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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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対立、新田派

「今の〈五家〉には目立った対立がない、ってことが前提なんだけど」


 ぱちん。玲が手を合わせて口を開く。わたしたちは黙ったまま頷きを返した。


「五十年くらい前までの〈五家〉は異能者を囲い、傭兵として扱うような立場だったんだ。集めた異能者たちを他の〈五家〉と戦わせ、自分たちの力を誇示する――そんな存在」

「悪趣味な遊びだね」


 思わず口を挟む。玲は「本当にね」とため息をついた。彼の性格からして、力を誇示するために他人を利用することを許せないのだろう。


「この対立で長年成果を上げ続けた一族がいくつかあった。彼らは〈五家〉の護衛として、今も重要な役割を担っている」

「その一つが新田派。アタシの所属する派閥で、実質的に〈新月〉を支配してるんだ」


 新田――その名前には聞き覚えがあるが、きっと偶然一致しただけのはず。脳裏をよぎった少女の顔を、首を左右に振ってかき消した。


「そいつらが悪巧みしてるってこと?」

「さあな。アタシにわかるのは、新田派の人間が榛家を実質的に支配しようと目論んでることだけだ」

「さらっととんでもないこと言ったな……」


 幸花の暴露に、棗が呆然と呟く。わたしは無言を貫いた。……いや、何も言えなかったのだ。

 優しくも冷静な老婦人が、躊躇いなく誰かを信じられる少年とその兄が、くだらない権力欲に脅かされている。それを認識した途端、怒りともつかない冷え冷えとした感情が胸を満たした。


「多分、当主様の『心当たり』もこの辺りが関係してると思うんだが……どうだ?」

「そうだね、大体そんな感じだ」


 玲は頷く。そして指を立てながら「実はもう一つ心当たりがあって」と続けた。


「悪事と断言できるかはわからない。……だけど、兄さんが何かを企んでるみたいで」

「兄さん? 当主様に兄弟がいたなんて初耳なんだが」


 目を丸く幸花にはわたしから説明する。玲の従兄弟こと千秋――大崎家のことを。


「記憶喪失の人を引き入れて働かせてたことは知ってるけど、それ以外に何か企んでるの?」

「そもそも不審者働かせてるって何なんだ……」

「まぁわたしのことなんだけど」

「お前か!」


 幸花と茶番じみたやり取りを繰り広げながら玲の返答を待つ。すると、しばらく黙っていた棗が唐突に口を開いた。


「話が前後して悪いが、新田派以外にも〈五家〉の護衛になった一族がいるんだよな?」


 そういえばそんなことを言っていたな。わたしたちは茶番をやめ、視線を棗に向ける。


「そいつらは今何をしてるんだ。新田派とやらが暗躍しているのをただ傍観してるだけとも思えないんだが」

「鋭いね。実は、兄さんの企みはそこなんじゃないかと思ってる」


 玲は頷き、指を二本立てた。曰く〈新月〉における新田派以外の派閥……らしいが、詳しいことは彼にもわからないようだ。


「桐嶋さんの方が詳しいと思う。公然の秘密とはいえ〈新月〉には派閥がないことになってるから」

「報告と実情の違い、ってやつだな。わかった、アタシから説明させてもらおう」


 小さく息をついて、幸花が説明を始めた。


「一つは行村(ゆきむら)派。新田派の対抗勢力の中では一番デカい派閥で、主に雉羽家の方々を護衛してる」

「ふーん」

「相変わらず音島は興味なさそうな相槌しか打たないな。で、もう一つは何だ?」


 棗の問いかけに、幸花は一瞬口を閉ざす。ちらりと玲の方を窺って、躊躇いがちに口を開いた。


「もう一つは……真砂(まさご)派。年々勢力が小さくなってはいるが、それでも無視できない派閥だ」

「弱くなってるのに無視できないの? 元々は大きかったとか?」

「それもあるが、派閥の中心である真砂家が元〈五家〉っていうのが一番の理由だな」


 さらりと投げ込まれた爆弾発言。わたしと棗の反応は言葉こそ違うもののほぼ同時だった。


「今と昔で〈五家〉が違うってこと?」

「いや、元〈五家〉が護衛になるって何があったんだ……」


 首を傾げるわたしと、眉を顰める棗。それぞれの疑問に答えたのは玲だ。


「いわゆる後継者問題に悩まされて、四十年くらい前に〈五家〉から降格……って言うのもちょっと嫌だけど、便宜上ね。降格したんだ。その代わり〈五家〉に入ったのが大崎家だよ」

「へー」

「だからもっと興味を持ってそうな言い方をしろ……」


 わざわざわたしの相槌に文句をつけてくる棗は無視して続きを促す。行村派と真砂派、二つの派閥に関係する千秋の「企み」とは、一体。

 玲は改めて「これは俺の推測でしかないけど」と前置きして、考えを口にした。


「兄さんは、新田派の力を削ごうとしてるんじゃないか、って」

「それならそれでいいんじゃないの? 勢いが弱くなれば〈五家〉が乗っ取られることもなくなるし」


 この疑問には玲ではなく棗が口を挟んでくる。詳しいことは知らないが、と。


「力を削がれた隙に〈五家〉全体を狙うような何かが起きたらどうする。下手したら組織……いや、国が消えるぞ」

「うわぁ……」

「嫌な顔したいのはこっちなんだが」


 棗と揃ってげんなりしていると、唐突に幸花が手を挙げた。提案があると言いながら玲をじっと見据える。


「やっぱり、アタシと律月を護衛につけないか?」

「そ、れは――」

「当主様の懸念もわかる。だが、アタシは新田派でも異端の部類だ。中核の連中に何かを告げ口することはない」


 どうだろうか。幸花が決断を迫る。玲はしばらく目を閉じて思案する様子を見せ――やがて、小さく頷いた。


「……わかった。確かに、ここで上層部の決断を無視してもメリットは少ないからね」


 よろしくお願いします。丁寧に頭を下げてきた玲に、わたしたちは微笑みを返す。任せてほしい、そんな意を込めて。

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