表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
104/128

三雲葵の根回し

 施錠された食堂の前まで来て、わたしはようやく二人の目的を理解する。……彼らは、開店前の食堂に異常がないか確かめるつもりなのだろう。


「鍵は預かってるんで大丈夫だと思いますけど、一応人に見つからないよう気をつけてくださいね」

「わかってるって。んじゃ、行くぞ律月」

「はいはい」


 適当に返事をしながらも、調査の重要性は理解している。気持ちを切り替え、わたしは食堂の中へ入った。

 何の変哲もない、代わり映えしない食堂。一歩踏み入れたときの感想はこうだ。それは他の二人も同じだったようで、揃って拍子抜けしたような顔になった。


「……何もなさそうだけど」

「パッと見た限りはねぇ。何もない方がいいんだけどさ」

「ま、油断は禁物だろ。とりあえず手分けして探すとするか」


 幸花の提案で二手に分かれて探索する。テーブルの下も、椅子の座面裏も、壁と床の境目まで。目と腰を酷使しながら調べ回るのに集中していると、突如頭に衝撃が走った。


「……ッ!」

「いっ、て……!」


 呻く声からして、わたしは葵とぶつかってしまったらしい。痛む頭を押さえながら視線を向けると、同じようなポーズの葵が頬を膨らませていた。


「もう、音島さん! ちゃんと前見てよ!」

「ごめん……って、葵も前見てたら気づけたでしょ」

「それは確かに。ごめんねー」


 痛み分けのように謝り合い、再び探索に戻る。


 しばらく調査を続けていると、不意にとある記憶が脳裏をよぎった。わたしが昭人と出会ったとき、彼は葵から話を聞いていたのだと言っていたはず。


「ねぇ、葵」


 気づいたときには、声を発していた。ぱちくり瞬きして、葵が振り向く。


「どうして昭人にわたしのことを話したの? 何の理由もなく話すとは思えないんだけど」

「……なーんだ、そのことかぁ」


 普段通りの口調とは裏腹に、葵の表情は真剣そのもの。簡単な話ですよ、とうそぶきながらわたしを見据える。


「音島さんが利用されて、困るのはオレたちだから」


 困る状況を回避するために動くのは当然でしょ。葵が微笑んだ。わたしは無言を貫きながら、必死に思考を回す。

 今、葵は「オレたち」と言った。そこに含まれるのは第二班の面々なのか、それとも別の何かなのか。


「それに、散々あいつのこと振り回してるんだから、ちょっと嫌がらせしたくなったんだ」

「あいつ、って……」

「要のこと。今まで〈五家〉がどうとかで苦労してきてるんだから、少し邪魔したっていいでしょ」


 尋ねたこちらが拍子抜けするくらいあっさりと「嫌がらせ」を暴露し、葵が笑う。オレたちは利用されるだけの駒じゃないんだよ、と吐き出す顔には、明確な怒りがあった。


「音島さんが外部にいれば、とりあえずここでのゴタゴタに利用されることはなくなる。だから、昭人さんに話しておいたんだ」

「……わたしが〈九十九月〉の外に出るって知ってたの?」

「それは知らなかったよ。あんな大事件が起きるとも思ってなかったし」


 大事件――侵入者のことだろうか。気になったがそれを追及することはせず、わたしは無言を貫く。


「もちろん、変わった異能を研究所に知られたらマズいから、っていう理由もある。オレだって他人事じゃないもん」


 運がよかったんだよね、いろいろと。葵が肩をすくめた。


「音島さんが戻ってきたってことは、ここからが正念場かな。恩返しするのもいいけど、頼むからただの駒に成り下がらないでね」

「……」


 湧き上がった怒りを霧散しきれないのか、葵はいつになく刺々しい言葉を発する。わたしの返事を待つこともなく、彼は探索に戻っていった。齎された新たな事実を咀嚼する余裕すらないまま、わたしも緩慢に手を動かす。それでも思考は横滑りしていき、気づけば葵の話を考えている。

 葵自身は「オレだって他人事じゃない」と言っていたが、きっとほとんど要のために動いたようなものなのだろう。二人は気の置けない友人だから。


「正念場、か……」


 ぼそりと呟く。幸いにして――という表現が正しいかはわからないが――二人の耳には届かなかったようだ。


 もし、わたしが〈九十九月(ここ)〉に呼び戻された理由が「駒として利用するため」だったとしたら。……わたしは、それを認めない、許してはいけない。

 人の行動の裏には、大なり小なり思惑がある。それなら、駒に成り下がらないためにも――わたしは考え続けなければ。相手の思惑を、自分自身の目的を。


 気合いを入れるように頬を叩く。ぺちん、と間の抜けた音がしたが、それでも意識を切り替えるのには役立った。まずは目の前のことからこなしていこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ