私の好きなもの
「きゃろ!」
じゃらもんちゃんは嬉しそうに触手をゆらゆらと揺らす。先程まで意識が奪われていたせいで私は彼女に対して何も言わなかった。だが、ようやく口を開いて対面してくれた事に彼女は喜んでいるのだろう。
「よかったん、きこえてないんかとしんぱいしてたんじゃ!…あ!でもおっきなうさぎさんのみみがついてるんだし、みみはいいのか!」
「じゃらもんちゃん」
「ん?なにごと?」
私はハァと小さく溜め息をつく。そして、純真な目で次の言葉を待つ彼女に、私は言った。
「私ね…皆んなの事が好きなの」
「みんな?だれ?」
「皆んなは皆んなだよ。この世界に生きる人達にはそれぞれの考え方があって、視点があって、大切なものがあって、嫌いなものもある。私はまだ何も無いただの女の子だから、そうやって皆んなの気持ちに触れるのが好きなの」
そう言うと、私の腕付近で漂う闇、キッズさんが声を出す。
「ずっと理解出来なかった。お前はまさか…そんなものが理由で、ぼくを見逃そうとした上にあの化け物から命を救ったのか…?」
「うん」
「はぁぁぁ…?ふざけんなよ。そんな綺麗事が通用する程世界は…!」
「世界が何?それってそんなに強大なものなの?」
「は…?」
「私は人の気持ちに触れるのが好き。そして、笑顔が好き。…当たり前にあったテト達の笑顔も、本当は簡単には取り戻せないような大事なものだったんだって知ったから。だから…」
腕を振るうと、手元の闇はチネチさんを閉じ込めるシャボン玉の中へと吸い込まれて行った。あのシャボン玉には私の魔力が籠っている、そう簡単に脱出する事は出来ない。
そうして何かを気にする必要もなくなった私は軽い準備運動をした。そして、じゃらもんちゃんの方を見る。
「だから…笑顔を奪うような事象を私は許さない。この感情が綺麗事なのだとしても、私は我儘だから…世界が綺麗事を拒むなら、私は世界よりも強くなってやる」
「わちゃもえがおはすき!だからきゃろ、ゆめつれそうをひろめよう!わちゃらならできるばい!」
「嫌だよ、じゃらもんちゃん」
「…どして?」
「言ったでしょ?私は人の心に触れるのが好きなの。ユメツレソウを使って思考を奪えばそれはもう、人じゃない。ただの人形だよ」
「でも!ひとはわるいこといっぱいかんがえるもん!やだもん!わちゃはそれをゆるせない!」
「だから私は人の心を知りたいの。きっと、そうなったのには理由がある筈だから。…途方もない、傲慢な考えだけど…私は誰一人見捨てたくなんかない!」
そう声を大に叫ぶ私に、シャボン玉の中のチネチさんは溜め息をついた。しかしその後、面白がるような声を出す。
「やっぱり、頑固なとこはビレッジの娘だな…」
「あの餓鬼は何なんだ…?この研究所に落ちてきた時よりも得体のしれない迫力がある…!」
「キッズ、まだ分からねぇのかよ?」
「あ…?なんだよその口の利き方は、カタツムリの分際が」
「分からねぇなら、ちゃんと見ておけ。…それか、探求するのが怖くなったか?知的好奇心の塊みたいなお前が、アイツの事を」
「ッ…!」
得体の知れない迫力、その意味を私は理解している。ずっと…私は自分が何者かを知らなかった。結果、私は獣人だった。本能により理性を失いもした。だが…この胸に光るペンダントが、本能よりも大切なものを思い出させてくれた。
私の欲望、そして願いは…破壊を求める本能なんかより、ずっとずっと大きいのだ。それを、私は自覚した。よって…私はようやく、『自分』になれたのだ。
「じゃらもんちゃん。私はね、あなたの事も助けたい。絶対守るって約束もしたんだから」
「うー…!」
じゃらもんちゃんは唸り声を出すと、苛立ったように触手を地面に叩き付けた。するとその結果、床が割れて破片が飛び散る。
「きゃろもそうだ!むらのみんなはわちゃのことをへんなやつっていってた!わたしがへんだから、きゃろはたすけたいっていうんだ!みんなわちゃのことをみとめてくれない!」
「変?変じゃない人って、例えば誰の事?」
「んえ?」
「誰かがあいつは変だって言って仲間外れにしたら、それに同調するのが変じゃない人?皆んなと全く同じ事をするのが変じゃない人?…もしかしたらそういう人が大半なのかもしれないけど、私はそれが変だと思うな」
「…どういういみ?」
「さっきも言ったように、人には皆んな自分の視点や考え方があるんだよ。それを変だって否定するのはちょっとおかしいよ。誰かと違うから、何?」
「わちゃがひていされたのはわちゃがおかしかったからなのよ!わちゃやきっずはもうどうしようもない、てにおえないそんざいなの!だからとめたいならころしてよ!」
「それはじゃらもんちゃんの視点。そして、私の視点から見ればまだじゃらもんちゃんを助けられる。…人の考え方を否定したくはないけど、それが自分や誰かを傷付けるものなら否定しなくちゃいけないから。だから私はじゃらもんちゃんを助ける」
「うー…うー…?うぅー!あーもう!きゃろのばかぽんたん!」
強情な私に痺れを切らしたのか、じゃらもんちゃんはこちらへと駆け寄った。ひらひらと揺れる触手の数々。あのクリさんの肉体を使っている以上、少しでも油断すれば一瞬で深手を負ってしまう。それに加えじゃらもんちゃんは他者の命を奪う力を持っているのだ。下手に近寄れば死は免れない。
ならば、命を交換すればいい。
「しんじゃえ!きゃろー!」
じゃらもんちゃんは直線的な動きで触手を振り下ろしてくる。恐らく、蛸の身体に慣れていないのだろう。そもそもクリさんの力を持ってすれば直線的だろうとあまりの速さに避けるのは難しいだろうが、獣人である事を受け入れた今の私ならば目で追える。
スパンッ!という音と共に、振り下ろされた触手とそれを受け止める私のハイキックが重なる。その状態にじゃらもんちゃんはニィと笑みを浮かべた。
「かかったなきゃろ!いのちをうばうぜ!」
「『タグ』」
次の瞬間、私とじゃらもんちゃんの肉体が入れ替わった。彼女が私を死に至せる力を持ったとしても、その対象が自分と入れ替わってしまえばどうにもならない。命を奪うという行動の対象が不死のじゃらもんちゃんとなってしまい、不発に終わってしまうからだ。
そして突然入れ替わった事に混乱する私の…いや、私の身体を得たじゃらもんちゃんの足に触手を纏わせる。
「えいっ」
「わぁっほ!?」
握ったじゃらもんちゃんの足を振り回し、遠心力によって後方へと彼女を投げ飛ばした。じゃらもんちゃんはごろごろと地面を転がり、止まる。その後彼女はムスッとした表情を浮かべながら立ち上がった。
「あーもうびっくりしたぽよ!ごろごろしとってめがまわりんこよ!」
「ふふっ、楽しいもんでしょ?私もね、昔は村でよく草むらの上を友達と転がったりしたんだよ。ユメツレソウがクッションになって全然痛くなかったでしょ?」
「んー、そうね!はっ!そんなことはどうでもいいのよ!きゃろ、おぬしをせいばいするんじゃ〜!」
じゃらもんちゃんはクラウチングスタートの構えを取ると、またもや一直線にこちらへ向かって走り出してきた。やはり獣人の身体なだけあって、相変わらず素早い。だがしかし、いくら強くても動きが直線的ならば対処は簡単だ。
触手のうち一本を保護色で壁やユメツレソウと同化させる。相手がこちらをよく観察していれば保護色の瞬間が見えただろうが、向かってくるのは注意散漫なじゃらもんちゃんだ。彼女は触手の存在に気付かずに足が引っかかり、勢いよく空中に放り出された。
「おわ〜!」
頭上を飛んでいくじゃらもんちゃん。私は急いで飛んでいく彼女の腹部に数本の触手を巻き付けた。そしてそのまま全身を使って回転を加える。
「あわわわわ!すごいはやさだびゃ!」
「もっともっと早くするよ!目を回さないようにね!」
「わーっほい!はやいぞはやいぜ〜!」
両手を広げて流れに身を任せるじゃらもんちゃん、そしてクリさんの長い触手を利用して大きな遠心力を生み出す私。そんな私達の姿が滑稽に映ったのかシャボン玉の中のキッズさんは困惑したような声を漏らした。
「あれ…何やってるんだ?」
そんな疑問に隣のチネチさんが渇いたように笑う。
「見たら分かるだろ?遊んでるのさ」
「…戦う流れだろうが」
「『格の違い』だな」
「あ…?」
「勇気や力が必要だが、戦う事は誰にだって出来る。だがアイツは敵と遊んでいる。あのじゃらもんとかいう化け物の動きと性格を見切らなければ出来ない芸当だ。不死であり他者の命を簡単に奪える怪物に、勝っているんだ」
「はぁ…?くだらねぇ…なんだよそれ」
「羨ましいか?」
その言葉にキッズさんは吃る。突然言われた言葉の意味が理解出来ず、何と返せばいいのか分からずに思考が止まっているのだ。そんなキッズさんらしからぬ反応が面白く感じたのかチネチさんは鼻を鳴らす。
「『自分もああやって純粋に遊べれたら』、そんな顔をしてたぜ」
「…今のぼくは闇なんだから、顔も何もないだろ」
「ふっ、勘だ」
そんな彼らの言葉に耳を傾けていた私だが、目の前のじゃらもんちゃんの楽しそうな声が彼らの会話を上書きした。
「きゃろー!もっとはやくしてもいいよ!」
私が今遊んでいる子は化け物じゃない。彼女の父が言っていた邪魔者でも、村の者達が言っていたような異常者でもない。純粋に笑う事が出来るただの可愛い女の子だ。
だから…
「…あなたとは、決着を付けないとね」
私は視線をじゃらもんちゃんから外し、横目で何も無い空間を見やる。…いや、先程までは何も無かった、と言うのが正しいか。
そこに立つ『枯れた植物のような姿をしたじゃらもんちゃん』を見て、私は持っていたじゃらもんちゃんを静かに床に降ろした。
「ちゃんと、あなたとも向き合わないと。…じゃらもんちゃんの苦しみの集合体とも言えるあなたと」
そう言うと、もう一人のじゃらもんちゃんは静かに口角を上げた。前髪が目にかかり、光を失った目で不気味に笑う少女は私に向けて歯を見せる。
「はは…ははは…」
次の瞬間、私の姿をしたじゃらもんちゃんが倒れた。




