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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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改良、電脳少女

「どうぞこちらへ。入ったら鍵をかけますね」


 玲に案内されたのは、見覚えのある機器がずらりと並ぶ部屋。わたしの記憶が正しければ、ここは棗の作業場だったはず。

 ガチャリと鍵がかかる音を認識し、わたしは小さく口を開いた。


「ここに連れてきたってことは、玲に護衛がつけられた理由って棗と関係あるの?」

「鋭いね。……萩原さん、お願いしてもいい?」

「了解した。――改良型プログラム〈ルーチェ〉を起動する」


 どこか疲れた声の棗が告げる。室内がふっと暗くなり、最奥に配置された大きなモニターに何かが投影された。華やかな装いの少女が、モニターの中で目を開く。以前〈三日月〉で訓練したときに見た彼女――ルーチェだ。


『おはよう、玲に棗。来訪者たちも』

「ルーチェ、さっそくだが傍受阻害システムの起動テストを開始するぞ」

『わかったわ。傍受阻害システム、オン』


 限りなく人間の声に近い人工音声がそう発した途端、キィンと耳鳴りのような高音が響いた。その音は一瞬で聞こえなくなったものの、どこか息が詰まるような感覚に襲われる。


『これで内緒話も自由にできるでしょ? 本当、わたくしに感謝しなさいよね』

「助かるよ、ルーチェ」

「プログラム組んだのは俺なのに偉そうだな、お前は……」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる仮想の少女に、玲は微笑みを、棗は呆れ混じりのため息を返す。状況が把握しきれないわたしがちらりと幸花を見やると、彼女はわずかに眉を顰めていた。


「……何でもいいが、早いとこ理由とやらを説明してくれないか?」


 明らかに不機嫌そうな幸花に戸惑いつつ、わたしも催促する。すると玲が「ごめんね」と苦笑しながら説明を始めた。


「俺に護衛がつくことになった理由、それが〈ルーチェ〉なんだ。これは国防にも影響しかねないから」

『そうよ。わたくしの持つデータを組み合わせれば、この国の弱点だってわかっちゃうんだから』


 えへん、ルーチェがモニターの中で胸を張る。どこかズレた反応をするのは、彼女が人間ではないからだろうか。


『異能者たちの情報も、国軍が所有してる武器も、わたくしは全部知ってるわ。……そして、わたくしに情報を与えたのが玲と棗よ』


 続けられた言葉に、わたしと幸花はバッと玲たちの方を向いた。数秒待っても彼らから否定の言葉が出ることはない。


「……そういうことだ。とはいえ、俺は一介の職員に過ぎない。下手に護衛をつけたらそれだけで『何かある』と勘づかれるだろう」

「だから、幹部たちは『辻宮玲(おれ)の護衛』という名目で君たちに指令を出したんだ」


 そういうことか。納得と共に頷くが、直後違和感に首を傾げる。それほど重要な存在になっているのに、どうして玲は護衛を拒むのだろう。

 わたしが疑問符を浮かべていることに気づいたのか、玲は再び口を開く。先ほどまでとは異なり、どこか躊躇うようなその動きをじっと見守った。


「……でも、つけられた護衛が信用できるかは別の問題だ。護衛を一度拒んだのは、俺自身の目で判断したかったから」


 失礼な態度を取ってごめん。玲が頭を下げる。困惑から眉を寄せるわたしとは対照的に、幸花は「そういうことなら納得できるな」と何度も頷いた。


「幸花?」

「あー……、律月は『あの騒ぎ』のこと知らないのか。当主様、アタシから説明してもいいか?」


 わたしが知らない何かがあったのか。認識が共通しているのか、玲と幸花はお互いを見合ってどうぞどうぞと謎の譲り合いを繰り広げている。しかし棗はピンとくるものがないようで、わたしと同じように訝しげな顔をしていた。


「二週間くらい前に〈新月〉で内輪揉めがあったんだよ。その対立が今でも続いてて、幹部の面々は情報管理に神経使ってる、らしい」

「それだけならまだマシなんだけど……」


 玲は不自然に言葉を切ると、何かを警戒するように周囲を見回す。そしてルーチェに「傍受阻害システム」やらが動いているか確認して、再び口を開いた。


「実は、俺のところに匿名の告発文が届いたんだ。それも複数」

「おい聞いてないぞ」


 初めて言ったからね。棗の非難をさらりと流し、玲が続ける。匿名ではあるが、内容はどれも同じ――組織の中核にいる何者かが悪事を働いている、というものらしい。


「文面からして同一人物からだと思うんだ。内密に調査を頼んでるし、ルーチェにも聞いてみたけど……今のところ収穫はない」

「誰かの悪戯って可能性は?」

「その可能性もある。でも、告発文の内容に心当たりがないこともない」


 だからこっそり調査したい――玲はそう締めくくった。棗も幸花も顔を顰め、黙り込んで何かを思案しているようだ。


「アタシたちがそいつと繋がってるんじゃないか、って疑ったわけか」

「……ごめんなさい。失礼な真似をしたとは自覚しています」

「いや、それはいいんだ。律月はともかく、アタシが新田派の人間なのは事実だしな」


 また新たな名称が出てきたな。内心嘆息する。

 とりあえず話の腰を折らないように口を閉ざしておくか。そう判断したわたしをよそに、棗が「辻宮」と声を発した。


「御託はいいから一から十まで全部説明しろ」


 淡々とした口調の裏に苛立ちが見て取れる。玲も逆らう気はないのか、数秒沈黙して頷いた。

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