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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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桐嶋幸花の提案

 紗栄から一通り話を聞き終えて、わたしは〈九十九月〉への道を歩く。新しく手に入れた情報――〈月神祭〉の儀式で引き起こされるかもしれない事件――を誰に共有するかを考えながら。

 順当に考えれば榛家の面々――正人に正輝、それと月子――に伝えるべきだとは思うが、こちらから接触する手段がない。どうしたものか。


「おーい律月、どこ行くんだ?」


 突如声をかけられた。我に返って声の方向を見ると、幸花が〈九十九月〉のビル前で手を振っているではないか。どうやらわたしは、気づかないうちに目的地を通り過ぎかけていたらしい。


「幸花だ。昨日も会ったはずなのに、なんか久しぶりに会った気がする」

「気持ちはわからんでもないけどな。今日は荷物を引き取りに来たんだ」


 ひらひらと片手を振る幸花は、ここにいる理由を説明してくれる。彼女は本当に〈九十九月〉を辞めたのだ、と思い知らされてしまう。

 あんなに突然の指示で、幸花に不満はないのだろうか。もやもやする気持ちを抱えていると、彼女は「どうした?」と首を傾げた。


「なんか元気ないな。アタシがいなくて寂しかったか?」

「それもあるけど」


 素直じゃないか、幸花が目を丸くする。しかしすぐさま元の表情に戻り「考え事か」と問われた。


「うん。……どうにかして〈五家〉の人に伝えたいことがあってさ」


 詳細は伏せつつ説明すると、幸花は納得したように頷く。それは厄介だな、と笑みを含んだ言葉が返ってきて、他人事とはいえ他に言うことはなかったのか、とため息をついてしまう。


「アタシに言えることはないが、この前会った奴……真砂の当主様に相談してみるのはどうだ?」


 吐き出したため息を覆うように、幸花が提案してくる。わたしは眉を寄せた。

 実際のところ、幸花の提案は的を射ているのだろう。新田派が問題を起こそうとしている現状で、他の派閥を頼ることは間違いではない。だが、わたしにはその提案を素直に受け入れづらい理由があった。


「……でも、あの人って〈新月〉の人ではないんでしょ? 前に〈弓張月〉で会ったことあるんだけど」


 他にも個人的な理由はあるが、最大の理由はここだ。いくら〈新月〉における派閥のトップとはいえ、安易に情報を流していいものだろうか?

 首をひねっていると、正面の表情が和らぐ。何かに安堵したようなその様子に、わたしは首を反対側に傾けた。


「何その顔」

「お前が目先の提案に飛びつく人間じゃなくて安心してるんだよ。……確かに、真砂の当主様は〈弓張月〉で働いてる。だが本来の籍は〈新月〉にあって、そこから出向いてるっていうのが正確だな」


 だから心配いらない。幸花はそう言葉を締めくくる。初耳の情報を記憶しながら、改めて考え直す。もしかしたら、真砂は新田派に気づかれないよう〈五家〉と接触する方法を知っているかもしれない。……それなら。


「情報が漏れるのを心配しなくていいなら、一応話してみる。ありがとう」

「礼を言われるようなことでもないがな」


 幸花が肩をすくめて笑う。考えがまとまったわたしは、もう少し彼女と会話することを選んだ。


「……にしても、幸花はその当主と仲悪そうだったけど。もしかしてそうでもない?」

「別にアタシは嫌ってるわけじゃないぞ。一応派閥が違うってこともあって、ああいうポーズを取った方が変な疑いを生まないんだ」

「なるほど」


 こくりと頷く。なるほど、得心がいった。派閥争いの面倒さは術者協会でのあれこれで理解している。あんな面倒事を避けられるなら、少し演技をしてでも避けたいと思うだろう。

 二人の不仲が演出されたものなのを裏付けるように、幸花が自身のスマホを差し出してくる。そこには、二人がどこかの飲食店で食事しているツーショットがあった。〈九十九月〉の食堂ではないから、休日に会って食事していたのだろう。


「本当だ。……仲が悪いわけじゃないというか、想像以上に二人が仲良くてびっくりしてる」


 ピースなんてするのか、真砂という女。しかも真顔で。もっと違う表情をしてもいいだろうに。


「ははっ、あいつは意外といい奴だよ。さっきもアタシのこと心配してくれたし」

「さっき……あぁ、荷物取りに来たって言ってたか。身軽そうだから忘れてた」


 引き止めてごめん、と謝罪する。幸花は「気にすんな」と笑った。


「……ま、そろそろ解散するか。律月もやることあるわけだしな」

「……うん。幸花、いろいろ教えてくれてありがとう。派閥とかのこともだけど、わたしがこうして動けるのは幸花のおかげでもあるんだ」


 これからの彼女がどこへ行き、何をするのかはわからない。もしかしたら今生の別れかもしれない、と思うと、感謝の言葉が溢れた。幸花本人には「湿っぽくなるからやめてくれ」と言われてしまったが。


「アタシはアルブールに行くつもりだから、旅行するときは連絡してくれよ。案内するさ」

「わかった。そのときは美味しいご飯とか美味しいおやつとか、いろいろ聞くから」

「食べ物のことばっかだな」


 けらけら、くすくす。笑い合ったわたしたちは、それぞれが進むと決めた道を歩き始めた。

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