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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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遭遇、険悪と忠告

「よーっし、何もなーい! お疲れさまでしたー!」


 思い切り背伸びをしながら葵が軽く発する。わたしと幸花も肩を回したり腰を叩いたりしながら適当に返した。


「じゃあ、オレはちょっと用事あるんで。この辺で失礼しますね」

「ああ、手伝ってくれてありがとな。助かったよ」


 葵と別れ、わたしたちは一度〈新月〉のフロア――九階へ戻る。人気のない廊下を歩きながら、今日一日の流れを再確認していると。


「――お待ちしておりました。桐嶋幸花さん、そして音島律月さん」


 小柄な女性が、わたしたちの名前を呼んだ。あどけない少女のようにも見えるその容貌には見覚えがある。彼女の名前を思い出そうとしているわたしをよそに、幸花が口を開いた。


「……これはこれは真砂家の当主様。一介の護衛に過ぎないアタシたちに何か用でも?」

「ずいぶんと険のある言い方ですね。我々にへりくだる必要などないことを、あなたはよくご存じでしょうに」


 刺々しいやり取りを交わす二人を眺め、わたしはようやく気づく。以前〈弓張月〉に所属していたとき、わたしへ謎の忠告をしてきたのが目の前の女だ、と。


「あんた、前に『忠告』してきた……」

「覚えていてくださったようで安心いたしました。……改めて自己紹介を。私は真砂(まさご)亜理紗(ありさ)、かつて〈五家〉の一つであった真砂家の当主であり、現在は〈弓張月〉第二班に所属しております」

「そう。わたしは名乗らなくていいよね、知ってるみたいだし」


 何の用、と温度のない声で吐き出す。女――真砂は表情を変えることなく「お礼を」とだけ告げてきた。


「異能研究所にて、冴島さんたちにご助力いただいたそうで。私からも感謝申し上げます」

「あんたに感謝されても……」


 困惑と警戒を織り交ぜて返すと、真砂は肩をすくめる。そしてとある人物の名前を挙げた。


「冴島さんからお話を伺いました。我々としても研究所の暴挙は目に余るものだったので、弱体化に協力してくださったことには感謝しております。何の含みもなく、本心から」


 まっすぐ見据えられ、深々と頭を下げられる。……正直どう反応していいかわからない。わたしが研究所に乗り込んだのは綾のため――ひいては自分自身のためであって、少なくとも真砂に感謝されるためではないのだ。

 視線をさまよわせているうちに、幸花がわたしの前に立った。険しい顔のまま、言いたいことはそれだけか、と呟く。


「これ以上用がないならさっさとお帰り願いたいところなんだが」

「手厳しいですね。しかしながら、用件はまだあるのです」


 真砂の言葉を聞いた幸花があからさまに顔を顰める。わたしはそんな幸花を軽く宥めながら、正面の女に続きを促した。


「現在〈新月〉を中心に波紋が広がっている派閥争い、その目的と行く末の忠告を」

「また『忠告』なんだ。好きなの?」

「……私も、不穏な内容を吹聴して回るのは嫌いですよ」


 深いため息をつき、真砂が口を開く。新田派が〈五家〉の一つを牛耳ろうとしている――そこまでは玲に聞いたものと相違ない。むしろ「榛家」という言葉が出ていない分だけ情報が少ないくらいだ。

 それがどうした、と続く言葉を待つ。すると、女は「ここまではもはや公然の秘密ですが」と言葉を一度切り、ふぅと小さく息をついた。


「問題は、その動きを認識していながら放置している幹部の存在です」

「それって……」


 嫌な予感に口元が引きつる。……まさかこの女、またしても妙な疑惑を押しつけに来たのだろうか。

 果たして、わたしの嫌な予感は的中してしまった。真砂は案の定「大崎」の名前を出したのだ。


「大崎の当主は、新田派の反乱に乗じて〈五家〉の壊滅を目論んでいます」

「おいおい、冗談にしてはキツすぎるだろ。真砂家では言っていいことと悪いことの区別をつけないのか?」

「不出来な冗談を実行するのがあの男です。……それと、私を蔑むのは構いませんが、真砂(いえ)を巻き込むのはやめていただきたい」


 お互いを睨み合う真砂と幸花に呆れつつ、わたしは本題に戻るよう促す。二人も異論はないようで、鋭い目つきはそのままに話が続けられた。


「私がこのような忠告を繰り返すのも、当然根拠があってのものです。この忠告をどう判断するかは個人の自由ですが、単なる空想、憶測ではないことは理解してください」


 感情を落ち着かせるためなのか、言葉の途中に息をつくような音が何度か挟まる。わたしは小さく頷き、真砂の「根拠」を尋ねた。


「……こちらです」


 真砂がスマホを取り出す。画面に表示されていたのは、複数人が参加しているらしきチャットルーム。そのうちの一つを指し示し、女は再び口を開いた。


「あの男は――不知火研究員に告発を促し、術者協会との取引を持ちかけたのです」

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