第七話
「バグっちゃバグだけど、誤作動ではないっつーか、ある意味仕様っつーか……って感じみたいだな、お前の髪。」
携帯端末をいじっていた音也が、不可解って顔をしながらそう教えてくれた。
リンカー・リングにささっているソフトにはそれぞれ区別するするために製造番号がつけられているらしく。
音也のお父さんがとっておいてくれたこのソフトの番号は、販売用の番号じゃない……つまり、身内用の番号、なんだそうだ。
それで、ステータスなんかのゲームバランスに影響するところ以外で、何か普通では起こらないことが起こったり起こらなかったりするらしい。
俺のソフトではそれが、すごく長い髪って形で現れたってこと、みたい。
必然的にそうなる予定だったのか、俺の髪が実際に長いからか、他に何かあったのかはわからないけど。
「父さんもそんな仕様は知らなかったんだとさ。困らせてごめんって。嫌なら何か設定するけどって言ってる。」
「ううん、いいよ。現実じゃあそこまで伸ばせないし、せっかくだから。お騒がせしてごめんなさいって言っておいてくれる?」
「おう。」
メッセージを作る音也の前からお皿を下げる。
デザートにゼリーを出す……前に。
「お風呂どうする? ゼリーあるけど、後のほうがいいかな。」
「あー、じゃあ先風呂がいいかな。」
「わかった。先に入ってくれる? タオルとか、いつもの所にあるから。」
「勝手にもってくぜ。」
「うん。」
冷たいゼリーはお風呂でぬくもってからのほうがおいしく食べてもらえるし。
俺はその間に食器を洗っておこうかな。
音也の前ですると手伝ってくれようとするから。
それ自体はうれしいんだけど、俺は洗剤をたくさん使って泡々にして洗うのが好きだから、一人で洗っちゃいたいんだよね。
自動で洗ってくれる機械が主流の中、わざわざ手で洗わせるのも悪いし。
お風呂も、その後乾かすのも自動じゃないしね。
今は……19時。
音也は烏の行水派だから、すぐにでも上がって来るかな。
ログインできるようになるまでの時間は、ログインしていた時間の半分。
21時にログインできるまで、あと2時間。
「お先。」
「おかえり。飲み物冷蔵庫にあるから。ゼリーも。」
「それは一緒に食おう。何かすることあるか? 片づけとか。」
「ううん、大丈夫。お菓子とか棚にあるからね。」
「さっき夕飯食ったばっかなんだけど。」
「音也よく食べるから。おなかすいたらやじゃない?」
「腹へったらその時食いもん! って言うから心配すんな。」
「うん。」
俺は髪が長い上に長風呂派だから、お腹空いたままずっと待ってるの悲しくなるし。
かといって音也のためにお風呂を早く切り上げるつもりはない。
そんな気を遣うような間柄じゃないし。
音也だってその辺りはちゃんとわかってるはずだから、もし本当にお腹がすいたら適当になにか食べるだろう。
一応好きに食べていいよと宣言はしておくけど。
お風呂で存分にのんびりしてから部屋に戻ると、音也はリンカー・リングを頭に嵌めて座っていた。
指先が空中を叩いているから、俺には見えないホロ・キーボードを操ってるのかな。
携帯端末じゃなくてリンカー・リングを使ってるってことは、本格的にインターネットに潜ってるんだろう。
俺は生活環境からもわかるようにデジタルよりアナログのほうが好きだから、携帯端末でもリンカー・リングでも同じ程度にしかインターネットの力を使えないけど。
髪を拭いたタオルを肩にかけたままお茶を淹れるためにお湯を沸かし始めると、音也が立ち上がった。
大股に数歩近寄って来ると、無造作に髪を掴んで引っ張る。
「痛い、なに?」
「ちゃんと髪を乾かせっていっつも言ってんだろーが。」
「痛いってやめてよ痛い」
「お前がやらないならオレが乾かしてやるからそこに座れ。」
自分でやるという暇もなくぐいぐいと髪を犬のリードのように引っ張られて座らせられる。
あらかじめ用意してあったらしいドライヤーがごうごうと熱い空気を吐き出して髪を巻き上げた。
乱暴にかき回しながらぶつぶつと説教みたいな言葉を降らせる音也は、それでも自動にしろよとは言わない。
うーん、それを考えたら毎回甘えるんじゃなくて自分で乾かすくらいはしたほうがいいのかもしれない。
「こんなもんか。ったく、せっかくここまでキレイに伸ばしてんだからお前も頑張れよ。」
「うん……?」
「ここまでキレイに伸びてんのは俺が乾かしたりなんだりしてるおかげだろーが。お前も頑張れ。」
……まぁそうかもしれないけども。
さっき感謝もしたけれども。
「俺が乾かしたりしたら駄目にしそうだからこれからもお願いするね。」
「開き直んじゃねぇよお前。」
「いたっ」
ごつ、と後頭部を殴りながらも声は笑っているから、別にいいんだろう。
ゲームの中でも髪の毛編んでくれたし。
お世話してもらいすぎじゃない? って周りに言われることはわかってるけど、それはそれ、うちはうちだ。
「さっき何してたの?」
「あぁ?」
「俺がお風呂入ってるとき。なんか叩いてたでしょ?」
「あー、ゲームの攻略情報見てた。」
「攻略情報?」
「オレら東しか行ってないし、町の探索もほとんどしてないからさ。簡単なクエストとかあるかなーって。」
「あ、そっか。討伐クエストとか受けてからいけばよかったね。」
「まぁオレもお前もがんがん攻略進めんぞ! トップ走んぞ! ってタイプじゃないから、多少二度手間でも遠回りでも気にしねぇだろ。」
「音也が、俺に付き合って攻略遅れても、いいなら。」
「お前こういう時だけ臆病だよな。嫌だったらお前引き連れてスタートダッシュかましてる。気にすんな。」
ありがとう、とは、口に出さないけど。
ゼリーに生クリームのせるくらいは、してみようかと、思ったり思わなかったり。
「あとお前のスキル調べてた。体術はやっぱまだ情報出てないっぽいな。召喚とるんだったら早くからとって一緒にいたいだろ?」
「う、ん。できたら。」
「……」
「いたっ!?」
結構強めに叩かれて思わず振り返る。
普段は下にある目が、少しばかり冷たい光を宿して俺を見下ろす。
瞬間に顔にぬるい突風が吹き付けて、俺はきつく目をつむった。
すかさず額を指で力強く小突かれて、変な体勢のまま畳に転がる。
そして何事もなかったみたいな音也の声。
「あると便利なのは索敵、隠蔽、疾走……ウォーキング? ……まだ活躍しないけどクエストによっては聞き耳とか……あとはHPとかMP回復速度を上げるとかじゃね?」
「ウォーキング、ってなに?モデルになれるの?」
のそのそと起き上がりながら尋ねると、音也は部屋の端に転がしていた携帯端末を取って戻ってきた。
幾つか操作して、動画を映す。
翅の生えたキャラクターが、飛ぶ、というよりも空中を走るようにして動いている。
「これ。言っちゃえば惰性みたいなもんなんだけど、一回翅で空に上がった後、空中を歩けるんだと。」
「へぇ……?」
「ステータスのあれやこれやとスキルの熟練度によって滞空時間は変わるっぽいけど、空中戦になると便利かもな。」
「人間には翅ないもんね。」
今日は少し翅を動かしてみただけで本格的には飛んでないからわからないけど、地に足付けてるときよりは安定感は悪いだろう。
それに、翅の操作に気を取られて太刀筋が鈍るってのもありそうだし。
「索敵は俺が持ってるから、離れて戦えるようになるまでは後回しでいいだろ。敵も弱いしな。隠蔽も……まだ隠れないとやばいような敵は出てこないだろうし。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。面白そうなのはウォーキングかなぁ。一回飛んでみないといるかわからないけど。」
「敢えて料理とか裁縫とかとってもいいぜ。」
「ろくに剣も抜けないのにそんな博打はさすがにしない。」
そもそもその状態で召喚魔法をとろうっていうのがすでに博打だ。
これ以上掛け金を上げても見合った成果が得られなかった時が怖いし。
「ま、スキルリスト転送してやるから他にも見てみろよ。解説ならしてやるからさ。」
「うん。ありがとう。」
今更ですが織くんはお料理がべらぼーに速い上に上手いです。