学生時代の思い出は黒歴史
「お二人ともお疲れ様でしたー!」
「「「おつかれさまでしたー!」」」
イリーネたちの図面が設計し、王都に戻る日程が決まったのだ。
慰労と称しての女子会が今始まろうとしていた。
逃げ出すことができなかったアーニーの目は死んでいる。
せめて道連れを、と思ってドワーフ兄弟や四天王に声をかけようとするも、それさえも許されなかった。
何故か妙な連帯感が女性陣に生まれている。
「いやいや、僕のほうこそお世話になりました!」
「とても快適に姉のお手伝いをできました」
「ほんとにねー! ウリカちゃんとエルゼちゃんは気遣いバッチリだし! 魔法の飛距離検証はポーラさんがやってくれるし! 前衛の指揮判断はジャンヌさんがやってくれるし!」
「うちの工房の男どもじゃ絶対無理ですね」
「アーニーも測量がんばってくれたしね!」
「町のみなさんも非常に協力的でした。王都ですら、ドワーフ女が! と舌打ちされることがあるのに」
町の住人に対するマエストロの評価も、町の住人がマエストロに対する評価も、ともに最高だった。
「まあ、あれだ。イリーネ。ロジーネ。二人とも、本当にありがとう」
「ああ! 僕嬉しい! アーニーがデれた!」
「これは祝杯ですね。15年前は世の中すれた感じでしかみてなかったアーネストさんが……」
「茶化すなよ。本気で言っているんだぞ先生」
「私も、師匠泣かせの弟子が連絡くれて本当に嬉しかった。あんた突然失踪するんだから」
「みんな必死に探したよね。私もですがレクテナちゃんとか」
「レクテナちゃんそのうち来るんじゃないかなー?」
アーニーが固まった。
「まさか俺がここにいること、レクテナに言ったのか……?」
「言ってませんよ。アーネストさん。でもね、姉が仕事放り出して嬉々として準備しているところを見つかってしまい…… まあお察しです」
「昔の戦友に会いに行くって言っただけなのに! ここのことも言ってないからね!」
三人だけで会話が進んでいくが、不穏な名前に、女性陣たちの視線が絡み合う。
「レクテナさんという方はどんな方なのでしょう?」
エルゼが切り込む。
「うん。ダークエルフの付与術士でね。アーネスト君のモトカノ?」
「違う!」
「まあ、修羅場でしたもんねー」
「やはり修羅場の人!」
ウリカがデッドアイになっている。
「ダークエルフ…… 私今までに無い危機感です」
エルゼもデッドアイモードに入りつつある。二人は視線を絡ませる。
エルフは美形だが、人形や芸術品という評価を人間からされる場合も多い。対してダークエルフは極めて肉感的で、性的な魅力は高い。人間への魅力はダークエルフのほうが強いのだ。
「マスター。またやっちゃいましたか!」
「何もやってねーよ!」
アーニーが酒をちびちび飲み始めた。現実逃避モードになりつつある。
「モトカノ?」
「ほほう。学位園時代のモトカノねー…… あの先生だよね。私も教わったから」
「どんな方なんです?」
「落ち着いた、色っぽい先生でね。ものにエンチャントする付与術士の【達人】。褐色に白髪で凄い美人。胸も大きくて、男性生徒に人気だったわー……」
思い出してきたポーラの声がだんだん冷たくなっていくのがわかる。
アデプトは魔法のマエストロみたいなものだ。様々なものを魔法で創造し、付与し、尊敬される存在なのだ。
「とくに過剰付与が好きでね。私のこの杖も、教えてもらったものよ。何本杖を燃やしたことか……」
武器の威力をあげる過剰付与は、強化に耐えきれなく元となった品物が破壊されることもある。どんな高性能の武器も変わらず、過剰付与された武器は貴重だ。
一種のギャンブル、中毒者を生む行為とも言える。
「ある意味アーネスト君と似たもの同士だね! あの子は過剰付与狂いだったから」
「なんでレクテナがこの町に来るんだよ。ありえないだろ」
「ミスリルの剣作るのに、付与術士探しているって手紙に書いてたじゃん!」
「【達人】はないって。あいつの弟子で手空いてる連中が何人かいたろ」
「「「あいつ」」」
先生に対しあいつ呼ばわりで、一同思わず反芻してしまう
「いやー。マエストロ二人来る町ですし!」
「ですし?」
「マレックさん倒れるんじゃないかな」
ポーラが心配し始めたレベルだ。
「モトカノってどういうことですかねー? アーネスト様」
「ウリカ。誤解だから」
「誰と誰とで修羅場ってたんですか?」
「ロジーネ。誤解を解いてくれ……」
「アーネストさんは、たくさんの亜人を助けてそりゃもうモテモテで……」
「嘘付くな!」
「ロジーネとレクテナがとくに熾烈だったね!」
「『俺はアンコモンだからー!』って言いながら逃げ回ってましたね」
「なんとなくわかるわー……」
ポーラがうつろな目で呟いた。
「第一、冒険者組合で火力ねーわ、狩り火力ないわで無能扱いされてただろうが」
「通常狩りはそうだったねー。私たちもパーティ組むのも一苦労」
「そんな私たち姉妹やレクテナさんを、積極的にフォローしてくれたのがアーネストさんなのです」
「確かに通常狩り火力低かったよ。アーネスト君。でも迷宮探索罠は感知して外すわ、宝箱はさっさと開けるわ、森の中では地図書くわ、便利すぎたわ」
「他の人がひーこら狩りしてる間に私たち迷宮探索で荒稼ぎです。私鑑定できますし」
むしろロジーネはものの価値を付ける側になるだろう。
「学園だと、暇な時間、アーネスト君の取り合いだったよね。私ら亜人の教師陣で」
「修羅場でしたねー。アーネスト君アンコモンでしたけど、私たちがSR+でしたから。魂位の制限的に」
「ほら、修羅場って冒険的な意味でな!」
「異種族の恋愛的な面だと、『俺定命だから!』って逃げ回っていたんですよね」
「なんとなくわかります……」
エルゼがうつろな目で呟いた。
「そのレクテナさんに王女様がきそうな気配ね」
ジャンヌが不穏な爆弾を投下する。
「王女はさすがにないって。3歳の頃だぞ」
「王女よりお兄さんの王子がやばいよね、アーネスト君は!」
「「「王子」」」
全員イリーネを注視する。
「いやー、変な意味じゃないよ? 第三王子のセオドア君がアーネスト君の大ファンでね」
「セオドア様は、大変優秀な方ですね。身分を隠してたところをアーネストさんに色々教えてもらって、兄さんと呼ばれるぐらいすっかり懐かれて」
「見境無くフラグ立てやめましょうよ、マスター」
「迷宮籠もってたのって絶対ほとぼり冷めるの待ってた面もあるよね」
ジャンヌとポーラは呆れ顔。ウリカとエルゼは絶賛デッドアイだ。
「ところでレクテナさんのこともっと聞きたいんですが」
「話を戻すのやめよう、エルゼ」
「レクテナはね。ダークエルフだとやっぱり差別は根強くて。当時は新米教師で生徒からも嫌がらせ受けてたのよ。学院はやっぱり貴族の子弟も多くてね」
「レクテナもまだ若いですからね。きつかったと思います」
「嫌がらせで生徒に黒インクぶちまけられたところ、アーネスト君が身代わりになってね。『私は黒いから問題ない! アーネスト君早く体洗って』っていったの」
「そうしたらアーネストさん、『これでおそろいだな』って。嫌がらせした生徒追い出して、黒インクまみれのまま授業を受け続けたんです。あれは惚れますね」
ウリカとエルゼの視線がアーニーに集中する。
「アーネスト君が失踪してから一番発狂したの、間違いなくあの子とロジーネだから」
「か、変わってない……」
思い当たる節がたくさんあるポーラがジト目でアーニーを睨んだ。
「マスター……」
「書き置き残したぞ! ちゃんと。いきなり失踪したわけじゃない」
「半日で身辺整理して消えましたよね?」
「だから気を遣えって日々いってるじゃん!」
ジャンヌの抗議にアーニーは耳を塞いでいやいやした。
「レクテナとロジーネ、毎日泣きながら冒険者組合とか、人捜しであんた探してたんだからね」
白い目が集中していたたまれなくなるアーニー。
「私たちがここに来るとき、手紙の件もあって、アーネスト君のことは話さなかったんですよ。本当に。でも、レクテナは連れてってくれないなんて、恨んでやる呪ってやる、って恨み言を……」
「【達人】の呪いとかしゃれになんないからやめてほしいよね。でも即バレしてたよね? なんであんなに勘がいいのかしら」
「姉さん…… 姉さんが全ての仕事放り出して、戦友で弟分に会いに行くだけだから!っていったらアーネストさんぐらいしかいませんから」
「あんたのがバレバレだったじゃん! ロジーネが仕事放り出して会いに行く人間なんて一人しかいないでしょ!」
「でも【達人】はそう簡単にはこれませんよね」
「実際【巨匠】よりも難しいと思うよ。魔法にも関連することだから」
「それに私たちはウリカちゃんのこと、手紙で知っていたので。レクテナにはこわくてとてもとても……」
ロジーネが眼鏡を押さえながら言った。
「なんて書き置き残したの?」
ポーラが尋ねる。きっと非常識な内容に違いないと確信を込めて。
「『旅に出ます。探さないでください。今までありがとうございました』って三行」
「あれはちょっと……」
ドワーフ姉妹の視線が痛い。
ポーラの顔にも縦線が入り無言になる。
「全然変わってねー!」
ジャンヌが思わず叫んだ。
「ちゃんとあとで手紙だしたぞ」
「そこから10年以上音沙汰なしだったよねー? こぅの薄情者!」
イリーネもさすがに根に持っていたようだ。
「アンコモンだから思うところ色々あったんだよ。能力低かったのは事実だし」
アーニーが嘆息するように言う。
狩り火力も魔法火力も伸び悩んでいたアーニーは、実際恵まれていたとは言えない戦闘力だった。
「あの一芸特化? のキミの特技は凄いと思うけどなあ」
彼の【不具合】のことをいっているのだ。
「レクテナさんは追ってきそうなんですか?」
ウリカは恐る恐る聞く。
「五分五分ねー」
「だからさ。突然消えるとさ。納得できないのよ。わかった?」
思い当たる節があるポーラがいたたまれずお説教する。
「わかった。もうしない……」
「邪神の【使徒】、手に負えなかったらウリカ様拉致って消えるって言ってましたしね!」
ジャンヌが恨みがましく言ってくる。
「ほら! やっぱり変わってない!」
イリーネが指刺す。
「団体行動苦手なんだよ……」
「もう私がいたらいいですよね、アーニーさん」
「うん……」
「そこ、さりげなく二人だけの世界作らない!」
仲間に糾弾されているアーニーを見てドワーフ姉妹は声を立てて笑っている。
「ははは。あのアーニーが仲間できたっていいことよ」
「そうですね。おじいさまみたいになられたら困りますから」
「アーニーさんのおじいさん?」
ウリカが興味津々といった感じで食いついてきた。
彼の身内の話は初めてだ。
「そ。【森の隠者】」
イリーネがその名を告げた。




