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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第七章 十三夜
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松葉誠一の記憶

 休日が明け、今日も〈九十九月〉へ向かう。結局わたしは〈月神祭〉に向けて何ができるのか、今もわかっていない。


「……役に立てるのかな」


 辺りに誰もいないことをいいことに言葉を吐き出す。当然答えが返ってくるはずもなく、ただ孤独感と不安感を増幅させただけで終わった。


 重苦しいため息をつきながら室内に入ると、人の姿はほとんど見えない。さすがに早すぎただろうか。

 ひとまず、と鞄をデスクへ置いたわたしに、誰かが近づいてくる。振り向くと、そこにいたのは誠一だった。


「音島さん、おはようございます」

「……おはよう」


 早いですね、と微笑む彼に曖昧な頷きを返す。

 先日棗と話していたことが消化不良のようになってしまい、あまり眠れていないのだ。ないとは思うが、そんな微妙な不調を見抜かれたくない。

 気づかれずに済んだのか、はたまた触れないことにしたのか。ともかく誠一はそれ以上世間話をすることなく仕事の話題を振ってきた。


「本日はこちらの書類を中心に処理していく予定です。音島さんにもこの後指示があると思いますよ」

「わかった。でも、それってわたしが処理できるような内容なの?」


 ここに所属して数日のわたしが持っている知識はそう多くないし、何かを決定できるほどの経験もない。他の仕事――たとえば力仕事とか――に回った方が役に立てるような気がする。思ったままを伝えると、誠一は苦笑を見せてきた。


「……実を言うと、新人さんに任せるにはやや複雑な内容なんです。それでもあなたにお願いする理由がありまして」

「何?」


 続きを促すと、彼の苦い笑みがさらにひきつる。それほど言いづらい「理由」があるのか。そこまで渋られるとむしろ気になってしまう。


「その……神薙神社での件、聞きました。あの『幽霊』を目撃した以上、神社自体との視察・交渉に向かわせるには危険すぎる、と雉羽さんが判断されたようで」


 たっぷりの間を置いて説明されたのは、この前のこと。わたしの様子があまりにも不自然だったことを訝しんだ小夜子が〈十三夜〉の面々に「幽霊」の話を聞いたらしい。他の目撃者たちが神社に行きたがらないことも加味され、わたしは視察・交渉役から外された、ようだ。


「別に、仕事なら文句言わずにやるけど」


 ついそう口を挟んでしまう。仕事にケチをつけて働こうとしない人間だと思われるのは癪だったのだ。

 わたしの言葉に、誠一は慌てたように手を振りながら「違うんですよ」と弁明を始めた。


「音島さんの仕事ぶりがどうこう、という話ではなく……。その『幽霊』が『自分を認識している人と交流したい』などと主張していて、あれこれちょっかいをかけてくるんです。大雑把に言えば仕事の邪魔になるので、見える人は神社に向かわせないというのが慣例になっていて」

「そうなんだ、詳しいね」


 何の気なしに相槌を打つ。すると誠一の表情が再び曇った。……何か言及してはいけないことに触れてしまったのだろうか。一抹の不安を抱え、おずおずと彼の名前を呼んだ。


「……あ、あぁ、すみません。過去のことを思い出してしまって」

「それってわたしが聞いてもいいこと?」


 誠一が小さく頷く。わたしは重苦しい打ち明け話が来ることを覚悟した。


「実は、あの『幽霊』を目撃したことがありまして。そのとき、彼は『飯田(いいだ)(まこと)』と名乗っていました」

「ちゃんと名前あるんだ」


 思わず口を挟んでしまう。しかし誠一はそれに反応を示さないまま話を続けた。


「その名前は、とある友人のものでした。すでにこの世にはいませんが」

「……は」


 想像もしていなかった言葉に掠れた息が漏れる。


 神薙神社の「幽霊」が、すでに亡くなっている誠一の旧友と同じ名前を名乗った。それが何を意味するのか。考えられる可能性は複数あるものの、どの道をたどっても結論は厄介なことになりそうだ。

 恐らく心に傷を残したであろう誠一を心配する気持ちは当然ある。しかし、今のわたしが真っ先に表出させたのは警戒心だった。


「音島さんが警戒するのもわかりますよ。もし人の記憶が読み取れるなら、これほど厄介な相手はいないでしょう」


 視覚強化持ち以外の異能者には認識すらできないようですし。そんなことを言いながら誠一が肩をすくめる。


「知っている友人とは似ても似つかない見た目をしていたので、もし記憶を読み取れたとしても完全ではないのでしょう。少なくとも、私はそう考えています」


 わたしの心配とは裏腹に、誠一はどこかすっきりした様子で微笑んだ。よく言われる「話せば楽になる」とかいうやつだろうか。


「納得できるような結論が出たならよかった。わたしのために辛いこと言わせてごめんね」


 誠一は、神社での出来事を引きずるわたしを励ますためにこの話をしたのだと思う。不安は警戒に名前を変えたものの、アレを目にした仲間が実際にいることはわたしの心を確実に軽くさせた。


「少しでも心穏やかになれたなら幸いです。……では、仕事の話に戻らせていただきますね」


 普段と変わらない笑顔を浮かべた誠一が書類を手渡してくる。細かな文字がずらりと並ぶそれに、気づけば重いため息をついていた。

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