第三十話
朝起きると、隣で音也が眠っていた。
時間は朝十時。
決して早くはない時間だけど、前日……っていうか日付変わってたから今日か、どっちにしても夜遅くまでゲームしてたことを考えると、遅くはない時間。
だけど、ほとんど確実に俺より早起きな音也がまだ寝てるなんて珍しい、と思いながら体を起こすと。
「……書き置き……?」
部屋の机の上に、紙と鉛筆が置かれているのが見えた。
近づいて紙を見てみれば、詳しくはメールで、とだけ書かれてる。
寝る前に頭から外したリンカー・リングをはめてメールボックスを確認すれば、音也からメールが届いてるってメッセージが出ていた。
読みます、と心の中で返事をする。
ピコン、という音と一緒に開いたメールは、文字じゃなくて音声で作られたもののようで。
「詳しくは起きたら話すけど、朝方一回起きてログインしたらアマレットと一緒になって、ちょっとプレイしてた。しばらく起きるつもりないから、暇なら一人でログインしててくれていいから。おやすみ。」
……ふむ。
ぜんっぜん気付かなかった。
だって、あれからログアウトしてすぐ寝たんだから、その時点で午前三時でしょ?
それからログインできるまで三時間かかるんだから、朝の六時でしょ?
……朝の六時以降に音也が起き出してログインしてログアウトしてきてたなんて、全く、全く気付かなかったよ……。
そりゃあ、プレイしてる間の体はほとんど寝てるようなものだとは言えさ……
まぁ、それはそれとして、しばらく起きるつもりはないって言うし、とりあえず朝ごはんの下ごしらえだけでもしておこうか。
今寝てるってことは六時間いっぱいやってたわけではないみたいだけど、いつまでプレイしてたかわからないし。
もしかしたら俺が起きるほんの少し前までゲームの世界にいたのかもしれない。
なかなか起きなくてもすぐに起きても、目を覚ましたらさっと出せるように準備しておけば安心だよね。
……と、朝ごはんの準備もおわり、洗濯も終わり、音を経てない程度の掃除も終わり、十一時少し前。
音也はまだ起きない。
せっかく一人でログインしてもいいって言われてるんだし、ちょっと行ってみようかな。
俺だってそろそろ、音也がいなくてもプレイできるようになりたいしね。
一応、音也が残してくれていた書き置きの下に、ログインしてみます、適当に呼んでください、って書き足しておいて。
方法はわからないけど、外からプレイしてる人間に呼びかけることくらいは出来そうだし。
なんだっけ、外部干渉許可? も出してるんだったらなおのこと。
……よくわかってないけど、音也なら何かしら知ってるだろう。
じゃあそういうわけで、いって、きます。
そうしてやってきた、ゲームの中。
ログアウトしたのが町に入って即行だったから、すぐ外にはフィールドが広がっている。
休日のお昼近くだからか、プレイしてる人はそこそこ多いみたい。
見つかって問い詰められたら俺には言い逃れできないから、ハクと小夜には今回はお休みしてもらおう。
タワーの中ならともかく、普通のフィールドに出てくるようなモンスターなら、俺一人でも倒せるし。
さて、どこに行こうか。
行ったことない西……は、みんなで検証するかもしれないし、お楽しみに取っておくことにして。
うーん、やっぱり黒猫さんに会いに行こうかなぁ。
小夜とは違うことはわかってるけど、どうせ囲まれるならかわいいふわふわに囲まれたい。
……そのかわいいふわふわを倒すことになるんだとしても。
人が通らなさそうなところを選んで、ふわふわと浮かびながら奥へ進んでいく。
昨日みたいにモンスターが大量発生したら一人では対処できないかもしれないから、そこからは少し離れたところで。
このゲームでは、マップに自分やパーティメンバーは表示されるけど、敵の場所は出ないみたい。
今は俺一人だし召喚もしてないから、マップに光る点は一つだけだ。
敵の場所が分かったら便利だろうなって思うけど、そんなシステムになっちゃったら索敵とか必要なくなっちゃうもんね。
それとも、索敵のレベルが上がったらマップ上に表示されるようになったりするのかな?
そもそもスキル自体持ってないから今の俺が考えても仕方ないことなんだけど。
そんなことを考えながら、コウモリさんや黒猫さんをばったばったと切り倒していく。
……っていうほどどっちも大きくはないけど、そのあたりは気分の問題だ。
それに、黒猫さんは突拍子もない方向からしっぽのバネで飛び上がってきたりするし、コウモリさんは正真正銘飛んでくるから、反射神経鍛えてるみたいでなんか楽しい。
次はどこから来るかな、とワクワクしながら森を歩いていると。
遠目に、黒い輪を見つけた。
未知のモンスター、ってわけじゃない。
モンスター自体は今までと同じ黒猫さんやコウモリさんだ。
それがぐるりと輪になって、中央の何かを……プレイヤーを、攻撃している。
距離が遠い。
剣の射程範囲なんて以ての外、突進技でも届かないだろう。
俺より瞬発力のあるハクや小夜も、今いない。
となれば。
「ファイア!!」
「ヒール……!」
山火事覚悟で、ついでに言えば音也に怒られること覚悟で、プレイヤーは巻き込まないように輪のこっち半分だけが燃えるように強く念じた火の魔法。
唱えると共に翅を全開で動かして、距離を詰める。
それと重なるようにして、細い少女の声が、なぜか炎と翅の音に負けることなくはっきりと聞こえた。
……ヒール。
ゲーム知識の少ない俺でも、なんとなくわかる。
分かってしまって、思わずその場で足……翅を止めた。
回復技、だ。
……あのプレイヤーは自分を回復できる技を持っていて、だから別に、大量の敵に囲まれても、回復しながらゆっくり倒していけると、そういうことだ。
つまり、その。
「じゃ、邪魔してごめんなさい……!」
「え……っ」
突然の炎にビックリしてたのか、淡い緑のキラキラを纏ったまま動きを止めていたその人がこっちを見た。
俺と音也とお揃い……だと思う、ポンチョのフードで陰のかかった、顔。
美しい人だと、そう思った。
白く煙る雪のような、底の見えない煌く瞳。
白皙の顔を彩る髪もまた純白で、人に踏み荒らされることがない山奥の新雪のようで。
立ち尽くした俺を動かしたのは、当の少女の声だった。
「助けてください……!」
「すみません、ありがとうございます……。」
「いえ、その、こちらこそ、ごめんなさい。」
輪になっていた黒猫さんたちを皆やっつけた後。
モンスターが出てきたらすぐにわかるように、木の少ないところに移動して、俺たちは改めて頭を下げていた。
幸い、と言っていいのか、目の前のプレイヤーは持久戦を挑んでいたわけじゃなかったらしく。
なまじ回復技を使えてしまうから逃げ続けていたら、あんなに数が膨れ上がってしまって途方に暮れていたところだったんです、とか細い声で教えてくれた。
内心、これも音也たちが言ってたトレインってやつになるのかなとか考えながら、助けになれたなら良かったと頷いて見せる。
「あの、今更ですけど、私、シャロンと、言います。そちらは……?」
「あ、えっと、クオンです。あと、その、ごめんなさい男です、こんな見た目だけど。」
「あ、そうだったん、ですね。すみません私てっきり女性の方だと、綺麗な髪だったので、つい。」
「いえ、あの、えぇと、女性の振りをして近付こうとか、そういうつもりはなかったんですけど、言うの遅くなっちゃってごめんなさい。」
なにせアマレットさんのことがあるから。
もし勘違いさせてしまったままだったら、後々申し訳ないことになるかもしれないし。
「そうだ、シャロンさん。」
「は、はい、クオンさん。」
「フレンド申請、とか、送ってもいいですか?」
「いいんですか……? 嬉しいです。」
ぱっと、顔が明るくなった、ような気がする。
それにちょっとだけ安心して、俺はどうにか迷うことなくフレンド申請をシャロンさんに送った。
すぐに受諾されましたってメッセージに変わって、フレンド欄にシャロンさんの名前が増える。
「ありがとうございます、私、フレンド初めてで。」
「そう、なんですか? ずっと、一人で?」
「はい。このゲームを勧めてくれた人がいて、どこかにいるとは思うんですけど、まだ出会えてなくて。」
ゲーム自体あんまりやらないので、さっきみたいにどんくさいことしちゃったりして、と困ったように笑う。
俺も、音也がいなかったら絶対に同じ……か、それ以上にひどいことになってる自信がある。
慣れない環境で独りぼっちって、なんか不安だし、せっかく、だから。
「じゃあ、よかったら、ちょっと一緒にプレイしませんか。」
相変わらず書き留めはないので、今後土曜日に必ず投稿とはなりません……申し訳ありません。