和平会談の席で(作:葵生りん)
その大陸は、星の形をしていた。
太古の昔、神々はその大陸の北の刺にエルフ、西に獣人、東に有翼人、南西にドワーフ、南東に竜人、そして中央に人間に与え、それぞれの領土を治めるように告げたと言う。
けれどそれから幾星霜の時が流れ、領土を広めようと画策する獣人と竜人、守りを固める人間、機をうかがうドワーフと、沈黙を守るエルフと有翼人がそれぞれ対立と共闘を繰り返すようになる。
そして数百年に及ぶ小競り合いに終止符を打たんとして、今、和平会談が行われようとしていた――。
「揃ったようだな」
重厚な声音は空気に沈むように消えゆく。
声の主――白銀の鎧を纏った人間の王ドゥーガが見回した席はしんと静まりかえり、互いに顔を見合わせたり卓についた顔ぶれを確認する。
隣ではドゥーガの息子とは思えぬ華奢で頼りなげな青年ユウェルが居心地悪そうに何度も椅子に座り直す。
尖った耳と金色の髪、新緑の瞳を持つエルフの族長代理にしてたおやかな若き姫君、サーシャは緊張した面もちながらもしっかりと会議の行く末を見守る覚悟で座している。海老のように背中の曲がった元老エルデステリオはその隣に悠然と侍る。
さらにその隣では人と獣の姿を併せ持つ獣人の王――紅の鎧を纏った巨大な獅子――オグルーヴが眉一つ動かさずにドゥーガを睨んでいる。そして彼の側に仕える軍服を着崩した山猫の獣人女騎士キシャラは、オグルーヴに意味深な流し目を送る。
さらにそのもうひとつ隣には、角のついた兜を目深に被り地に着きそうな長い髭を蓄えているために表情の伺えないドワーフの長、ワース。
しかし、その隣からドゥーガへと戻る椅子はすべて空席だった。
「お高くとまった有翼人のテオドールと野蛮な竜人族のヴァルザインが揃ってネェが?」
「和平の席でそのような発言はふさわしくないのではございませんか?」
垂れるほど長い白眉を右側だけひょいと上げ、ぎょろりとした目を除かせたワースが言うと、サーシャが見た目に似合わず鋭く言を投げた。
途端にオグルーヴの咆哮にも似た豪快な笑い声が上がり、キシャラがにたにたと笑う。
「なぁにワース様のアレはご挨拶よん、深い森の奥に住まう引きこもりエルフのお姫サマ♪」
「……それはつまり、あなたの言は本意と言う意味でしょうか?」
「姫様」
エルデステリオに諫められ閉口したものの、サーシャはキシャラに鋭い視線を送り続け、キシャラは涼しげにそれを受け流す。
「ヴァルザイン殿は本日体調が優れないため欠席との使者が」
「フフン、頑丈が取り柄の竜人が体調不良なんてフザケてるとしか思えネェわな」
ユウェルの報告をワースが茶化し、サーシャはワースを睨んだ。
「ヴァルザイン殿の代理はいらゃっしゃらないのですか?」
「……それが……代理も、体調が優れないと――」
「ガッハッハ、なら今からこの3国で竜人国を攻めて仲良く山分けするのはどうだ?」
腹を抱えて椅子から転げ落ちんばかりに爆笑するワースと、助け船のつもりがなおさら深みにハマったと落胆の溜息を落とすサーシャを見たユウェルは恥入って俯くことしかできなかった。
「お話が違います。わたくしは全ての国が神の示したあるべき姿を約束するための会談と聞いたからこの場に参じたのです!」
「まぁそういきりたちますな、エルフの姫君」
鷹揚に声をかけたのはオグルーヴ。
「それで、テオドール殿の方は?」
「はい。それが……我らは俗世には関わらぬとのお返事をいただきまして……」
静かに問われ、ようやくユウェルは辿々しい会務報告を終えて息をついた。
「そう、つまりこれで本日の会談はこれで全員ということだ」
ドゥーガは重い口を開き、そしてゆっくりと立ち上がった。ひらりと外套を翻し、開始を宣言する前に悠然とグラスの水に口を付け――
「…………っ!?」
「―――父上っ!?」
すぐさま水を吐き出し、背中を曲げたドゥーガに駆け寄ろうとするユウェルの耳の横を風切り音が掠めた。
ドッ、という重い音に、サーシャの甲高い悲鳴が重なる。
首を貫通した一本の矢。
矢をかきむしろうと伸ばされた腕が届く前に、ガシャリと重い鎧が崩れ落ちる音が響いて、力なくその肢体が投げ出される。
「ドゥーガ殿っ!!」
「誰か! 曲者を探し出して捕らえよ!!」
立ち尽くしているユウェルに代わりサーシャが駆け寄り、オグルーヴが即座に指示を出す。それに従い、一部の人間の騎士達が駆けていく。
「キシャラ、おまえも行け! 身軽なおまえならばどんな賊も捕らえられよう」
「嫌です。キシャラはオグルーヴ様の御身をお守りするためにここにいるのですから」
キシャラは剣を握りながらもさらりと答えた。
素早くめぐらせた視界のどこにも、もはや曲者は見あたらない。
だが、各国の代表が集まる席だ。他にも刺客と標的がいないとも限らなかった。
「くっ、ではせめてここにいる要人にこれ以上手を出させるな!」
「はい。オグルーヴ様のついでになら、ですが」
ぐっと息をのんだオグルーヴが惨劇に視線を戻す。
立ち尽くし、震えたままのユウェル。
必死に治療を試みるエルフの姫と元老。
そしていかにも野次馬といった風に覗き見るワース。
しかしやがて、サーシャは唇を噛みしめてゆるゆると首を振った。ぽろぽろと零れ落ちる涙を治療のために血に濡れた手で拭ったがために、可憐な美貌が血に汚れる。
「んん? ちょっと待て。この矢は――」
唐突に、ワースはエルデステリオを押しのけた。
屈んだときにできる鎧の継ぎ目を寸分の狂いもなく打ち抜いたのは、一本の繊細な矢。
「これはエルフの技で作られた矢じゃネェのか?」
「そんな……っ!」
「古くからエルフには弓の名手が多いしナァ」
反論しようとしたサーシャは、しかし間違いなく門外不出のエルフの秘技で作られた矢である事実を覆せる言葉を持たず、閉口する。
「これは陰謀だ! どうせ貴様等薄汚いドワーフが我らエルフに罪を着せようと謀ったのであろう!」
「あぁ? なんの根拠があってオレ達に言いがかりつけるんだァ!?」
言い争うエルデステリオとワースの足下で、クシャリと音がする。
「あ~ぁ、割っちゃったねぇ。グラス」
そうキシャラが冷ややかに呟いたとおり、射られる前にドゥーガが口をつけたグラスがワースの足下で粉々に砕けていた。
あの時のドゥーガの様子からして、水かグラスに何か仕掛けられていた可能性は高いのに、水は血と混ざりグラスは粉々となってしまった。
「やはりドワーフの仕業だ! どさくさに紛れて証拠の隠滅を謀ったのであろうが!」
「わざとじゃねぇよ! おまえが妙な因縁つけなきゃ俺様だってナァ――ッ!」
「エルデステリオ、おやめなさい」
サーシャは激しく言い争うエルデステリオとワースの仲裁に入るが一向に収まる気配はなく、ユウェルは青い顔で立ち尽くしたままだ。
「オグルーヴ様、いかがいたしましょうか?」
「ウム……」
ゆらりと尻尾を揺らしたキシャラに問われ、オグルーヴは低く唸った。
登場人物が多いので、ソロ担当者はキャラではなく各種族を担当していただきたいと思います。
《人間》
人間の王・ドゥーガ
その息子・ユウェル
《獣人》
獣人の国の獅子王・オグルーヴ
山猫の女騎士・キシャラ
《エルフ》
エルフの姫・サーシャ
エルフの元老・エルデステリオ
《ドワーフ》
ドワーフ族長・ワース
そして希望者がいれば、ですがとても自由度の高い2種族も。
《有翼人》
有翼人族長・テオドール
《竜人》
竜人族長・ヴァルザイン
以上、4~6人のソロ担当者募集です!!