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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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藤田結の企図

「音島さん、そのペットボトル閉まったままですよ」


 ふと声が聞こえて、我に返る。言葉通り、口元まで運んでいたペットボトルはきっちり蓋が閉まっている状態だった。


「……ありがとう、結」


 振り向いて礼を言う。声の主――結はにこりと微笑んだ。わたしの真横にやってくると、悩み事ですか、と囁く。


「悩み……なのかな。自分でもよくわからなくて」

「わからない、ですか」


 神妙な顔をした結がすとんと隣の席に座る。小さく首を傾げ、話を聞く体勢になった。


「……わたしが何をするべきなのか、何をしていいのかわからなくなっちゃった」


 ぽつりとこぼす。すると、堰を切ったように言葉が口からあふれ出した。


「七彩を、多分怒らせた。きっとわたしは何もしない方がいいんだろうけど、ただ待つだけなんて耐えられない」

「それは……難しい問題ですね。音島さんと七彩ちゃんの間に何があったのかはわかりませんが……」


 結は難しい表情のまま、口元に手を当てて小さく唸るような声を出す。そして数秒後、彼女は当てていた手を下げて口を開いた。


「七彩ちゃんは、自分で解決できない問題へ手を出されることが苦手みたいで。もしかしたら、音島さんのお話もそこに関係しているのかもしれません」

「自分で解決できない問題、か。そう言われると、思い当たるところは確かにある」


 観月のトップとも言い換えられる名家の思惑が絡まっていて、この国の人間かどうかも疑わしいわたしに手出しさせたくない。七彩はそんなようなことを言っていた。納得と落胆が同時に襲いかかってきて肩を落とす。しかし、ふと引っかかりを覚えて首を傾げた。


「……あれ、自分で解決『できない』問題に手出しされたくない、の? 普通は逆じゃない?」

「そこが七彩ちゃんのすごいところで、よくないところでもありますね」


 結は苦笑しながら言い放つ。親しい友人の「よくないところ」を明確に言語化できるとは。妙なところで感心してしまった。


「自力で解決できることは、誰かにあれこれ手出し口出しされても最終的に一人でリカバーできる。傲慢なようですが、実際七彩ちゃんにはできてしまうんです」

「七彩一人じゃ解決できない問題は手出しされるとどうなるか予想できない。だから嫌がるってことか」

「はい。……それが原因で、昔の七彩ちゃんは孤立していました」


 どこか遠くを見るような目をした結だったが、すぐにふふっと微笑む。その話はともかく、と話題を元に戻した。


「そろそろ七彩ちゃんにも、他の人を頼ることを覚えてもらいたいんですよね」


 純真な少女の目をした結が、じっとわたしを見つめる。ただ、彼女が見た目通りの甘い子供ではないことも十二分に理解していた。


「わたしにその役割を負わせようって魂胆だね」

「いえ。もし音島さんが拒むなら、無理強いなんてしませんよ」


 あぁでも、と。歌うような声音で続ける結。漂う雰囲気こそ愛らしい少女のままだが、どこか逆らえない圧を感じる。


「今なら『藤田結(わたし)が無理を言った』ことにできますが……どうします?」


 思わず息を呑んだ。選択をわたしに委ねているようで、その実断らせる気がないのだろう。誰ともつかない声が「失望させるなよ」と遠くで囁く。

 手のひらで踊らされるばかりなのは不服だが、ここで結の提案を断る理由もない。わたしはため息をつきながら頷いた。


「……いいよ、結の手のひらの上で踊ってあげる」

「それは何よりです。私だって、できれば信頼できる人にお任せしたいですもん」


 可愛げを見せられたところで気を緩められはしない。彼女も大企業の令嬢であり、異能者だ。どう動けば相手の行動を推測できるか――これは「相手を操れるか」とほぼ同義だと思う――を常に考えているのだろう。


「とはいえ、今すぐに何かを起こせるわけではありません。音島さんにはしばらく待ってもらうことになりますが……構いませんか?」

「いいよ。今は玲たちの護衛に集中しないといけないだろうし」


 そう答えると、結はほっとしたように微笑む。本当に、こうしていると純真無垢な少女にしか見えない。演技とも違う、顔の使い分け。わたしは心のどこかで結を甘く見ていたのかもしれない。


「では、護衛の件が落ち着いてこちらの準備が整い次第、音島さんの待遇に介入させていただきますね。いくら〈五家〉や〈六曜〉でも、藤田家の指示をねじ曲げることはできませんから」


 結はフジタ印の茶菓子を手にして笑った。ぴり、とパッケージを破く気配がする。


「……結って、何者?」

「何者、と言われましても。他人よりちょっと得られる情報が多いだけの異能者ですよ」


 それのどこが「だけ」なのだろう。じとりとした視線を向けるも、結は気にしたそぶりも見せない。ただ楽しそうに笑いながら茶菓子を口に運んでいた。

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