苦心、迷々
「協力?」
「……つーか、そもそもあんたの素性知らないんだけど。幹部と連絡取れる割に俺のこと知らなかったし」
じとり、陽斗が細めた目でこちらを見据える。彼の疑念は理解できるが、どう説明したらいいものか。わたしは腕を組んで思案した。
「素直に説明しても疑われる気しかしないんだけど」
「は? 何言ってんの?」
胡乱な目を向けてくる少年に、これまでの事情をざっと話す。それでも記憶喪失というのは受け入れづらいのか、険しい顔は変わらない。
「……全部嘘だとは思わないけど、鵜呑みにはできないんだよな……」
「わたしが信用できないのは事実だから仕方ない。でも、ここの人たちを利用しようとかは全く考えてないことは信じてほしい」
じっと、まっすぐに陽斗を見つめる。彼はガシガシと頭を掻いて「わかったわかった!」と返してきた。
「七彩さんが信用してる奴を疑う俺が馬鹿だったよ! だからそんな目で見るな!」
「普通の目だけど」
「嘘つけ! どう見ても捨てられた猛禽類の目だったぞ!」
どんな目だ、それは。言い返したくなるのをぐっとこらえ、わたしはぺこりと頭を下げる。どことなく引っかかる言い回しではあったものの、一定の信用を得られたのは事実だ。
「協力って言ってもな……何をどうする気なんだ?」
「それはわからないけど」
「なんだそれ」
呆れた様子の陽斗を七彩が呼ぶ。彼が振り向くのとほぼ同じタイミングで、ドアの向こうから足音が聞こえた。
「……時間切れ。陽斗さん、すぐに建物から出ないと」
「マジかぁ。じゃあ進展あったらまた連絡するから」
二人が短いやり取りを終える。そして、陽斗はひらひらと片手を振って会議室から出ていった。
パタン、とドアが閉まり、七彩が細く息を吐き出す。顔を上げるとわたしの目をじっと見つめ、ごめんね、と呟いた。
「何が?」
「音島さんを〈六曜〉のことにまで巻き込むつもりはなかったんだ。私たちが解決しないといけない問題なのに」
「気にしないでよ。わたしが『協力する』って言ったんだから」
緩やかに首を振るが、七彩の表情は晴れない。その顔は責任を感じているというより、何かを疑っている、ような。その矛先は――ほぼ確実にわたしだ。
「不快になる言い回しで申し訳ないけど、観月の国家を揺るがす問題にあなたを……国民と断言できない人を介入させるわけにはいかない」
「……」
七彩の言うことは正しい、のだろう。少なくとも、今のわたしには反論できない。
ぐっと黙り込むわたしに、七彩は再び「ごめん」と呟く。そのまま、彼女はこちらを見ることなく退室していった。
「元気ないな。昼食べすぎたのか?」
幸花が顔を覗き込んでくる。わたしは無言のまま小さく首を振った。
「というか、食べすぎたんだと思ったなら腹部に攻撃しないでよね」
訓練場――と銘打たれた小部屋――の床に寝転がりながら文句をつける。幸花による手荒い「訓練」を受けたばかりのわたしには、起き上がる気力も残されていないのだ。
「敵が『食べすぎたから手加減しろ』とか言って手を緩めてくれると思うか?」
「……」
幸花の言っていることは正しい。しかし受け入れられるかどうかは別の問題だ。わたしはバレないように頬を膨らませた。訓練だと言うなら、初心者への手ほどきと言うなら、いきなり実戦を考慮しなくてもいいだろうに。
「何があったかなんて知らないが、やりたいことをやれよ」
そんな言葉と共に、ぽん、と肩を叩かれる。顔を向けると、幸花がにやりと笑う。
「アタシに被害がないなら、好きなだけ暴れればいいさ」
「……多分、下手に動くと幸花にも……観月の異能者たちにも、被害が及ぶけど」
もごもごと、口の中だけで言葉を転がす。しかし目の前の師範代には伝わってしまったようで、目を細めると「なんだその言い訳」と吐き捨てた。
「お前一人が動いて駄目になるようなら、最初から駄目だったんだろ。責任を負う奴は他にいる」
「じゃあ、勝手に動いて他の異能者に迷惑かけろって言いたいの?」
「それに関しては今更じゃないか? 少なくとも、アタシはもうすぐこの国を出ていくから無関係だしな」
聞いているこちらが驚くくらいあっさりと出国を宣言する幸花。あまりのことに言葉を返せないでいると、彼女はわたしの両手を掴んで引き上げた。
「何にせよ、気になるなら動けばいいだけだ。何も行動しないまま、ただ誰かに言われたことをこなすだけの人形なんて嫌だろ?」
頑張れよ若者、なんてふざけた口調で言ってのけながらも、幸花の目はまっすぐわたしを射抜いている。それでも、わたしは言葉を見つけられなかった。どうしていいのか、全く見当がつかなかったのだ。