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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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転換、共同戦線

 武文に呼び出され、わたしは小走りで九階に向かう。大したことない話ならいいのだが、どうにも違和感が拭えない。


「で、用件は?」

「話が早ぇな。話ってのは〈三日月〉の護衛についてのことだ」


 不機嫌そうなため息をつき、武文は刺々しい口調で説明を始めた。どうやら〈新月〉の上層部――正面の男は「新田の傲慢野郎」と吐き捨てていた――が新たな命令を出したらしい。わたしたちに下されていた護衛指示が撤回されたようだ。その結果、今回の護衛が終われば〈九十九月〉を辞める、と言っていた幸花は無事退職。めでたしめでたし……で済むと思っているのか、その「傲慢野郎」とやらは。


「馬鹿にされてる?」


 思わず眉を寄せ、低い声で問う。武文に当たったところでどうしようもないのはわかっているが、文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。

 案の定、武文は「俺に言うな」と睨んできた。この命令を不快に思っているのはわたしだけではないようだ。


「とにかく、もう〈三日月〉に向かう必要はねぇ。今日は……そうだな、悪いが俺の手伝いでもしてくれ」

「……わかった。あんたに文句言っても意味ないし」


 出された指示に頷き、その「手伝い」とやらの内容を尋ねる。すると彼は立ち上がり、どこかから大量の書類を運んできた。


「……これは?」

「転属希望書。これにあれこれケチつけて却下するのが今日の仕事だ」

「ケチって……」


 つい聞き返すと、武文は真面目な顔のまま「ケチつけるぞ」と断言する。ちらりと見えた一枚目には、それなりに長い文章が書き連ねられていた。


「ちゃんとしてそうだけど」

「文章だけはな」


 武文が重々しくため息をつく。そして書類の山から紙を一枚取り、赤いペンで何かを書き込み始めた。


「希望を出してくる連中はほぼ給料しか見てねぇ。金目当ての奴に命を預けられるわけねぇだろ」

「だから却下するってこと?」


 返ってきたのは無言の肯定。さらに「どうしても〈新月(ここ)〉に来たい奴はそれ相応の能力を持つために努力してるし、そもそもこっちから声かけるしな」と続けられる。


「文章の矛盾を見つけるとかじゃなくてもいい。異能の使い方が下手とか、そういうのが確認できたらそれも理由にできる。お前はそういうのやってたことあるだろ?」

「誰かにケチつけたことはないけど。……まぁ、異能のデータの見方とかは知ってる。叩き込まれたから」


 まさか(おに)の指導がこんなところでも役に立つとは。妙なことに感動しながら、支給された端末で異能が記録されたアプリを開いた。


「こっちは直近で異能の暴走歴がある、こっちは異能制御に難がある……」


 ピッ、ピッとペンを走らせ、次々に書類を処理する。視線を正面へ移すと、武文が処理済みの書類をまとめて運んでいくところだった。


「終わったやつはこっちに運んできてくれ」

「あんた、人使い荒いってよく言われてるでしょ」


 つい文句をこぼしてしまうが、逆らうことはせず紙束を持ち上げる。ここに置け、と指示された通りに書類を積み上げ、ふぅ、と息をつく。


「……で、あんたがわざわざわたしに補佐役を任せたってことは、他にも言いたいことがあるんじゃないの?」


 じっと武文を見据える。別に確証があったわけではない。だが〈新月〉の仕事内容を考えると、誰かの書いたものにケチをつけるなんてことに人員を割く余裕はないはずなのだ。だから、カマをかけた。

 すると、武文は「気づいてたのか」と肩をすくめる。予想が当たっていたことへの感情は特にないが、この男が何を言い出すのかは気になるし、場合によってはどうにか対処しなければならない。わたしは警戒しながら続く言葉を待った。


「音島、お前は〈五家〉の事情をそれなりに把握しているだろ。……だから情報を共有したかったんだ」

「情報?」


 武文は「俺は雉羽の護衛だから詳しいことは知らされてねぇが」と前置きして、再び口を開く。


「さっきの話にも出た『新田の傲慢野郎』が、榛の当主をすげ替えようとしてるらしい」

「は……?」


 呆然と声を漏らす。


 あまりにも信じたくないが、そいつは護衛対象を害そうとしているのか。しかも「当主のすげ替え」が行われれば、あの兄弟――正人と正輝やその周囲の人々にも影響が出てしまうだろう。脳裏に瑠璃の顔がよぎる。下手したら術者協会をも巻き込むかもしれない大事件だ。

 絶対に阻止しなければならない。きっと武文もそう思ってわたしに情報を渡してきたのだろう。


「実は昨日の夜、行村派(俺たち)の中で対抗策がいくつか出た。どの策も、音島みたいな『それなりに事情を知ってる外部の奴』の協力が必要だ」

「ふーん」


 自分で発しておきながら、あまりにも無関心そうな声だ。案の定、武文の表情が若干曇る。


「ごめん、わたしが役に立てるかな、とか考えてたら生返事になった。できる限り協力するよ、むしろ協力させて」

「……助かる。それで、さっそくだが向かってほしい場所があるんだが」


 そう言うと、武文は何らかの書類の裏――恐らくミスプリントだとは思うが、確認せず書いて大丈夫だろうか――に簡易的な地図を記した。


「ここから少し歩いた先にある喫茶店の店員……というかバイトに、新田紗栄って奴がいる。そいつに『行村武文(おれ)から話がある』とか言えば通じるはずだ」

「任せて」


 ここでも紗栄の名前が出るとは。元は同じ場所で働いていたが、警戒されずに済むだろうか。

 一抹の不安を抱えながら、わたしは地図を受け取った。

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