No.28 江ノ島
ロマンスカーの乗り心地に、思わず寝入ってしまっていた。
目を開けると眼前にスーナの顔があり、危うく唇同士が触れそうになっていた。
「うわぉ!?」
思わず変な声が出てしまい、通路を挟んで隣に座っていた乗客に怪訝な目で見られてしまった。
気持ち良さそうに眠っている所を起こすのは少々忍びなかったが、そろそろ起こさないと駅に着いてしまうので、出来るだけ優しくスーナの肩を揺さぶった。
「スーナ、もうすぐ着くからそろそろ起きてくれ」
「んー。あう? ここは…あれ、海の中…?」
「何寝ぼけてんだ。海の中でも、海の上でもないよ。もうすぐ片瀬江ノ島に着くから、降りる準備しときな」
ようやく目が覚めたスーナは、慌てて荷物をまとめると、珍しそうに窓の外を眺めていた。
「レン君、見た事ない白い鳥が飛んでるよ!」
「あれはカモメ。確かに川崎じゃ見ないかもな~」
「見た事ない生き物もたくさんいるのかな! 楽しみ♪」
そうこうしている内に、電車は駅に到着した。
割りと朝早いとはいえ、土曜日だったこともあり、たくさんの乗客が降りてきた。
「人いっぱいいるから、離れるなよ~」
「もー、人を子供扱いしてー」
顔ではむくれつつも、しっかり俺の腕を掴んでピッタリくっついて歩いている。
離れるなとは言ったけど、腕を掴めとまでは言ってないんだけどな…。
改札を出ると一気に海辺の町が目の前に広がってきた。
江ノ島に来るなんて何年振りだろうな…。
「すごい、なんだか不思議な香りがするね!」
「あー、磯の香りの事か。あまり意識した事なかったけど、磯の香りを嗅ぐのも初めてだもんな」
「磯の香り…? それって近くに海があるって事?」
「まぁそう言うことだよ。ほれ、目の前に橋があるだろ? その下を流れてんのがもう海だよ」
「え、本当に?」
そういうと、まるで子どもの様に橋まで駆けて行った。
「すごい…こんなにでっかい川、見た事ない…。これ、全部海なの?」
「まぁね。…へぇー、この橋、『弁天橋』っつーのか」
すると、視線を遠くにやったスーナが目をキラキラさせながら視線の先を指差し、俺に迫ってきた。
「レン君! あそこ一面にたくさんの水があるよ! もしかしてあれ全部…」
「あぁ、海だよ」
「綺麗…。水面がキラキラしてる…」
「太陽の光がよく反射してるからな。なんとか晴天で良かったよ」
「ねぇレン君、もっと近くで海を見てみたい!」
とりあえず、まずは砂浜の方に出ようと思ったので、地下道を通って海岸沿いに出ることにした。
海岸沿いに出た後は、道路沿いに真っ直ぐ歩いていき、エスニック風のレストランに隣接する海岸へ続く道を歩いて行った。
そして、やっと江ノ島も一望できる海岸へ辿り着いた。
地元の人が犬を連れて散歩をしていたり、少し気が早い気がするが、肌を日光で焼いているおっさんがいたりと、いかにもな光景が広がっていた。
スーナはというと、あまりにも圧倒されてしまったのか、ただただアホみたいに口を開けて、海を見つめていた。
「おーい、スーナさーん。起きてるー?」
「あ、ご、ごめん、海に圧倒されてちゃってた…。これ、全部水なんだよね…?」
「正確には海水だけどね。初めて見るんだからまぁそういう反応になるよな」
砂浜の近くまで歩いて行くと、スーナの興奮は留まる事を知らなかった。
「レン君、すごい! 海水がこっちに近付いて来てるよ!」
「そっか、スーナは波を見るのも初めてなのか」
「うん、初めて! なんでひっきりなしにこっちに押し寄せてるんだろう?」
「波は風が吹く事でできるんだよ」
「風? 風なんて今吹いてないよ?」
「ここでは吹いてなくても、ずっと地平線の遠くでは風が吹いてて、そこで波が発生して、巡りめぐってここまでやってるんだ」
「そうなんだ…。海ってそんなにでっかいんだ…」
「なんてったって、陸地よりも海の面積の方がデカイからね」
「レン君、なんでも知ってるんだね♪」
「なんでもって言われると、ハードル上がるなぁ…。全部学校で教えてもらった事ばかりだよ」
「あそこに大きな山が見えるよ! てっぺんが白いけど何だろう」
「あれは富士山。この国で一番でっかい山だよ。今日は天気が良いから綺麗に見えるな」
「海に…富士山に…色んな景色があって素敵だね♪」
スーナはもっと近くで海を見ようと波打ち際の近くまで歩いて行った。
「レン君、こっちおいでよ! 貝殻とかたくさんあるよ!」
「スーナ、あんまり近くまで行くと、急に波が来て、スカート濡れるぞ」
なんて事を言ってるそばから、強めの波が打ち寄せて来た。
「ひゃっ!?」
スーナはビックリして、スカートの裾を捲し上げながら、後ろに後退りした。
俺も慌ててスーナの元に駆け寄った。
「スーナ、大丈夫? 濡れてない?」
「うん、大丈夫だよ。でも急に大きな波が来たから、びっくりしちゃった!」
「急に勢いのある波が来る事があるからね。海の面白い所でもあり、怖い所でもあるんだ」
「そうなんだ…。私も気を付けなきゃ」
その後、綺麗な貝殻を拾ったり、砂浜を二人で歩いたりして、初めての海を満喫していた。
「スーナ、そろそろ島の方に渡ってみるか?」
「島? あそこに渡れるの?」
「うん、あそこにずっと島に続く橋があるだろ? 江ノ島弁天橋っていう橋なんだけど、そこを渡って行けば島に行けるよ」
「うん、行ってみたい! 島に行くのも初めて♪」
砂浜を後にし、島に向かうべく江ノ島弁天橋を渡り始めた。
「すごく長い橋だね! どうやって作ったんだろう?」
「どうやって作ったかまでは俺も分からないけど…この国にはこの橋よりもっと長い橋がいくつもあるよ」
「そうなの!? この橋よりおっきい橋がそんなにあるなんて…」
「まぁ日本は島国だからなー。小さな島々も沢山あるから、島と島を繋げるために、必然的に橋の数も多くなるんだ」
「なんかイクタ村には無いものばかりで面白いね♪」
「確かに言われてみれば、日本は色んな地形、気候に富んだ面白い国なのかもな」
スーナと雑談をしながら歩いていく内に、江ノ島に到着した。
「すごい人がいっぱいいる! お店も沢山ある! あ、あれはアイスクリーム! レン君、アイスクリーム食べたい!」
「ホラホラ、スーナ落ち着けって」
江ノ島のまだほんの入り口だというのに、スーナが珍しく煩悩丸出しではしゃぎまくっている。
イクタ村にいた頃は全然想像出来なかったけど、これが本来のスーナなのかもしれないな。
「レン君、ここのアイスクリーム、色んな種類があるよ! この紫の色のはなーに?」
「それは『紫芋』っていう芋の味がするヤツだよ」
「むらさきいもって…?」
「要はサツマイモの事だよ。前に食べた事あるけど、割りと美味しいよ」
「そうなの? じゃあ私、むらさきいもにする!」
「んじゃ、俺は抹茶にすっかな」
スーナは紫芋のソフトクリームを受けとると、ひと口食べた。
「甘くて美味しい~♪ なんだか優しい味だね! 私、これ好き♪」
どうやら気に入ってくれたみたいだ。
俺は抹茶味のソフトクリームを食べた。
実はソフトクリームで一番好きな味は抹茶だったりする。
「レン君は何を頼んだの?」
「俺? 抹茶だよ」
「抹茶美味しそう! ひと口貰っても良い?」
「良いけど…スーナ、抹茶知ってるのか」
「レン君のおばあちゃんに、茶道を教えて貰った時に、何度か飲ませてもらったんだ」
「あー、そういや言ってたな」
茶道の師範でもあるばあちゃんは、週一で茶道教室を開いており、そこにスーナも着物を着て、参加しているようだ。
「じゃあひと口、頂きまーす♪」
なんの躊躇いもなく、自分の食べかけのソフトクリームにかぶり付くと、幸せそうな顔で味わっていた。
「んー、こっちも美味しい~♪」
「だよな。やっぱりソフトクリームは抹茶だわ」
「じゃあお返しに、レン君も紫芋のソフトクリーム、ひと口どうぞ!」
「あー、いや俺は別に…」
「それだと不公平だよ! レン君もどうぞ♪」
「…あ、はい、じゃあ頂きます」
そういうと、スーナが持っている紫芋のソフトクリームをひと口かじった。
前にも食べた事あるけど、こっちも中々美味しいな。
「ね、美味しいでしょ?」
「うん、久々に食べたけど美味しいわ」
すると、お店の人が困った顔をしながらこちらへ話しかけてきた。
「あのー、すみません。仲睦まじそうにしてる所申し訳ないんだけど、あんまりお店の前でそれやられると、客が来にくくなっちゃうんで…」
「あ、す、すみません、すぐ離れます!」
我にかえった俺はスーナを連れて、そそくさとアイスクリーム屋の前を離れた。
「やべー、アイスクリームに夢中になり過ぎた…」
「ふふふ♪」
「ん? スーナ何笑ってんだ?」
「べ、別に何でもないよ!」
「そう? じゃあ店見ながら上ってくか」
途中、店に寄り道をしながら、江ノ島の頂上を目指して歩いて行った。
途中に買ったタコ煎餅がいたく気に入ったらしく、帰りにも買っていくと豪語していた。
坂道を上がっていくと、巨大な赤い門が見えてきた。
「おっきい門! これが神社の入口なの?」
「そ、この上に神社があるんだ」
「そうなんだ。イクタ村にある神社よりずっと大きいね! 村長さんが見たらビックリするかも」
「腰抜かすかもな。じゃあ行こっか。階段大丈夫?」
「大丈夫だよ! ありがとう♪」
長く急な階段を上がっていくと、江の島を代表する神社、「神社辺津宮」が見えてきた。
「わぁー、なんかカッコいいね!」
「言われてみれば、カッコいいのかもな。せっかくだから、お参りしてくか」
俺とスーナは参拝の列に並び、お参りを済ませた。
後は、スーナが是非やってみたいという事で、おみくじをひいだが、スーナは大吉で、俺は凶だった。
正直、ビリビリに破いてぶちまけたい気分だったが、間違いなくバチが当たりそうだったので、我慢した。
その後も途中途中の神社に立ち寄りつつ、上へ登っていき、やっと頂上に辿り着いた。
「いやー、やっと着いたー…。エスカレーター使った方が良かったかな…。スーナは大丈夫?」
「ちょっと疲れたけど、大丈夫だよ!」
「そっか、なら良かった」
「レン君、あそこはなぁに?」
「あれは植物園。色んな植物が中で育てられてて、自由に鑑賞できるんだ」
「植物園かぁ…面白そうだね♪」
「ただ、個人的には植物園は夜に来た方が好きだなー」
「それは、夜にここにもう一度来るっていう事?」
「そ、それは…どうかな…」
「あー、やっぱりそうなんだ!」
「す、すっごい恥ずかしい…」
「ふふふ、楽しみにしてるね♪」
「ははは、ありがとう…」
先の道程がいとも簡単に露呈してしまうハプニングがありつつも、頂上からの海の景色を楽しんだり、岩場の波打ち際を歩いてみたりと、江の島を満喫した。本当は岩屋の中も見てみようかとも思ったが、スーナが若干怖がっていたので、結局入らなかった。
だけど、スーナは初江の島を十分に楽しめたようだったので、まぁ良かったのかな。
「なんか…すごかったね! こんなに雄大な海が広がって、波が立って、磯の香りがして、人がいて…。後はカメモも気持ち良さそうに飛んでて…」
「カメモじゃない、カモメ」
「そう、カモメ。ここに来れたの、一生忘れないよ!」
「そっかそっか、良かった。でも、今日はまだまだ見る所がたくさんあるんだぜ」
「もう十分見所満載だったのに、まだまだあるの!? 恐るべし江の島…!」
「但し、江の島から移動するけどな」
「他の所に行くの?」
「それは行ってからのお楽しみ」
「ふふふ、じゃあ楽しみにしてる♪ 今度はバレないようにね!」
「う、うるさいよ」
江の島を降りていくと、道端に二匹の猫が日向ぼっこをしており、野生どこ置いてきたと言わんばかりのリラックスした表情を俺達に披露した。
「わー、猫だ! 可愛い♪ 全然逃げないね!」
「ここの猫は人に慣れているから、近づいてもあんまり逃げないんだよ」
「へぇー、なんだか気持ち良さそうだね♪ うちのミーちゃんとミミちゃんを連れてきたら、仲良くなれるかな?」
「あいつらまだ子供だから、ビビっちゃうかもな」
「ふふふ、確かにね。もうちょっとおっきくなったらお友達に慣れるかなー」
「どうだろうなー。まぁまずここまでどうやって連れてくるのかだけどな」
「あの子達、電車の中じゃ疲れちゃうかな?」
「…そうだな」
江の島の猫との、束の間の邂逅を経て、なんとか江島神社の入り口の門まで戻って来た。
現在、10時半近く。上へ登る時より、うんと人込みが増えていた。
「すっげー、人だな。やっぱり土曜日は混むわな。スーナ、大丈夫?」
「大丈…夫!」
そういうスーナだったが、既に人に押しやられ、決して大丈夫な状態では無かった。
「仕方ない…。ホラ、スーナ!」
このままだとスーナが人込みに飲み込まれそうだったので、スーナの手を掴み、転ばない程度に引き寄せた。目の前に若干スペースがあったので、そこに上手く入り込み、どうにかはぐれるのは回避できた。
「いやー、なんとかはぐれずに済んだな。スーナ、大丈夫だった?」
「う、うん、大丈夫!」
すると、何故かスーナは俺の手を若干強く握り返してきた。
「ちょちょ、スーナ、手ぇ握る力強い! そんなに強く握んなくても大丈夫だから!」
「あ、ごめんね! 痛かった?」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから」
「そ、そっか!」
スーナの手を引きながら歩き続け、やっとの思いで下まで戻ってきた。
「ふぅ…やっと下まで来た。よし、橋渡ってあっちに戻るよ」
二人で橋を渡り、元来た道を戻っていたが、何故かスーナはいつもまでも手を離そうとしなかった。
「あの…スーナ、もう手を離しても良いと思うんだど…」
「ま、まだ人が沢山いるし、はぐれちゃうといけないから!」
「そうかな? まぁ良いけど…」
人は多いは多かったが、別にはぐれる程ではなく、多少スーナの言葉には疑問があったが、無理に手を離す理由もなかったので、そのまま手を繋いだまま橋を渡り切り、地下道を抜け、お土産店通りを真っすぐ歩いて行った。
「この後、どこに行くの?」
「江ノ電に乗って、鎌倉に行くよ」
「かまくら…?」
「日本の古都、鎌倉。江の島以上に人多いから、ビックリするかもな」
「そうなんだ! …頑張る!」
「いや、戦いにいくんじゃないんだから、そんなに身構えなくていいから」
「えへへ、それもそうだね」
俺達は手を繋いでいる事も忘れ、鎌倉へ向かうべく、江ノ電の江の島駅を目指して歩いて行った。
天気は良好、湘南日和だ。




