第3章 怖いよ【3】
翌日。気持ちの良い快晴のもと、村の奥から木を伐採する小気味の良い音が響いている。開拓は順調のようだ。
アルクスとラプトールが畑の様子を見に行くと、民は明るい声で挨拶を口にした。アルクスがアルバート王太子に似ていることは慣れたようだ。子どもたちが手を振るのに応えながら、アルクスは畑を覗き込む。
「ふむ。この調子なら、民の健康は約束されたようなものだな」
「ルーメンの民は本当に働き者ですね」
「良いことだ」
良い国を作るためには、王たる器がある者はもちろんのこと、働き者の民が必要不可欠となる。民が怠け者の国は発展しない。王だけでも、民だけでも、国は成り立たないのだ。アルクスはそれをよく知っていた。
「王様、ラプトールさん。おはようございます」
穏やかな声に振り向くと、イヴが優しく微笑んで歩み寄って来る。
「おはよう、イヴ。元気そうだな」
「はい。お陰様で」
ルーメンの民の顔付きは明らかに血色が良くなった。アルクスが来たばかりの頃は、この世の終わりとでも言うような顔色をしていた。それがいま、すべての苦しみがなくなったかのように良い表情をしている。まだ痩せ細っていることは変わりないが、畑が豊かになればそれもすぐ解消されることだろう。
「元気そうで何よりだよ」
「……? それは……」
アルクスの言葉にイヴが首を傾げたとき、ホープが歩み寄って来た。しかしその顔色は暗く、ふらふらと覚束ない足取りだった。
「よお……」
「どうしたの、ホープ」イヴが首を傾げる。「そんなにふらふらで……」
「昨日の夜から体が痛いんだ」
「それはそうだろうな」
アルクスはあっけらかんと言う。ホープは怪訝な視線をアルクスに向けた。
「私は戦闘能力を引き上げたが、身体能力まで引き上げたわけではない。能力に体が付いていけていないのだよ」
アルクスはオーガ戦で五人の戦闘能力を引き上げた。しかし、身体能力の育ちきっていない彼らには、あの戦いは体力値の上限を超えた戦闘になっていたのだ。
「なるほどな……。どうせなら身体能力も引き上げてくれよ……」
「私は安全な範囲内でしか能力を引き上げない。身体能力まで引き上げては、体を壊すことになる」
「すでに壊してるんだが……」
「それくらいで情けない」
呆れて溜め息を落とすアルクスに、ホープは恨めしげにアルクスを睨み付ける。しかし、いまとなっては意味のないことだ。
「ごきげんよう……」
力のない声に振り向くと、同じようにウォーカーがふらふらと歩み寄って来る。彼もホープと同じように色の悪い顔に薄い笑みを浮かべていた。
「ウォーカー……お前もか……」
「あんたもなのね……。もう歩くだけで精一杯だわ……」
そんなふたりに、イヴは不思議そうな表情をしている。イヴも同じ戦闘をこなしたが、こうして平然としているのだ。そんなイヴに、ホープは力なく言う。
「なんでイヴは平気なんだ……?」
「イヴは癒しの魔法を開放したことで、自然治癒力が上がっている。ひと晩もあれば回復するだろうな」
「なるほどな……」
これはイヴの魔法がイヴ自身にも効果を発揮することの証明だった。その結果はアルクスを満足させる。イヴの能力がしっかり定着した証拠だからだ。
「おはようございまーす!」
ふらふらするふたりと対照的に、マークの明るい声が聞こえた。その表情は明るく、疲労は微塵も感じさせなかった。
「マークも平気そうだな」
アルクスの言葉に、マークはきょとんとしたあとホープとウォーカーに視線を向ける。ふたりは背中を丸め、不健康そうな表情をしていた。ホープが軽く肩をすくめる。
「マークは昔から体力馬鹿だからな」
「馬鹿⁉ ただの馬鹿なホープに言われたくないです!」
「お前ら……揃いも揃ってなんなんだよ……」
苦々しい表情になるホープに、ウォーカーが苦笑する。いつものホープであれば、きっと反論していただろう。
「お前たちといると、本当に退屈することがないな」
アルクスは明るく笑う。ホープとウォーカーにはそれに応える余裕はないようだった。
イヴとマークが困ったように笑う中、ハンターが顔を出す。イヴとマークと同じように、平然と歩み寄って来た。
「ホープとウォーカーはどうしたんだ?」
「昨日の戦闘で体ががたがたみたいですよ」
目を細めるマークに、ハンターは苦笑いを浮かべる。
「お前も平気そうだな」
「ハンターは狩人の家系ですから」と、マーク。「ある程度は体が丈夫なんだと思います」
「ほう。狩人の家系だから“ハンター”なのか?」
「いや……うちは上に男が三人いるので、親が面倒になったんだと思います」
「なるほどな」
子どもに名前を付けることがひと苦労になることもアルクスは知っている。ハンターにとっては不服だろうが、アルクスには親の気持ちもわかるような気がした。
「王様は子どもがいたことはあったんですか?」
マークの問いに、そうだな、とアルクスは顎に手を当てる。
「魔王の頃はいなかったな」
「魔王の頃はってことは」ウォーカーが言う。「魔王ではないときもあったの?」
「私も最初は人間だった。転生を繰り返していたら魔王になっていたのだよ」
「だから能力値が圧倒的なのね。転生は繰り返すごとに能力値を引き上げるもの」
転生は魂の再構築。肉体を離れた魂は霧散せず、再び形を成して新たな身体に宿る。その過程が魂を研磨し、能力値を格段に引き上げるのだ。アルクスは何度目の人生かも覚えていないが、それだけ何度も転生を繰り返してきた。そうして、厄災を招く魔王となったのだ。それがこんなに小さな人形になったのだから、転生というものはどうなるかわからない。
「人間だった頃があるのに人間味がないのは」と、ホープ。「魔王になったからなのか」
「人間味がないだと? 本当に人間味がなければ、お前たちはもうすでに手足がないぞ」
「怖いこと言うな」
「魔王だった頃の王様はどんな感じだったんですか?」
興味津々といった様子でマークがラプトールに問いかける。魔王エヴム・イモータリスのことを一番に知っていると言えば、ラプトールの他には居ないだろう。
「概ねこのままだけど、いまはだいぶお優しいほうだよ」
「これで……」
絶句するホープに、アルクスは軽く肩をすくめる。
「人間の体が脆いことは知っているからな」
「一般的に」と、ウォーカー。「魔族は人間より強いとされているものね」
「お前たちにもラプトールと同じ任務を課してやろうか?」
「怖いからやめてくれ」
「ラプトールさん、可哀想……」
ホープが呆れて溜め息を落とす傍ら、マークは悲しそうにラプトールを見つめた。ラプトールは困ったように笑うが、否定することはなかった。アルクスにとってそれは咎めるようなことではない。
「ラプトールは強かったからな」
「陛下に強くしていただいたんです。まさしく魔王でしたから……」
ラプトールの鬼気迫る表情に、五人は揃って苦笑いを浮かべる。アルクスの鍛錬については想像がつくことだろう。
「ラプトールと同じだけ訓練を積めば、お前たちももっと伸びるぞ」
「ついて行けない」ホープが言う。「いまでさえふらふらなんだ」
「これくらいで情けない」
「人間の体が脆いことは知ってるんだろ」
「まあいい。時間をかけて伸びていけばいいさ。お前たちはいずれ、この王国を掌握するのだからな」
その日は決して遠くない。アルクスにはすでにその未来が見えている。自分が頂点に立っていること、五人がそれに追随すること。アルクスにはその確信があった。
「いまさらだけど」ハンターが言う。「すごいことに首を突っ込んでしまったみたいだ」
「王国を掌握とか」と、マーク。「規模が多すぎて想像できないですね」
「この王様を野放しにしちゃいけないことがよくわかるな」
つくづくと言うホープに、他の四人も揃って頷く。アルクスが野放しにされようとしても、五人に王を止めることはできない。ラプトールですら不可能だからだ。とは言え、アルクスにそのつもりはない。ここが自分の国になるからだ。
「お前たちは幸運だ。ソル・フォルマ王国が滅んだあとも居場所があるのだからな」
「ですが、ソル・フォルマ王国の民を路頭に迷わせるおつもりはないのでしょう?」
穏やかに問うイヴに、アルクスは肩をすくめる。
「民に罪はない。私に従わないのであれば知らんがな」
「私たちはきっと好待遇よ」
イヴが振り向くと、ホープが少し悔しそうな表情で言った。
「わかってるよ。アルクス王の国の最初の民にしてもらったんだからな」
「村を救ってもらった上に」と、ウォーカー。「天災級の王の配下になれるなんて、光栄の極みだわ」
「お前たちは我が国の英雄となるだろうな」
彼らはアルクスの国の「始まりの五人」である。すべての民の頂点に立ち、アルクスの忠実なる僕となる。すべての民が彼らに敬意を示すこととなるだろう。
「こんな小さな村で育ったマークちゃんたちが英雄だなんて……」
「普通なら考えられないな」ハンターが言う。「そうなると、自分の能力が気になるけど……」
「マークちゃんもです。王様はもうわかってるんですか?」
「もちろんだとも」
「早く教えてください!」
「来る日の楽しみに取っておくといい」
「またそれですかー⁉ 気になるー!」
これから五人の能力値は際限なく伸びていく。アルクスには彼らに力を与えることを躊躇う必要も拒む理由もない。彼らはきっと、ソル・フォルマ王国「聖騎士星団」にすら負けない兵となるだろう。




