンナも今すぐ助けたい。
「で、でも……」
「放っておいた方がいいって。ルナのヒステリーはすぐ治るから」
エリヤの言う事に従うしかないようだった。実際、ルナのハンナへの虐待はすぐに止まった。
それでも、鞭で打たれたハンナをすぐに助けなかった事を後悔してしまった。
悔しいが、どうする事もできない自分に罪悪感しか持てなかった。
ふと、頭の中に十字架に付けられたイエス様の姿が浮かぶ。
当時自分が生きていたら、喜んでイエス様を十字架につけていただろう。助ける事もなく、野次でも飛ばしていたかもしれない。
つくづくハンナを助けられなかった自分が情けなかった。
エリーニャのアバターを着ているが、罪人の性質は全く変わっていないようで本当に情けなかった。