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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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来訪、白羽の矢

 護衛のことも〈六曜〉のことも何一つ進展がないまま、気づけば二週間。これまで通り玲たちを見守っていると、電話が鳴り響いた。


「こちら〈三日月〉第二班。はい、はい……少々お待ちください」


 素早く受話器を手に取った玲が応対し、ちらりと葵を見やる。しかし視線は瞬時に逸らされ、きちんと目配せされたのは幸花だ。

 意図を汲んだのか、幸花は大きく頷く。玲は「お待たせいたしました」と電話応対に戻り、さらさらと何かをメモに記した。


「三階、会議室Cでお待ちしております」


 受話器を戻した玲は幸花に「お願い」という名の指示を飛ばす。


「桐嶋さん、先に会議室の様子を見てきてくれませんか?」

「わかった。もし来客と鉢合わせそうになったら適当に誤魔化すから、よろしく頼んだ」


 とんでもないことを言い放ち、幸花が部屋を出ていく。残された面々には、五分経ってから会議室へ向かうよう指示が出された。


「全員で向かう必要あるのか?」

「いや、班の誰かが一人いれば十分対応できると思うんだけど……先方の名前に覚えがあってね」


 棗の疑問に答えながらも、玲はどこか不安そうに眉を下げている。みんなが知っているかはわからないけど、と前置きして、彼はその人物の正体を告げた。


「鷺沼撫子、と名乗っていたんだ」


 玲以外は名前に心当たりがないのか、首を傾げたり目を瞬かせたり。しかし、わたしには聞き覚えがあった。それどころか、どんな立場の、どんな性格をした人間かも知っている。

 術者協会に所属する術者で、会長の娘。兄の暴挙に従う以外の生き方を知らなかった彼女が、なぜ〈九十九月〉を訪ねてきたのだろう。


 疑問と共に好奇心が湧き上がる。しかし、わたしはこの好奇心を七彩に咎められたばかりだ。恐らく――というかほぼ確実に――無関係な話し合いに首を突っ込むわけにはいかない。

 不必要に視線をさまよわせ、玲たちの表情を見やる。偶然目が合った葵が、なぜかニヤリと口の端を上げた。


「じゃあオレが行ってくるよ。音島さんも一緒に来てもらうから!」

「は?」


 わたしが反応を示す前に、棗が顔を顰める。しかし葵は構うことなく「いいでしょ?」と玲に許可を求めた。


「まぁ、葵君が希望してくれるならそれに越したことはないんだけど。それじゃあ音島さんは葵君のお目付役をお願いしようかな」

「……いいの?」


 やけにあっさりと出された許可に、困惑がじわじわと押し寄せる。ありがたいが、簡単に外部の人間と部外者――わたしのことだ――を対面させていいのか。

 思わず玲の顔を窺うと、彼は全て理解しているような表情で「頼めるかな」と続けてきた。それ以上返す言葉も見つからず、わたしは黙ったまま頷く。


「じゃあ、葵と行ってくる。……多分わたしより幸花のが頼りになると思うけど」


 そんな不安を吐露しつつ、わたしは葵に連れられるように退室した。

 無言で廊下を進む。撫子の――鷺沼、ひいては術者協会の考えがわからない。ちらりと葵の様子を見るが、彼も何かを考え込んでいるのか普段の明るい笑みを隠していた。


「よっ。お前らが会うことになったんだな」

「幸花」


 ひらりと手を挙げながら、幸花が向こう側からやってくる。すれ違いざまに肩を叩かれ、頑張れよ、などとよくわからない言葉を残された。


「……何、今の」


 困惑のあまり立ち止まってしまう。すると、葵が「ほらほら、早く!」と急かしてくる。


「今行く」


 すぐさま応え、わたしは葵を追い越すように会議室へと入った。

 会議室にいたのは、不機嫌そうに口を曲げている少年――理空だ。撫子の姿はどこにもない。


「あれ? 君がお客さん?」


 目を丸くする葵に、理空は表情一つ変えず「その通りですよ。姉……撫子は今離席しています」と答えた。


「僕と姉は、術者協会を代表して〈九十九月〉の方々に取引を持ちかけに伺いました」


 渋々、といった様子を隠すことなく告げる理空。わたしは目を細め、わずかに葵を庇いながら口を開いた。


「……あんた自身に悪い感情はないけど、術者協会のことは信用できない。もし異能者を騙すつもりの取引なら容赦しないから」

「騙す気なんて微塵もありません。……とはいえ、ここでどれだけ言葉を重ねても無意味でしょうから、とにかく話に耳を傾けていただきたい」


 理空は不機嫌な様子のまま、堂々とした口ぶりで話す。さらに警戒を強めると、音もなくドアが開いて撫子が姿を見せた。


「この度は、貴重なお時間をいただきありがとうございます。せめて、我々のお話が何かの役に立てばいいのですが」

「姉さんは謙遜が過ぎて卑屈になるタイプですね。僕らが集めた情報なんですから、役立ててもらわないと困ります」


 眉を下げる撫子を窘めながらも、あれほど仏頂面だった理空の口元には笑みが浮かんでいる。わたしが見届けた協会での会合以降、彼らはそれなりの関係を築いていたようだ。

 どこか穏やかなやり取りを終え、姉弟がこちらをじっと見つめる。そして、撫子がゆっくりと口を開いた。


「お二人には、異能者の代表として聞いていただきたいのです。――異能の解放を標榜する、外国からの使者について」

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