表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第七章 十三夜
128/128

遭遇、密談の陰

 誠一から渡された書類は、上層部への確認が必要となるものだ。しばらく見ていないいくつかの顔を思い浮かべ、またしても嘆息してしまう。……正直気が重い。

 のろのろと通路を歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見かけた。気に食わない奴だが挨拶くらいはしておくか。


「かな――」


 呼びかける声を途中で飲み込んだ。()が誰かと会話していることに気づいたからである。

 素早く距離を取り、そっと様子を窺う。一つに束ねられ、短い尻尾のようになった髪が見えた。その向こう側には、緩く編まれた黒髪も。どう見ても要と千秋だ。


「――」


 何を話しているかまではわからない。だが、戸惑ったような口調とやや荒れた語気だけは理解できた。何かで揉めているのか、わたしが間に入れる内容だろうか。

 ほんの数歩、接近する。どうやら要が怒っていて、千秋はそれに戸惑っている――ように見せかける演技かもしれないが――ようだ。


「当然のように身内を復讐に巻き込んで、それで満足ですか」


 もう少し近づこうとした足がぴたりと止まる。……千秋が「復讐」を企んでいることを裏付けるような発言だ。嫌な汗がじわりとにじむ。

 わたしの緊張をよそに、千秋は普段とほとんど変わらない様子で「今更そんなことを聞くんだ」と苦笑した。


「悲しいなぁ。これでも味方として信頼してたんだけど」

「俺は、あなたの味方をする気はありません」

「それはそうだね。君はずっと――あ」


 不自然に途切れた千秋の言葉。続く言葉を求めるようにじりじりと接近していくと、彼は「音島さん」と呟いた。気づかれたのか。内心で舌打ちを一つ。


「は?」


 困惑した様子の要に近づく。二人に見えるよう書類を掲げることも忘れない。


「幹部の確認が必要な書類、持ってきたんだけど」


 居合わせたのはあくまでも偶然だ、と主張する。そのおかげか、わたしは叱責を受けることなく仕事の話をすることに成功した。


「あぁ、〈十三夜〉関連の書類か。……ここは水沢の人たちに一任してる分野だね」

「……なるほど。確認後、以降の手順を命じさせます」


 手にしていた書類が要の手に渡る。これで用事は済んだ、と安堵していると、二方向から視線を感じた。


「何か言いたいことでもあるの?」


 すかさず聞いてやる。しかし二人は何かを言うことなく首を左右に振るだけ。それなら今の視線は何だったのだろう。気になるしどことなく不愉快だが、問い詰めたところでどうせろくな答えは返ってこない。諦めて肩をすくめるだけに留めた。


「……ならいいけど。もう戻っていい? それとも指示聞いてから戻らないと駄目?」

「少々お待ちを。奴の判断にはそう時間がかからないので」

「暫定とはいえ一家の当主のはずなんだけどね、その判断を下すの」


 入れられた茶々に反応を見せることなく、要はスタスタと歩き始める。わたしは慌てて千秋に会釈して、傲岸不遜な青年の後に続いた。


「自分勝手なのは変わらないんだ」

「あなたの歩幅が狭すぎるんですよ」


 一向に緩まる兆しのない速度に文句をつける。しかし要は冷たく切り捨てるなりさらに歩幅を大きくした。


「……当主の執務室は五階にあります。エレベーターで構いませんね?」

「聞くつもりないでしょ」


 問いかけられた時点でエレベーターの下ボタンは押されている。確認されても困るし、何ならわざわざ聞かないでほしいくらいだ。

 苛立ちながらもエレベーターを待つ。奴が沈黙を保ち続ける様子にも腹が立ってきて、喧嘩を売るように言葉を放った。


「あんたがわざわざ他人の指示に従う側を選ぶ意味がわからない。どう考えても自分に従わせたがる性格してるのに」


 水沢家当主の座をあっけなく手放して補佐に回ったことも、千波の部下であり続けたことも。この男の性質を考えると不可解だ。

 そんなわたしの――八つ当たりにも似た――問いかけに、しかし要はあっさり「誰かを支える方が性に合うので」と言い放った。出任せにも程がある。


「疑われているようですが、嘘ではありませんよ。信頼できる方を支えるのも案外悪くないものです」

「……じゃあ」


 ぽつり、小さな声をこぼす。表に出すつもりなんてかけらもなかったものだ。普段通り無視してくれればいいのに、そういうときに限ってこいつは「はい?」と聞き返してきた。


「どうして千秋の味方じゃない、なんて言ったの?」

「盗み聞きですか。……いや、あんな場所でやり合っていたのが間違いか」


 要は肩をすくめ、到着したエレベーターにすかさず乗り込む。わたしも続けて乗り込むと、ドアが静かに閉まっていき――かすかに空気が揺れる気配を感じた。


「……今、何か言った?」


 軽く壁にぶつかっただけかもしれないし、単なる気のせいかもしれない。切り捨てるのは簡単だったが、なぜかそう思えなかった。きっと今を逃せば、要の本心――一部とはいえ――を知ることはできない。そんな気がする。


 彼がわざわざ引いたであろう線を踏み越える緊張感に震える手を、握りしめることで誤魔化す。しかし、要はわたしの葛藤さえも素知らぬ顔で肯定を返してきた。


「俺があの方に力を貸すのは、そうしなければ守れないものがあるから。それだけのことです」


 弱々しく吐き出された言葉に息を呑むと、要はらしくもなくうつむく。情けない、そう続いた自嘲へ何かを返すことすらできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ