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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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着火、炸裂

 言いたいことを言い終えたのか、撫子と理空が「よろしくお願いします」と頭を下げて会議室を出ていく。わたしたちも戻ろうと席を立った途端、葵に声をかけられた。


「ねぇ音島さん、戻る前にオレの話聞いてくれない?」

「何?」


 珍しく真面目な顔をしている。わたしは浮かせていた腰を再び下ろし、葵に向き直った。


「……もし、オレが〈九十九月〉を辞めるって言ったらどうする?」

「冗談で言ってる……わけじゃなさそうだね。別に葵の決断ならどうもしないけど」


 そう思った理由くらいは教えてほしい、と返すと、葵は「それもそっか」と頷く。


「そもそも、オレがここにいる理由って『自分自身と調律(いのう)を守るため』でしかないんだよね」


 くるくると、椅子のキャスターを利用して葵が回転する。じっと見ていると目を回しそうだ。わたしは目を逸らし、そうなんだ、とだけ返した。


「んで、現状オレがここにいる意味を見出せてない。だから辞めようと思ってる」

「……それは、この組織にいると危険だから、って意味?」


 恐る恐る問いかける。もし懸念が当たっているのなら、わたしたち異能者全体の問題になるのだ。ここで詳しく話を聞いておかねばならない。

 しかし、葵は「そういうわけじゃないんだけど」と否定した。


「どこに行っても異能が狙われることには変わりない。だったら別の場所にいたっていいでしょ」

「よくわからない。葵の言い分だと、わざわざここを抜ける必要もないってことになるよね?」

「まぁ確かに? ……でも」


 葵の言葉がふと途切れる。数秒落ちた沈黙は、不安定で不快なもの。――そして、彼は拳をぐっと握りながら再び口を開いた。


「……要のことも、那津が危険な目に遭ったことも。あいつらに苦労を強いる〈五家〉のことを、オレは絶対許せないから」


 低く震える声は、何かを必死に押し殺している。その「何か」が怒りであることも、今のわたしには理解できてしまう。


 間違いなく、葵は仲間思いだ。湧き出る怒りを〈九十九月〉へ向けないために、ここを離れようとしているのだろう。……それなら、何も言うことはできない。何かを言ってしまえば、葵の苦悩を深めてしまうから。


 言葉を失ったわたしに何を思ったのか、葵は「音島さんが気にすることじゃないよ」と苦く笑った。


「あの二人に頼まれた通り、新田紗栄に話は通す。でも、それ以上このことに関わる気はないんだ。この組織の人たちだって、もうじき辞める人間に深入りしてほしくないだろうし」


 その発言が、なぜか心に引っかかる。……何か、何かを見落としてはいないか。わたしがこの国の問題に手を出そうとしたとき、何を言われた?


『国家を揺るがす問題にあなたを……国民と断言できない人を介入させるわけにはいかない』


 七彩は拒んだ。国のことを考え、異能者のことを考えて、わたしを遠ざけた。


『お前一人が動いて駄目になるようなら、最初から駄目だったんだろ』


 幸花は「自由にやれ」と、足を止めてしまったわたしに声をかけてきた。この国を出ていくというのも事実かもしれないが、誰しもが決断する権利を持っているのだと教えてくれたのだろう。


『そろそろ七彩ちゃんにも、他の人を頼ることを覚えてもらいたいんですよね』


 結は「七彩のため」と言うような口ぶりで、わたしに手を出すだけの権限を与えてくれた。彼女はしたたかに状況を把握しながらも、誰かのために力を使える優しさを持っている。


 それぞれがそれぞれの考えで行動しているなら、私は。すとん、と心に落ちてきた言葉は、きっと「決意」と呼ばれるようなもの。


「……葵は『このことに関わる気はない』って言うけど、もし事態が大きくなって那津とかが巻き込まれそうになったらどうするの? そうじゃなくとも、要は問答無用で引っ張り出されるかもしれないけど」


 一言ずつ言い含めるように――実際はわたし自身の思考をまとめながら話していただけだが――問いかけると、葵は戸惑ったように視線をさまよわせる。きっと、想定すらしていなかった問いかけだったのだろう。ならば、と言葉を重ねる。


「わたしは誰に何を言われようとも、知りたいことは知りたいと思うよ。首を突っ込んで怒られたとしても、何も行動しないで後悔し続けるよりずっとマシだから」


 自分自身の判断、決意。そんなものを語っていると、葵がうつむきながらわたしを呼んだ。


「音島さんは……自分が動いたら大切な人を巻き込むかもしれないのに、躊躇しないの?」


 わずかに震える声での質問がわたしに突き刺さる。彼にそんなつもりがないのは理解しているが、どうにも責められている心地だ。


 葵の躊躇いは、きっと当然のものなのだろう。大切な人――時には自分を犠牲にしてでも守りたいと思う存在――がいると、人間は行動を躊躇う。どちらが悪いという話ではないが、純粋に羨ましく感じた。


 自分が記憶を失う前のことは知らない。でも「音島律月(わたし)」にとっての大切な人を、仮に巻き込んでしまったら。考えるも、答えは一瞬で出た。


「わたしの大切な人たちは、ただ巻き込まれて嘆くだけの人間じゃないから。信じてるから、わたしは進むだけだよ」


 言いながら、ほんの少し口角を上げる。葵もそれにつられるように顔を上げ、そっか、と小さく笑った。

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