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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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榛正人の選択

 真砂との対話でも明確な情報は出てこない。だが、新たな考察が得られたのは収穫だろう。上へと向かうエレベーターを待ちながら、わたしは腕を組んで思案する。……やはり〈五家〉と対面しなければ。

 ポーン。気づけば、わたしはエレベーターから降りていた。無意識のうちに九階まで戻ってきていたらしい。帰巣本能とも違うが、我ながら自然と動けていて笑ってしまう。


「戻ってきたな」


 口元を緩めながら入った〈新月〉の部屋。そこでは仁王立ちした武文が待ち構えていた。そんな態度を取られる心当たりもなく、わたしは首をひねる。


「帰りを待たれるようなことしてなかったはずなんだけど」

「状況が変わったんだよ。榛の兄君がお前を探してたからな」

「榛の兄……ってことは、正人? 何の用だろう」


 わたしの方から話しておきたいことはあるが、逆は全く心当たりがない。武文も事情は知らないようだ。

 報告は後でいい、と武文に追い出され、わたしは再びエレベーターへ向かう。呼び出されたのは十三階の役員室……の隣部屋。殺風景だったことしか印象に残っていない部屋だ。


「……音島律月、到着しました」


 誰がいるかもわからない扉の前に立ち、到着を告げる。中へ入るよう促され、恐る恐る押し開けた。


「待ってましたよ、音島さん」


 室内にいたのは正人一人だけ。彼は椅子に座ったままひらひらと手を振ってきた。一応振り返しておく。

 促されるまま向かい側の椅子に座る。数秒黙り込んだ後、正人は「さて」と切り出してきた。


「さっそくだけど話をしましょうか。音島さんは新田家の企みについてもう知っていると思いますが、詳細を説明してもらえませんか?」

「いいけど……正人も新田の話は知ってたんだね」


 そんなことを言いながら、わたしは脳内で情報を整理する。何をどう説明すればわかりやすくなるだろうか。

 内心うなりながらも、どうにか「新田家の長男が〈五家〉乗っ取りを企んでいる」ことと「実行するなら〈月神祭〉か、異能排斥論によって異能者が害されかけたタイミングだと予想している」ことを伝えた。正人は表情を変えず「なるほど」と頷く。


「大体は僕たちが知っている内容と一致してますね。情報は以上ですか?」

「わたしが知ってるのはそれくらい。そもそもわたしの情報っていうのも他の人から聞いただけだし」


 素直に答えると、正人も重ねて問いかけてくることはなかった。……それにしても、わたしの情報源を尋ねようとしないのが不思議だ。〈新月〉の面々から得たと判断されているのか、情報源についてもすでに知っているのか。わたしには知る由もないが。

 正人はしばらく――秒針が二周したのは確認した――黙って考え込んでいた。そろそろ秒針を見るのも飽きたな、と思った瞬間、唐突に口を開く。


「榛家……正確には〈五家〉の方針としては、新田を泳がせることになっています。明確な証拠がないのはもちろんですが、現状の新田派に揺さぶりを入れれば〈九十九月〉自体が危うくなるので」

「……組織の根幹、ってこと?」

「はい。ですが、傍観に徹するわけでもありません。明日の幹部会で、僕が榛の正式な後継者だと宣言します」


 それに何の意味があるのだろう。疑問が顔に出ていたのか、正人がすかさず補足してきた。彼が後継者と名乗ることで、正輝にその権利がないことを知らしめる――要するに後継者争いが回避できる、らしい。


「新田家はよく正輝と接触していたようです。確かに正輝が当主になれば、術者が〈五家〉へ介入しづらくなりますからね」

「組織的な事情はわからないから一回置いておくけど、正輝本人はちゃんと納得してるんだよね?」

「もちろん。むしろ正輝本人から『当主になってくれ』って頼まれたんですよ、僕」

「ならよかった」


 安堵するポーズを見せながら、頭の片隅で正輝と会えそうな場所を探す。正人が嘘をついている可能性もまだ否定できないから。


「とはいえ、僕たち榛家が大きく動くのは明日くらいです。それ以降は様子を見ながら、他の〈五家〉に情報を提供するくらいでしょうね」


 思考を巡らせている最中、正人から予想だにしない発言が飛び出す。てっきり榛家が中心になると思っていたわたしは、目を瞬かせながら「そうなの?」と返した。


「新田派の対抗勢力に動いてもらう予定です。特に行村派は雉羽家から声をかけられるので指示しやすいんですよ」

「榛が派手に動くと新田が警戒するから?」

「ご明察」


 正人がわざとらしい拍手を送ってくる。真面目に会話していたことを少し後悔した。どうして〈五家〉には癇に障る動きをする奴が多いのだろう。

 内心イラついていると、正人は「……僕はね」と真剣な口調で切り出した。先ほどのふざけた態度とは違うそれに、わたしも居住まいを正す。


「異能至上主義を根絶したい。異能排斥主義と戦うって主張する連中の多くは異能至上主義者だ。今回の件も、そんな思想で引き起こされている」

「……」


 わたしには何も言えない。黙って続く言葉を待つ。


「異能者だって人間だ。神でも操り人形でもない、意志を持つ存在だ――僕はそう証明してみせる」


 きっぱりと言い切る少年に、いつかの玲の姿が重なった。それは家を継ぐ者の決断であり、覚悟なのかもしれない。

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