第八話
結論が出ないまま夜9時、ログイン可能時間。
今日の稽古が終り切らなかった俺は、先に音也に入ってもらって、片付けと着替えに取り掛かる。
音也は中でクエストの内容を実際に見て確認してみるって言ってた。
討伐系のクエストはパーティを組んでる人全員で定数を倒せればクリアできるから一緒に取り組むことにして。
簡単なお使いクエスト……具体的には、音也がいなくても俺が楽にこなせるようなものは先にやっちゃうかも、とのことで。
ただじっと待たれてるのも申し訳ないし、その方が気楽でいい。
どうせならスープにも手を加えて行こう。
夕食と少し味が変わっている方が面白くていいんじゃないかな。
夜食……食べるのは六時間入った後かな、それとも途中でログアウトするだろうか。
食べた後またゲームするなら、再ログインまでの時間もあるししっかりしたもののほうがいいだろうか。
でもすぐに寝るならささっと食べられる方がいいよね。
まぁでも、音也のことだから今日は徹夜コースでゲームしてるかもしれない。
大型連休の有用な使い方ってやつだ、たぶん。
とりあえずサンドイッチにしておこう。
軽い具材とがっつりしたものと、幾つも種類を作っておけばいいや。
食べたいものを食べればいいよね。
適当に作って洗い物も片づけて、音也に遅れることおよそ30分。
俺は二回目のFairy Knight On-lineの世界にダイブした。
「よ、遅かったな。無事メッセージ飛ばせてよかったよ。」
「メールと同じ感じだし、それくらいできる。」
スタートラインの噴水の前。
落ち合ったナオは、薄い灰色のフードがついたポンチョのようなものをかぶっていた。
見ればちらほらと、初期装備から見た目がかわっている人もいる。
クエストのご褒美にもらえるのかな。
それとも、お店で買ったのかな。
「さて、討伐クエ行くか? 先お使いやって小遣い稼ぎするか?」
「装備そろえないと危ない?」
「北はわかんねぇけど、この装備で一回東行ってるからなぁ。大丈夫だと思うけど。」
「じゃあ、このままいく。」
「ん。剣だけ抜いとけよ。」
「はぁい。」
「あ、スキルどうする?」
「……まだ決まってない。」
「そか。召喚魔法だけ先入れとけば?」
「うーん……あ、一回空飛んでみていい?」
「あぁ、そだな。飛べたらお使い楽だし。飛び方わかるか?」
「肩甲骨あたりから、もう一つ器官が増えた感覚、なんだよね。」
言いながら、後ろの方向に伸びた筋肉があると想像して、動かしてみる。
低く風が唸るような、古風な笛のような音がかすかに聞こえる。
「動いてる動いてる。もっと早く動かせるか?」
「この音が動いてる音なの?」
「おう。サラマンダーはそんな音みたいだな。スプライトは高い鈴みたいな音だった。」
小さく翅を震わせて、リリリリ、と音を聞かせてくれる。
動かすイメージはあってるみたいだから、それをもっと早く強くするように。
柔らかい音が少し大きくなって、ふわりと足が浮く。
小刻みに左右に揺れながら少しずつ高度が上がっていって、笛のような音も鋭さを増してくる。
涼やかな高い音を鳴らしながらナオも浮いてきた。
といってもまだ、せいぜい30センチくらいなものだけど。
「時間とって練習するか?」
「いい、一人で、お使いしながら、練習することにする。」
「まぁ、そういうと思った。手ぇ出せ。」
「うん?」
差し出された手に、手を重ねる。
体を支える足が地面についていないせいか、軽く引っ張られただけで簡単にナオに引き寄せられた。
ナオの方が操作に慣れてるとはいえ、この体格差だと覆いかぶさったら墜落しそうだから、どうにか翅を動かして体勢を整える。
「なに?」
「ちょっと練習。俺が引っ張って飛ぶから、とりあえず浮いてろ。」
「えっ」
「お前は翅動かさなくてもいいけど、慣れてきたらちょっとずつ動かしたほうが楽だと思う。」
「楽?」
「俺vitで持ち上げるんじゃなくてagiで振り回す感じだから。遠心力。行くぞ。」
思わず引き抜こうとした手をしっかりと握られて、ナオはくるりと身を翻した。
キラキラとした翅が大きく羽ばたくのが間近で見える。
まずは上へ上へと上がっていく。
とはいっても、俺たちプレイヤーには際限なく高く見える空も、パンケーキみたいな構造上、次の層の床になる天井が存在する。
だから天井にぶつかる前にメッセージが出て、無理に超えて天井に触れれば地面まで一気に墜落させられるらしい。
そんなことになったら落下ダメージで即死間違いなしだ。
もちろんナオはそんなことはしないで、町に立ち並ぶ建物の屋根にぶつからない程度の高さまで飛び上がって止まった。
「悪い、ちょっと羽ばたいてて。止まってたら落としそう。」
「怖いよ。」
引っ張り上げられるままに昇ってきた俺は、慌てて翅を動かし始める。
でも、ナオみたいにその場に停止してはいられない。
翅を動かせば上昇するし、動きを緩めようと思ったら止まって落ちちゃうし。
「そのまま上下運動しながら聞いてくれ。とりあえず俺はお前を引きずり回して飛ぶから、お前は引っ張られてろ。」
「突っ込みどころしかないけど、わかった……?」
「一層には空中戦する敵はいないけど、一応町からは出ないからな。慣れてきたら建物に届く高度まで落として、建物避けながら飛ぶ。」
「怖いんだけど。」
「俺がやった方が速度が出るから俺がやるだけで、ジェットコースター娘ってNPCがやってくれるぜ。」
「え、公式なの?」
「前半まではな。」
「やっぱり怖いじゃん。」
とは、いえ。
せっかくやってくれるっていうならやってもらえるに越したことはないし。
万が一ぶつかってHP吹っ飛んだとしてもゲームだし、面白ければそれでいいと思う。
「じゃあ、よろしくね。」
「最初はゆっくり飛ぶからな。」
「お手柔らかにお願いします。」
言葉では返答せずにニヤリと笑ったナオは、ゆっくりと俺の手を引いて動き出した。
少しスピードが出てきたところで、動きの邪魔にならないように翅を止める。
体が地面に水平に近づいていって、左右に曲がるたびに大きく体が揺れる。
とはいえまだ遠心力の負荷がかかるだけで恐怖はない……と思ったのが悪かったのか。
ちらりと俺を振り返ってナオが再びニヤッと笑う。
悪い予感がする、と思う暇があったかどうか。
わずかに空中を蹴るように足が動いたのを確認した瞬間、一気に景色が後ろに流れた。
体にかかる負荷も桁違いだ。
曲がるときにだけ揺れていた体が、上下にも振り回される。
掴まれている手がすっぽ抜けそうで、ぎゅっとナオの手を握りこむ。
まっすぐすごい速度で突き進んだかと思えば、急旋回、急降下急上昇。
それでも俺が声を上げないからいけると判断したのか、ナオは一気に高度を落とした。
建物の屋根にぶつかりそうになるのを、すれすれのところを通り抜ける。
次に迫って来る石畳に激突する、と反射的に奥歯を噛み締めたところでぐっと体が持ち上がった。
二階の窓くらいの高さまで上がって、一安心する間もなく右へ左へと振り回される。
建物たちをぎりぎりで回避しながら、どれだけ飛んだのか。
地面に降り立ったナオは、輝くような笑顔で俺を見上げた。
「どうだ? 空を飛ぶ感覚はつかめたか?」
「自分だけで飛んでみないとはっきりとは言えないけど……参考には、なった。」
「そか。」
「ただ。」
「うん?」
「……俺ナオほどagiないから、あの速度はもう感じられないんだなって。」
「やっぱお前はそういうやつだよな。」
「何が?」




