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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第七章 十三夜
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幽霊、正体と論文

 神薙神社での恐怖を詩音に話した翌日。わたしは棗と会うための準備を進めていた。

 今日は休日だが、棗は嫌がるそぶりを見せず――少なくとも文面上は――会うことに同意してくれたのだ。遅刻は許されない。芸術的な寝癖と格闘を続ける。


「……もうこんな時間」


 ひとまず許容できる範囲の跳ね具合に押し留め、鞄を引っ掴んで外へ飛び出す。真冬の寒さと称された空気に身震いした。

 待ち合わせ場所は隠れ家のようなレストラン。詩音に聞いた話では、よく〈九十九月〉の密談場所に選ばれている店だそうだ。


「時間通りだな。……いつにも増して髪が跳ねてるみたいだが」

「これでもマシになった方」


 普段通り眠そうな目をした棗と合流し、店内に入った。

 軽食の注文――棗には「お前のそれは軽食じゃない」と呆れられたが――を済ませ、水を一口。ふっと息をつき、口を開く。


「聞きたいことがあるんだけど」

「それはそうだろ。お前が休日に何の用事もない人間を呼び出すとは思ってない」


 茶々を入れられながらも、わたしが体験したことと「神薙神社の幽霊」のことを話す。すると、棗は小さく唸りながら腕を組んだ。


「……俺は神薙神社の調査に参加しなかったが、どんなことがあったかは聞いている。それと合わせての推測だが聞くか?」

「もちろん」


 即答し、棗が口を開くのを待つ。彼はなぜかスマホの操作を始め、とあるサイトをこちらに見せてきた。


「何これ」

「異能に関する論文の概要が見られるサイトだ。お前も開け」


 わたしは指示されるままスマホを取り出し、とある文字列を押す。やけに難しく記されているそれは、論文のタイトルらしい。


「異能エネルギーの観測……?」


 声を漏らしながらスクロールすると、モノクロの写真が数枚掲載されていた。資料として添えられているようだ。


「異能エネルギーは、誰かに『目撃される(観られる)』ことで存在が確定する。この辺りは哲学なんかとも繋がってくる考え方だが、ともかくこの説がお前の話にも関わってくるんじゃないか?」

「はい先生、全然わかりません」


 挙手して宣言する。棗は呆れたようなため息をつきつつ「予想はしてた」と言葉を吐き出した。失礼な奴だ。


「とにかく、お前が見た『幽霊』って奴の正体が異能エネルギーの集合体なんじゃないか、って話だ」

「……なんか非現実的な話だけど」

「幽霊も十分非現実的だろ。そんなに気になるなら、その神薙尊とかいう巫女に話を聞いてみればいい」

「わたしがそんな大きな神社の人に話を取り付けられると思う?」


 思わず聞き返す。すると棗は「思わない」と即答してきた。……本当に失礼な奴だ。

 不満が表情に出ていたのか、棗が「怒るな」などと無茶を言ってくる。それからスマホをしまい、提供された状態のまま放置されていた料理に手をつけた。


「とりあえず食え。ここの料理は冷めても美味いから」

「……そんなに食欲ない」

「どうせ一口食ったら食欲出るだろ」


 ぐるぐると渦巻く思考で胃もたれを起こしている気がする。注文した食事を無駄にするわけにもいかず、わたしはのろのろとフォークを持つ。キャベツサラダに突き刺し、もそもそと咀嚼した。

 普段の半分ほどの速度ながらも食事を進めるわたしに、棗も同じくらいのスピードで食べ進める。一通り食べ終えたところで、彼は再び「幽霊」の話を持ち出してきた。


「お前と一緒にいたのは〈十三夜〉の雉羽さんなんだよな?」

「そう、小夜子と一緒にいた。……それが何か関係あるの?」


 水を飲む手を止めて聞き返すと、棗が大きく頷く。


「ある。これまでに『幽霊』を見たって主張したのは、異能を持ってない奴か視覚強化の異能持ちだけだからな」

「……じゃあ、小夜子は視覚強化持ちじゃないから見えてなかった……?」


 おずおずと答える。あまりに不安そうなわたしが面白かったのか、棗はふっと笑みをこぼした。


「やらかした犬みたいになってるな。まぁお前の推測は正しいと思うぞ」

「……小夜子に見えてなかった理由はわかったけど。じゃあ『幽霊』が見える理由って何?」


 棗の言う通り「幽霊」の正体が異能エネルギーだとすれば、視覚強化持ちが目撃できたのは納得できるような気もする。だが、それならどうして異能を持たない人も目撃しているのだろう。

 わたしの疑問に、棗は水を口に含んでから答えた。


「推測に推測を重ねる話になるがいいか?」


 無言で頷く。すると、棗の手が彼自身の胸元辺りに当てられた。


「異能者には、体内に異能エネルギーを受容する器官がある……という説がある。俺のような人間にはその器官がないから異能を扱えない、と言いたいらしいがな」


 もう片方の手でストローが入っていた紙製の袋を丸め、棗が淡々と言葉を紡ぐ。


「ここからが本題だ。異能を持たない人間は、強い異能エネルギーを『違和感』として視認することがある。一連の幽霊騒ぎもこの説に基づけば全部説明できるだろ」

「確かに……」


 ぼんやりと頷いた。棗の言う通りなら、全てつじつまが合うのだろう。……でも、それなら。


「……異能エネルギーがヒトの姿に見えるなら、わたしたち人間との違いって何なんだろう」


 ふっと浮かんだ、不安にも似た疑問を口にする。普段はきっぱりと意見を述べる棗だが、この問いには何も答えなかった。

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