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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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真砂亜理紗の根拠

 見せられたメッセージの送信主は、冴島香音。どうやら彼女は七海から聞いた話を真砂に明かしていたらしい。


「……そいつが嘘ついてる可能性だってあるだろうが」

「幸花が疑うのもわかるけど、あの人は人を傷つけるだけの嘘をつかないと思う。多分、きっと……」


 確証はないが。そう呟くと、意外にも真砂が賛同してきた。あの方は嘘をつきませんよ、と。


「それと、大崎の当主が不知火研究員に接触した証拠は他にもあります」

「用意周到だな。その証拠ってのは?」

「こちらの動画です」


 そんな言葉で見せられた動画は、千秋と七海が会話している姿を物陰から撮影したものだった。


「盗撮だよね、これ」

「……黙秘いたします」


 真砂にも思うところがあるのか、気まずそうに目を逸らされる。二人の会話が終わり、その場に誰もいなくなると――画面がブレ、恐らく撮影者であろう人物が映し出された。


『亜理紗さん、これでいいでしょ?』


 親しげに真砂の名前を呼ぶその声も、姿も。わたしが見知った男のものだ。


「漣……」


 薬師川漣、わたしと同じく〈弓張月〉第四班に所属していた男。どうやら彼は真砂と繋がりがあったらしい。


「そういえば、所属が同じでしたね。薬師川さんには以前からご助力いただいております」

「……こういうの、一番面倒がるタイプだと思ってたんだけど」


 ぼそりと呟く。すると、真砂ではなく幸花が同意してきた。

 彼女も漣のことを知っているのだろうか。わたしの疑問と全く同じ文言を口にしたのは真砂だ。


「桐嶋さんも薬師川さんのことをご存じなのですか」

「まあな。というかあの『薬師川』の人間を知らない奴のが珍しいだろ」

「それは確かに。……彼は彼で、己の居場所を守ろうと戦っているだけですよ」


 その言葉がすとんと腑に落ちる。漣が怠惰なのは事実だが、この組織に「骨を埋める」とまで言っていたことを思い出したのだ。

 もし〈九十九月〉が機能しなくなったら、実家から半ば勘当されたという彼の居場所はどこにあるのだろう。


「……」


 何を、どんな言葉を発していいかわからず黙り込む。すると、空気を切り替えるように真砂が手を叩いた。


「彼に関しての話はこのくらいでいいでしょう。もしこの証拠で不足するようなら、すぐに別のものを用意いたしますが」

「……いや、今はいい。それで、真砂の当主様はアタシたちにそんなことを話してどうしたいんだ?」


 幸花が問いかける。真砂は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐさま元の無表情に戻った。


「とにかく現状を知ってもらいたかったのです。欲を言えば〈新月〉で派閥に関わっていない方の協力を仰ぎたいところですが、桐嶋さんがそのように反応するなら厳しいでしょうね」

「まあそうだろうな。話の信憑性以前に、派閥と関わりがない奴なんてまずいないし」


 そうなのか。二人の会話を横で聞きながら、わたしはぼんやりと考える。

 新田派の暗躍、それに対抗する行村派と真砂派。そして、千秋が彼らの争いを傍観し――〈五家〉や〈九十九月〉の壊滅を目論んでいる可能性。これまでに聞いた話を思い出し、ふと首を傾げた。


「ねぇ、真砂家の当主ってあんたなんでしょ?」

「……そうですが、それが何か」

「対抗勢力の『真砂派』とは別物なの?」


 わたしの問いかけに、真砂は顔を伏せる。前髪の隙間からかすかに見える眉と眉間がぎゅっと寄せられていた。


「お察しの通り、我々の一族は『真砂派』として〈新月〉の一派に数えられております。ですが、彼らの力は借りられない。……いえ、借りたくないのです」

「借りたくない? また変な言い回しだな」


 違和感のある言い回しに疑問を抱くと同時に、幸花が指摘する言葉を発する。真砂は小さく頷き、重々しく口を開いた。


「……真砂家(いちぞく)は〈五家〉への復帰を悲願としております。そんな彼らに『体制が崩壊する可能性』を示唆すれば何が起こるか……」

「当主様でも制御できない暴れ馬の誕生、ってわけか」

「私とて、無用の騒動など起こしたくないのです。異能者を取り巻く環境が不安定な今、新たな火種など邪魔なだけ」


 不意に、真砂が顔を上げる。決意を秘めた目でわたしたちを見据えた。


「彼の真意が『異能者の保護』だとしても、取ろうとしている手段は容認できません。ですが彼も一人の異能者である以上、安易な排除は悪手でしかない」


 なので――真砂は中途半端に言葉を繋げ、視線をわたしだけに向ける。無意識のうちに背筋が伸びるのをじっと見守るように、彼女は数秒黙っていた。


「音島さん、きっとあなたが切り札のはず。大崎の当主が何を企んでいるのかを知ることも、その企みを阻止することも。……あなたになら可能だと、そう思うのです」

「でも、わたしは何も知らないし――」


 思わずこぼれ落ちた反論――にもならない不安のかけら――を小さな微笑で制止し、真砂が続ける。


「何も知らないなら、今から知ればいい。むしろ先入観がない分冷静な判断ができるでしょう」

「そこは当主様に同意だな。とはいえ、アタシは協力も邪魔もしない。ここがどうなろうと関係ないしな」

「……わかった。ちゃんと見て、考えるよ」


 とにかく自分の考えを確立させなければ。密かに決心し、わたしたちは真砂と別れた。

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