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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第七章 十三夜
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相談、隣人の慈愛

 あれよあれよと寮に帰され、ぼんやりと部屋の天井を見つめること数時間。控えめなノック音が聞こえ、わたしは来客の顔を見るため起き上がった。


「……詩音?」


 来客――詩音は、わたしの声を聞くなり「元気そうだね」と微笑む。小夜子から何かを聞いて訪ねてきてくれたのだろうか。


「別に体調が悪いわけじゃないし。……もしかして心配してくれた?」

「そりゃあね。調子悪そうなところ見たことない人の様子が変だって聞いたら気になるでしょ」


 差し入れ、とコンビニの袋を手渡される。中身はスポーツドリンクやおにぎりなどの軽食類だ。ありがたく受け取ることにした。


「食べていい?」

「もちろん。食べながらでいいから、何があったか教えてくれると助かるな」


 詩音を部屋に招き入れ、ガサゴソと袋の中を漁る。おにぎりのフィルムを剥きながら、どこまで事情を知っているのかを聞いた。しかし彼女は首を左右に振る。


「特に何も聞いてないよ。神薙神社に行って、帰り際に様子がおかしくなったってことくらい」

「まぁ、小夜子から見たら起きたこと全部話した感じなのかな」

「どういうこと……?」


 困惑したように眉を寄せる詩音に、わたしは神社で目にしたものを話した。巫女だという人物の「友人」を名乗り、他の人には認識されていないであろう存在のことを。


「わたしには声が聞こえたのに、小夜子は『誰もいない』って言ってて。しかも巫女の人も気づいてなさそうだったから……」

「混乱しちゃった?」

「……うん」


 小さく頷くと、詩音が突然わたしの頭を撫でてきた。大変だったね、なんて言いながら。


「私にはそういう経験ないけど、きっと怖かったし不安だったよね。教えてくれてありがとう」

「わたしが嘘ついてるとは思わないの?」


 恐る恐る問いかける。詩音は頭を撫でる手を止めないまま「思わないよ」と即答した。


「音島さんがそこまで顔色悪いの、初めて見たもん」

「え。……そんなに?」

「うん、そんなに」


 おどけたような軽い口調で言いながらも、わたしの頭にあてがわれた手の動きはひどく優しい。千波の班にいた頃から、詩音は自身を「姉のようなもの」だと言っていた。ふとそんなことを思い出す。もしわたしに姉がいたとしたら、詩音のような存在なのだろうか。

 部屋を沈黙が満たす。だが、その沈黙は一人きりでいたときのような冷たいものではない。静かだが穏やかで居心地のいい空間に、つい瞼が重くなった。


「眠いなら寝てもいいよ。帰ってほしいなら帰るし、不安ならここにいるから」

「……ううん」


 心配そうな詩音に返事をし、顔を上げる。今にもくっつきそうな瞼をこじ開け、もう少し話がしたい、と切り出した。

 わたしが目撃したあの少年らしき何か。アレに繋がりそうな情報を少しでも見つけておきたい。


「ねぇ詩音、神薙神社ってどういう場所なの?」


 そう問いかけると、詩音は腕を組んで難しそうな顔をした。


「観月で有名な神社ってだけで、特に妙な噂を聞いたことはないけど」

「そこの巫女って人の噂は?」

「それも別、に……」


 言葉の途中で、詩音が何かに気づいたように目を見開く。当然見過ごすはずもなく、わたしは「どうしたの?」と尋ねた。


「他の人から伝え聞いた話だから、本当にその人のことかはわからないんだけど。神薙神社には『幽霊が見える』人がいるって」

「ゆう、れい……」


 非科学的な単語をオウム返しにしながら、目撃した姿を思い返す。仮にアレが幽霊なら、どうしてわたしには見えるのだろう。


「まぁ、非科学的な事象に異能が関わってることはよくあることだし。〈九十九月〉の人間としては、まずそこを疑わないとね」

「つまり、その『幽霊が見える』人は異能者ってこと?」


 結論を急かすわたしに、詩音は「断言はできないよ」と苦笑する。それはそうか、とやや速くなった呼吸を落ち着けた。


「その人自身が異能者の可能性もあるし、異能によって操られていた物体を目撃しただけって可能性もある。もちろん、この噂話が真っ赤な嘘だって可能性もね」

「……」


 やはり、信憑性の薄い噂話では手がかりにならないのか。落胆するわたしを慰めるためなのか、詩音が再び頭を撫でてくる。


「水を差すようなこと言ったけど、多分作り話ではないと思うんだ」

「……どうして?」

「実は、少し前に神薙神社の調査があったんだよね。私は参加しなかったんだけど、調査に行った人がその噂について話してたから」


 それだけでは「作り話ではない」根拠にならないのでは。訝しむわたしに構わず、詩音が続ける。


「確か〈三日月〉の人が、異能によって生まれた『幽霊』のことを調べ回ってるはず。名前まではわからないけど、ちゃんと『仕事』として請け負ってるって話だよ」

「そんな話、聞いたことないけど」


 口ではそんなことをいいつつ、わたしはスマホに手を伸ばす。手がかりが〈三日月〉で見つかる可能性があるのなら、これまで関わってきた人たちに話を聞いてみたい。メッセージアプリに並ぶ名前の一覧から「萩原棗」の文字を選んだ。

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