No.27 出発
ピピピピピピピピピッ!!
アラーム音で目が覚めた俺は、携帯のアラームを止めた。
現在、朝の6時20分。
土曜日の朝、この時間に起きる事はまずないので、なんだか不思議な感じだ。
さてと…もう目を開けなくてももう分かる。
体に何かがまとわり付いているものの正体。
毛布を退けると、スーナが俺にピタリと引っ付いて気持ち良さそうに眠っていた。
「おーい、スーナぁ。朝だぞ~」
「んー…。あ、レン君おはよう~…」
アラームの音で起きなかったが、俺の呼び掛けでようやく起きたスーナは、まだ眠り足りないのか、寝ぼけ眼を擦りながら、ウトウトしてる。
「昨日は寝れなかったのか?」
「うん、楽しみでワクワクして寝れなくて…」
「んで、このベッドの中に潜り込んできた訳か」
「えへへ」
スーナは眠れなかったりすると、よく俺のベッドに忍び込んで寝てたりする。
一人でイクタ村に暮らしていた時はなんとも無かったが、俺と一緒に暮らすようになってから、一人で眠れないことが多くなってしまったらしい。
え、それ俺のせいないの?と思わなくもないが、毎回寝不足になられても困るので、受け入れてしまっている。
あまりにも頻度が多いんで、俺もあまり気にしなくなってきたし、ばあちゃんも何も言わなくなってしまった。
「じゃあボチボチ朝支度するか」
部屋を出たスーナと俺は、居間を降りて朝食を食べて、顔を洗ったり歯を磨いたり、身支度を整えていた。
一応、夏美も誘ったが、大会が近いとかで練習を休めないらしく、結局二人で行く事になった。
俺は支度を終えると、居間に降りて寛いでいた。
ばあちゃんがお茶を出してくれたので、俺はそれを啜った。
「今日は行く所決まってるの?」
「ん? うん、大体ね。後はあっち行ってスーナがみたいもんとか行きたい所あれば、それに合わせる感じかな?」
「そう。じゃあ今日はスーナちゃんの事、頼んだわね」
「うーい。そういやじいちゃんは?」
「あの人は朝早くから神社に行ってるわよ」
「神社? こんな朝早くに?」
「まぁ何しに行ったのかは知らないけど…」
「いや、もうちょっとじいちゃんに興味持とうよ…」
全く、ウチの祖父母は夫婦揃って、あまり人に興味がないらしい。
そうこうしている内に、スーナが準備を終えて、居間に降りてきた。
「あぁ、スーナ、準備でき…」
スーナに声をかけようと思ったが、ポニーテールに束ねた髪に、白いブラウス、薄い紺色のロングスカートに身を包んだスーナに、俺は思わず見とれてしまった。
「レン君、お待たせ! 待った?」
「い、いや、別に待ってないよ! 俺も今きたばっかだしゅ!」
スーナの姿に動揺した挙げ句、噛んでしまった。すごく恥ずかしい。
「あらー、似合ってるわね~スーナちゃん♪ そのお洋服、もしかして夏美の?」
「はい、夏美ちゃんがわざわざ貸してくれたんです♪」
すると、スーナがこちらを向いた。
「その…レン君、これ…似合ってるかな…?」
「あ、うん、似合ってるよ!」
「良かった! なんか私の格好見た時は、微妙な反応だったから」
「いや、別にそんなことは…」
「スーナちゃんが可愛かったから、動揺しちゃったのよね~」
「いや、ちが、ばあちゃん!」
まぁ違わないけど。
「ほら、ボチボチ行かないと遅れるわよ! ロマンスカーの予約もあるんでしょ?」
「あ、うん、そうだった。じゃあ行こっか!」
「うん! じゃあ行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね!」
俺とスーナは近くのバス停から、バスに乗り、駅に向かった。
ここに来たときは、車やバス、電車など、乗り物全般に驚いていたが、最近はばあちゃんとバスに乗ったりすることも多く、慣れてかきた様だ。
とはいえ、バスに乗るときにお金を入れるのが苦手らしい。
「レン君は、ちっちゃい頃から一人でバスに乗れたの?」
「流石に小さい頃は、ばあちゃんと一緒だったけど、7~8歳の頃には一人で乗れてたかな?」
「すごい! さすがレン君だね! 私はまだ一人では無理だよ」
「そりゃ仕方ないだろ、こっちに来て一ヶ月も経ってないんだし。その内慣れるよ。お、駅に着いた。スーナ、降りるよ」
降りる時、俺はスーナの手を取って、支える様に降りた。
「ありがとう、レン君!」
「いーえ。前にスーナがバスの降車口の階段で転びそうになった事があるのを、ばあちゃんから聞いていたからさ」
「レン君のおばあちゃんってば…。すぐ喋っちゃうんだから」
「はは、それには俺も同感」
俺たちはバス降り場から、駅内へ繋がる階段へ向かって歩いた。
「レン君レン君! あれって、何て書いてあるの?」
「あれは『登戸』。この駅の名前だよ」
「全部の駅に名前が付いてるの?」
「んー、まぁ基本的には名前が付いてると思うけど…。もしかして全部の駅の名前を覚えなきゃとか考えてる?」
「え、覚えなくても良いの?」
「いや、よっぽどのマニアじゃない限り全部覚えてる人なんて居ないから」
「そうなんだ、安心したよ~」
「必要な駅だけ覚えてりゃ充分だよ。ほら、行くよ」
小田急線の改札へ向かうと、予め買っておいた、運賃込みのロマンスカー乗車券をスーナに渡した。
スーナがうまく改札を通れるか心配だったが、問題無く改札を通り抜けた。
その折に、スーナは渾身のドヤ顔を俺に披露したが、乗車券を取り忘れたらしく、駅員に注意されて、券を受け取って、恥ずかしそうに戻ってきた。
ホームから電車に乗り込み、しばらく乗った後、途中の新百合ヶ丘駅で降りた。
「レン君、もう着いたの?」
「違う違う、ここでロマンスカーに乗り換えるんだよ」
「あ、昨日レン君が教えてくれたやつ! 今まで乗ってたのはロマンスカーじゃなかったんだね」
「そうだよ。まぁ初めて電車乗るんだし、混乱もするか」
指定の号車と座席を確認し、ロマンスカーが到着するのを待った。
「楽しみだな~海! 目の前が全部水面が広がってるなんて想像つかないよ!」
「あれ、この間教えた海の映像は見なかったの?」
「今日に楽しみを取っときたかったから、結局、見てないの」
「そっか、まぁそれもそうか」
そもそも今回、江ノ島・鎌倉観光になったのも、スーナが一度も海を見たことがなく、見てみたいと言い出したのが切っ掛けだ。
イクタ村の近くには海や湖がなく、小さな小川の陽なものが村の中を流れている位だから、当然といえば当然か。
「あ、ロマンスカーってもしかしてあれ?」
「そうそう、『えのしま』って額に書いてあるから、あれだな」
実は俺もロマンスカーには乗った事がなかったので、内心ワクワクしている。
「じゃあ乗るぞ~」
「ふふふ、なんだかレン君嬉しそう」
「いや、まぁロマンスカー初めて乗るし…。良いだろ別に~」
「レン君の嬉しそうな顔ってあまり見た事ないから、新鮮♪」
「それじゃあ、まるで俺が普段嬉しそうにしてないみたいじゃんか」
「普段あまり表情に出さないから。でも私も乗れて嬉しいよ!」
そんなやり取りをしたのも束の間、スーナは席についてしばらくすると、急にウトウトし出した。
「スーナ眠いのか? 無理しないで寝てて良いからね」
「うん、ごめんね。昨日あまり寝れなくて…」
「それだけ今日を楽しみにしてくれたって事だな。片瀬江ノ島まで40分位あるから、それまで寝てな。着いたら起こすから」
「うん、ありがとう♪ じゃあ少しの間おやすみ…」
そういうと、スーナはあっと言うに目を瞑り、寝息をたて始めた。
正直、せっかくのロマンスカーなのにと思わなくも無かったが、無理をさせるのも忍びなかったので、まぁ仕方ないと思いながら、自分も一眠りする事にした。
ロマンスカーの静かな振動を揺り篭にして、俺とスーナは海に思いを馳せながら、眠りについた。




