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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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調査、大発見

 数日後。正式に玲の護衛役を請け負ったわたしと幸花は、朝七時の本部ビル三階にいた。人気のないうちに玲が日常的に利用する場所を調査するためだ。


「よし。……って、デカいあくびだな」

「ふあ……、あくびくらい許してよ。まだ始めてないんだし」


 ぶつぶつと文句を吐き出して、わたしは目尻の涙もそのままに廊下の調査を始める。不審な機器が隅に設置されていないか、外部から侵入を許しそうな箇所はないか。隅々までくまなく凝視した。


「何もなさそうだけど」

「ま、何もないことを確認するための作業だしな。ない方が正常だろ」

「それもそうか。とりあえず一安心、って感じ?」


 気を緩め、だらだらと会話を繰り広げながら撤収作業に移る。幸花は一瞬窓の外に視線を向けていたが、すぐに荷物の片付けに意識を戻した。


「……律月、窓の外」


 端的に告げられた言葉はどこか鋭さを持っている。わたしは目だけを動かして窓の外へ意識を向けた。

 わかりづらいが、植え込みに隠れるような動きをする影が見える。迷い込んだ動物か何かならいいのだが、もし侵入者だとしたら。


「幸花、指示をお願い」


 潜めた声で指示を求めると、幸花がこくりと頷く。作業の手は止めずに窓へ意識を向け、しばらくすると――植え込みから何かが姿を見せた。その姿は。


「……葵?」


 砂埃らしき何かで汚れたビニール袋を抱えた葵だった。ぱたぱたと手で袋を叩きながら、彼はビルの入り口へと向かっていく。


「なんだ、律月の知ってる奴か?」

「うん。玲たちの班の一員で、名前は――」

「あれ? 音島さんだ。こんな時間にどうしたの?」


 わたしの言葉を遮るように、誰かが声をかけてきた。噂をすればなんとやら、とでも言うべきか。声の主は葵だ。


「それはこっちの台詞なんだけど。まだ出勤の時間じゃないのに、葵こそ何やってるの」

「オレはねぇ、これ探してたんだ」


 これ、と見せられたのは黒い立方体。チカチカと点滅していた赤いランプは、やがてふっと消灯した。


「何それ?」

「んー、わかんないけど。多分盗聴器とかそんなんだと思うよ」


 さらりと返ってきた答えに目を見張る。盗聴器が仕掛けられていたことに対してではなく、この物体を「盗聴器」だと判断できる葵に対して、だ。そう判断できるほどの個数を見てきたのだろうか。

 固まるわたしとは裏腹に、幸花が葵に声をかける。黒い物体をじっくり見せてほしい、と。


「いいですよー。でも、お姉さんって〈新月〉の人ですよね。どうしてここに?」

「……お前、アタシのこと知ってるのか」

「前に幹部の人を護衛してたのを見かけたんで、もしかして……って思ったんです」


 当たってましたね。葵は盗聴器らしきものを手渡しながら軽く答えた。そして浮かべている笑みはそのままに、彼は「玲さんですか」と続ける。


「なんて、聞かなくても予想できますけど。むしろやっと護衛つけてくれたんだ、って感じですよ」

「葵は護衛つけてほしかったんだ」

「そりゃそうでしょ。オレたちの班でちゃんとした攻撃手段持ってるの結ちゃんだけなんだから」


 あちこち警戒するのも大変だし。幸花が物体を観察している間、葵は今までの苦労を語って聞かせてくれた。複数回仕掛けられた盗聴器、やけに班の事情を聞きたがる部外者――とにかく不穏な日々を送っていたようだ。


「結ちゃんと七彩は言わずもがなお嬢様だし、棗さんも頭脳狙われがちだし、オレはオレで異能狙われてるし。結構大変なんだよ?」

「むしろそんな班にわたしが配属されたのが怖いんだけど」

「まぁそれはオレたちへの試練みたいなところもあったかもね。もし音島さんが変な奴だったらどう対処するか、観察されてたんだと思うよ」


 そんな恐ろしいことをあっけらかんと言わないでほしい。心の中で葵との距離を置きながら、わたしは幸花の様子を窺った。


「……ん、よし。貸してくれてありがとな」

「あ、はーい。どうでした?」

「盗聴器で間違ってなさそうだな。壊したからもう大丈夫だぞ」


 幸花の言葉通り、盗聴器は無残なまでに破壊されている。こちらとも心の中で距離を置いた。


「それにしてもよく見つけたな。外は警戒してなかったんだが」

「まぁ一か月近くこんなの繰り返してたら慣れちゃいますよねぇ。……あ、二人とも朝ご飯は食べましたか?」


 突然、葵がそんなことを言い出す。意図がうまく読み取れずにきょとんとしていると、幸花が悪い顔をした。


「いや、実はまだなんだ。葵……って言ったか、もしよかったら一緒にどうだ?」

「ぜひ!」

「え、ちょっと待ってよ。わたし何も言って――」


 慌てて口を挟もうとしたわたしに、幸花と葵は揃って人差し指を唇に当てる。静かに、の意が込められたそれに、わけもわからず沈黙した。

 のんきに会話を続ける二人の後を追いかける。次の目的地は食堂だろうとだけ予想し、わたしは思考を止めた。

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