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子守唄  作者: 虚無太郎
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子守唄⑤

 子守唄が聴こえてきた。まるで僕を寝かし付ける様に。しかし、ここに彼女は居ないのだ、僕は彼女の腕の中で眠らなければならないのに。

 「すぐに行かなきゃ」

僕は部屋を出ると靴も履かず家を出た。別にいい、僕はもう家に戻ることは無いのだから。今夜はぐっすりと眠れる、彼女の下で。

 

 彼女の家に着くといつもの様に明かりが付いていた。垣根から頭を出すと、女性が赤ん坊を抱きながら子守唄を歌っている。いつもの光景だ。しかし、僕の感情はいつもと違っていた。

「なぜ彼女のもとにいるのが僕じゃないんだ」

僕は嫉妬なのか恨みなのか分からない感情で赤ん坊を見ていた。今にも赤ん坊を殺しかねない様な激しい感情を必死に抑えながら。

 ふと、彼女と目が合った。彼女が僕に気付いたのだ。そして彼女は微笑みながら僕を手招きした。

「僕もそっちに行ってもいいんだね」

この幸せな光景に混ざる事を許された僕は、家の玄関へ向かった。

 

玄関は鍵が掛かっておらず、音も無く開いた。家の中は暖かい暖色の光に照らされており、ミルクと花のような香りに包まれていた。可愛らしい玄関マットを踏み奥へと入っていくと、とある部屋から彼女の子守唄が聴こえた。すりガラス越しに彼女の姿が見える。緊張しながらドアをゆっくり開けると、そこにはずっと憧れていた彼女がいた。

 彼女は僕を見るなり微笑みながら赤ん坊を差し出してきた。僕は赤ん坊を受け取ると、地面へと叩きつけた。そして、首を思い切り絞めた。赤ん坊は泣くことも暴れることもせず、眠るように息を止めた。彼女を見ると、微笑みながら僕を見下ろし、両手を広げ僕を受け入れようとしていた。僕は彼女の胸に飛び込むと、優しさに包まれなが目を閉じた。僕は一生彼女の下で眠るのだ、あの赤ん坊の代わりに。

 

 突然頬に強い衝撃が走ると、目の前に急にユウジが現れた。

「おい、目を覚ませ!」

もう一度頬に衝撃が走ると足を踏み外し、尻もちを付いてしまった。目の前に丸椅子が転がった。僕はあ然としながらユウジの方を見ると、天井から垂れる輪っかの付いたロープに気が付き、全てを察した。僕はもう少しで死ぬ所だったのだ。汗がドッと噴き出した。僕の目が覚めたことに気づいたユウジが手を差し出してくれた。僕はその手を掴むとユウジの力を借りながらゆっくり立ち上がった。

「大丈夫か?」

ユウジの問に僕はぎこちなく頷いた。

 

 部屋を見渡すと、あれだけ明るかった部屋は暗く、窓から差し込む月明かりによって見える所は荒れ果て、埃を被っていた。部屋の真ん中、小さなシャンデリア風の照明からロープがぶら下がっている。これは僕が結んだ物なのか、それとも元々ぶら下がっていた物なのか。

「おい、下を見てみろよ」

ユウジに言われ下を見てみると、ロープの下の周りだけ黒ずんでいた。

「もうここから出よう」

ユウジは複雑な顔をしていた。きっと僕も同じ様な顔をしていたのだろう。

二人は暗い廊下を手探りで進み、家を出た。外は月明かりで眩しかった。

 

 帰り道、二人は黙っていた。口を開くほどの元気が無かったのだ。

 家につくと二人はすぐに床に倒れ込んだ。少ししてユウジが話しだした。

「思い出したよ、あの家のこと。何十年も前に子供を殺されて自殺した人が居たんだよ。それ以来その家が自殺スポットになったんだって」

「それがあの女性ってこと?でも、何で他人まで自殺させようとしたんだ?」

「分からないけど、復讐心とかじゃないかな」

「そういえば、僕は幻覚の中であの赤ん坊を絞め殺した。もしかして、その僕を殺して復讐心を満たそうとしてたのか」

「そうやって何人もの人を自殺させてきたんだろう、永遠に復讐し続けるんだろうな」

「僕はまだ狙われてるのかな」

「分からない」

沈黙が続いた。ユウジは寝てしまったのかもしれない。カーテンの隙間が明るくなっている。朝になったのだろう。それを見て力が抜けたのか、僕も眠ってしまった。


 ミルクの匂いがした。目を開けるとそこにはあの女性がいた。僕の枕元に座り、僕を見下ろしている。毎晩見る光景だ。しかし、いつもと違うのは僕の意識がハッキリしている事だ。決して彼女に惑わされる事なく、ただそのまま彼女を認識していた。彼女はやたらと青白く、腕は今にも折れそうなほど細い。そして、艶の無い長い髪が顔を覆っている。僕はその異様な姿に怯え、声も出せなかった。

「………」

彼女は小声で何か言っている様だった。僕はその言葉を必死に聞き取ろうとした。次の瞬間

「…お前が殺したんだ!!」

女性が叫ぶと僕の上に馬乗りになり首を絞めて来た。彼女の乱れた髪の奥から、腫れ上がり血走った目が見えた。指が喉に食い込み息ができず、意識が薄れていった。最後に見たのは彼女のニヤついた笑顔だった。


 気が付くとユウジが見下ろしていた。

「よかったぁ」

目が覚めた僕をみて、崩れ落ちるように倒れてしまった。僕がキョトンとしていると、

「お前、やばかったぞ。目を見開いたまんま暴れてんだもん」

どうやら夢の影響でもがいていたらしく、ユウジが起こしてくれた様だった。

「ごめん、夢であの女に首を絞められてさ。」

「それ…ホントに夢なのか?首元見てみろよ」

スマホのインカメで自分を写すと、首に真っ青な手形が付いていた。


 その日を最後に彼女の夢を見ることは無くなった。しばらくの間は彼女に怯えながら暮らしていたが、いつの間にかすっかりどうでもよくなり、たまに思い出しても笑い話として消化出来るようになっていた。

「ようケータ、テスト勉強してきたか?」

「う〜ん、そこそこかな」

「ちゃんとお守りのオムツは履いてきたか」

ユウジが茶化す様に言った。

 あの日、気を失った僕は失禁していたのだが、オムツを履いていた事で難を逃れていたのだ。そんな、しょうもない事をクラスの友達と話しているうちに、話が飛躍しオムツのお陰で幽霊から逃れたと言う話になり、友達の間でオムツがお守りになるという迷信が生まれたのだった。

「ユウジも、テストが心配ならオムツをかしてあげるよ」

そう言ってオムツを投げてやると、ユウジはオムツを大事に抱え、祈り始めた。どうやら藁にもすがる思いらしい。


 僕はそんなくだらない学校生活に満足していた。何かに焦り、何かを満たそうと始めた真夜中の散歩もすっかり辞めてしまった。あんなに怖い思いをするなら平凡に暮らしていたいと言う思いも有りながら、普通なら経験出来ない事を経験してしまったという特別感に満たされ、劣等感が解消されたのだった。

 きっと大人になったら、今回の出来事は大切な思い出としてユウジと話しているのだろう。ふと、そんな事を思った。


 大人になる頃にはあの子守唄が聞こえなくなっているといいのだが。

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