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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
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白の若人

「私が…もう一人?」


困惑するアセツと、何も言わずに佇むアセツ。二人を見比べてみるがやはり見れば見る程そっくりだ。…だが、違う所もある。それはロディにしか見る事の出来ない『魂の色』だ。本物のアセツは透き通るような水色、だがここに居るもう一人のアセツの魂は安らぎと力強さを両立したような緑色だ。


…そう、そしてチャシも全く同じ色の魂を持っていた。チラリと先程までチャシが倒れていた場所を横目で見てみるが、彼の姿は何処にも無い。そこから導き出される答えは…突如現れたもう一人のアセツこそがチャシであるという事だ。


「アセツゥ、気を付けてぇ〜。あれはチャシが進化した姿だよぉ〜」


「進化…?あれが?」


「追い詰められたという危機感がチャシの姿を変えたんだぁ〜。吸血鬼は血と肉を好む怪物、そしてぇ〜…さっき君がチャシに食べられてた時に摂取した血と肉と、僅かに脳内に残っていた君との思い出というデータが重なったんだぁ〜。理性が無いから、直感的にそれを大事な情報と認識したのかもぉ〜」


「それって…チャシはまだ、私の事を覚えてるって事?」


「データとして脳内にあるだけでぇ、覚えてるかって言われたら微妙だねぇ。君だって自分が赤ちゃんの頃の事なんて思い出せないでしょぉ?」


「…そっか。それじゃあもう一つ疑問。何でわざわざ私の姿に?」


「ん〜、君に対して『敵わない』って感じた過去でもあったんじゃないのぉ?」


「敵わない…?私もチャシも得意分野は違うし、互いにそう感じる事はそりゃあるだろうけど」


「じゃあ…例えばぁ、本能的に屈服した記憶とかはぁ?」


「本能的に…?」


そんな議論を交わしていると、ロディはある事に気が付いた。


「気を付けて。チャシが動くよぉ」


そのロディの言葉に釣られてアセツもチャシの方を向く。するとチャシは落ち着いた様子で左腕を上げた。その様子に彼が『魔法』を使おうとしているのだと理解する。


「来るよぉ〜」


「どんな魔法が…って、え…?」


ロディは彼がアセツの得意魔法、氷の魔法を使うと想像していた。アセツの姿になったのならそうしてくるときっとアセツ自身も思っていた筈だ。だが実際は違った。


ホール状のこの広い部屋に無数の影が浮かんでくる。その影はそれぞれ形も違えば大きさも違う、多種多様な物体達であった。そしてその物体達が放つ香りは実に魅惑的で、胸の中にある欲望というものを刺激した。


そんな無数の物体を見て何かに気が付いたのか、アセツは目を見開いた。


「これ…私が……」


肉料理、野菜、パン、魚、粉物等様々な種類の料理が空中に幾つも浮かんでいたのだ。どれも人間以上のサイズ感のものではあるが、どれも程良く湯気が立っており実に美味そうだ。だが…アセツの反応はロディとは違った。


「これ全部…私がチャシに作ってあげたお弁当の中身…?」


食欲、それは生物なら誰しもが持っている欲望。そんな彼の欲望を満たしていたのは当時のアセツであった。よって彼にとっては本能を満たしてくれる存在がアセツであり、彼女無しでは生きられない程にその存在は大きくなっていたのだろう。それこそが、本能的に屈服するというものだ。


そして…繰り返しアセツの肉体を食す中でその古の記憶が呼び起こされたのだ。吸血鬼はいくら捕食を繰り返しても満たされる事は無い。だが記憶の中にあった食事の数々は自身を芯の底から満足させてくれたのだ。その想いこそが形となり魔法に昇華したのだ。


そのような過程を立てたロディはアセツに呼びかける。


「この魔法はロディじゃ対応出来ないかもぉ!アセツ、君に託されたよぉ〜」


「私に?…そうか」


彼女は宙に浮かぶ食べ物達を見つめた。


「今のチャシの中にあるのは食欲だけ。けど魔法を使うには想いが必要。となると…想いが欠如したチャシは『味覚』を頼りに魔法を扱っている可能性が高い。味だって、言い換えればどう感じたかという想いになる訳だし」


「そういう事だよぉ。そしてぇ、あの数々の料理の味を一番よく知ってるのはぁ〜?」


「私って訳だね」


アセツはごくりと喉を鳴らす。するとほぼ同時期にアセツの姿のチャシが宙に飛び上がった。


「シアガレェェェェェエ!!!」


彼は宙に浮かんだ焼いた鶏肉、ソースのかかったレタス、そして焼きとうもろこしを半分噛みちぎると、残りの半分を蹴りこちらへと飛ばしてきた。食べ物で遊ぶな!と言いたいが自分達より遥かに大きなあの食べ物がチャシの脚力で飛んでくるとなればそれどころではない。


「アセツぅ、分かってると思うけど食べ物の周りには攻撃や防御の魔法を封じる結界魔法が貼られてるからねぇ〜?折角のご馳走を壊されたくないっていう気持ちの代物かなぁ〜」


「静かに!…今集中してるから」


アセツは冷や汗を流しながら瞳を閉じ、両手を前に突き出した。そして空気の流れが変わったと感じたその瞬間にこちらへと飛んでくる食べ物達は空中で完全に消滅したのだった。…たった一つを除いては。


「ぐっ…!?」


焼きとうもろこしの芯、それだけは消せずにアセツの左腕へと直撃した。幸いにも魔法で殆ど消滅させた事により芯は小さくなっていたため重傷にはならなかったが、彼女の腕には火傷の跡が残った。


「大丈夫ぅ〜?」


「あの魔法は…味で出来ている。甘味、塩味、苦味、酸味、渋味、辛味とそれぞれに対応した形をした魔力が混ざり合い、あの宙に浮かぶ食べ物を形成しているんだ。だから私はその味を知ってるからこそパズルのように食べ物の内側にある魔力を解く事で消滅させれたんだけど…けどとうもろこしの芯の味なんて分からないから失敗しちゃった」


「ともかくぅ、あの食べ物達をどうにか出来るのは君だけなんだから任せたよぉ〜」


「守りは任せて。…だから、攻めは君に頼んだよ」


「こちらこそ任せてぇ〜」


チャシはまたもや食事を続け、その最中にこちらへと食べ物の破片を飛ばしてくる。基本的に向こうからの攻撃にアセツが対象しているので問題はないのだが…どちらかと言えばチャシ自身の方が問題であった。


先程から供述している通りチャシの姿はアセツのものとなっている。だが、その姿にも変化が現れ始めているのだ。肉食獣を思わせるような鋭い犬歯、熊のような太い爪、コウモリのように見える黒い羽、血が通っていないのかと思ってしまう程に血色の悪い肌の色。食べ物を食べれば食べる程色濃くなるそれらの特徴に、チャシの姿がどんどんと吸血鬼のそれに近付いている事に気が付いた。


そして吸血鬼のようになったのは見た目だけでなく、その内面的な獰猛さも同様であった。彼が視線をやると触れること無くその視線の先にあった生トマトが破裂し、辺りに赤いトマトの汁が飛び散る。そんな汁に紛れ、彼は死角からロディ達に距離を詰めていた。


「ソマツサァァァァア!!!」


叫び声と共にトマト汁の中からチャシの鋭い爪が飛び出してきた。守りの要であるアセツを守ろうとロディは彼女の前に飛び出し、その筋肉質な太い腕でチャシの爪を受け止めた。だが…この頑丈な肉体であっても深々と刺さるその爪の鋭利さ、そして何よりチャシの腕力にロディは目を細めた。


「びっくりしたけどぉ〜、お返しだよぉ〜」


ロディは拳を握り、先程地面にヒビを入れた恐るべき拳を振るった。避けようにもこの至近距離、しかも爪が深く刺さっている事によりそう簡単に離れる事は出来ない。ロディの拳はアセツの姿をしたチャシの眼前にまで迫る。


だが…思わず声を漏らしてしまう程の激痛と共に、ロディの腕は止まった。


「これは…」


ロディの腕には『四十』の爪が食いこんでいた。その爪が何処から来たものなのかと言うと、当然チャシだ。だが、アセツの姿となったチャシではない。正真正銘、チャシの姿をしたチャシが両手の爪を食い込ませてロディの攻撃を防いでいたのだ。


そう…今ロディの周りにはチャシが五人居る。アセツ化したチャシ、言わば本体。そしてそんな本体の頭部、肩、腰、足首から四人のチャシがまるで根っこかのように突然生えてきたのだ。その結果本体が動くまでもなく、ロディの動きは四人によって封じられた。


そんなロディに向けて上空から三つの物体が接近してくる。シチュー、ステーキ、サラダ。押し潰そうと迫り来るそれらの物体はロディに触れる直前に光となって消えた。


「カバーする!」


魔力を操作しロディに迫っていた食べ物を消滅させたアセツ。そんな彼女はロディを解放しようとチャシに自身の掌を向ける。


「『ムーンライトカッター』」


アセツが手を横にスライドさせると、彼女の掌から三日月のような形をした光が放たれた。その光はブーメランのように弧を描き、本体から生えた四体のチャシをそれぞれ真っ二つに両断する。その結果ロディは身動きが取れるようになったと、そう喜んでいたのも束の間…


一瞬にして、チャシの腹から二十体程のチャシが生えてきた。そんな大勢のチャシの増殖を抑えきれず、そして無数の爪による斬撃を受けきれず、ロディは力無く宙に吹き飛ばされる。


そう…宙に飛ばされてしまったのだ。チャシの魔法により創られた数々の料理が並ぶ、まさに地雷原とも言える空中に。そこにある料理はまるで磁石に吸い寄せられているかのようにロディの方へ迫ってくる。


「これはぁ〜…ちょっとまずいかもぉ」


「だめだ!あの数、一度に対処しきれない…!」


地面にユメツレソウが生えているとは言え、死んでしまえば意味が無い。このとてつもない魔力量によって創られた料理がこの身体に当たればロディは跡形もなく消えてしまうだろう。一発でもまともに食らってしまえば致命傷は避けられない、だからこそあの魔法に対抗出来るアセツの存在は貴重なのだ。


彼女はよくやってくれたが…どうやらロディの方が力不足であったようだ。下に見える二人のアセツを見ながら、ロディはゆっくりと目を細めた。


だが、次の瞬間…ロディの肉体を複数の槍が貫いた。


「え…!?なんで…」


投げられた複数の槍による勢いに、ロディは血液を撒き散らしながら槍と一緒に壁に突き刺さる。霞む視界でふと下を見てみれば滝のように流れる血液、そして…そんな血液の元に弱々しく駆け寄ってくる地底人の皆んなが居た。


「自らが崇めていた精霊を槍で貫くなんて…!こいつらッ…!」


アセツは嫌悪感に満ちた眼差しで地底人の彼らを見る。だがそんな事も意に介さず、彼らは高らかに叫んだ。


「ララ!!!ララ!!!ララ!!!ララ!!!」


その叫び声に、ロディは笑った。


「違うよぉ…皆んなはねぇ、ロディを助けてくれたんだぁ…ゴホッ!はぁ…あの魔法に当たってればそれこそ死んでたからぁ…瀕死で済んで良かったぁ…」


ロディは突き刺さる槍を一本、また一本と抜いていく。最後の一本を抜いた時、壁に宙ぶらりんになっていたロディはそのまま重力に逆らえずに落ちた。だが…そんなロディを、地底人の皆んなは受け止めてくれた。


皆んなの腕の体温を感じながら、ロディはゆっくりと上半身を起こしてチャシの方を見る。


「ロディは命を繋げる精霊だからねぇ…皆んな、覚悟が出来てるみたいなんだぁ…」


「な、何をしようとして…」


次の瞬間、ロディを含む地底人の皆んなは白く輝き始めた。その姿をはっきりと視認出来ないぐらいに発光する彼らにアセツは混乱する。だが、当の本人である地底人の皆んなは落ち着き払っていた。


「ロディは物理的に命を繋げるってぇ…さっき言ったよねぇ…?ロディの命は消えかけてるからぁ…ほんの少しの間だけぇ、皆んなの命を借りるよぉ…」


そして…光が消えた時、そこには地底人達の姿は無かった。いや、地底人だけではない。アセツやチャシから見ればきっと、ロディの姿さえ無かったであろう。


彼らからすればそこに立っていたのはきっと…民族衣装のような露出の多い服を着た、真っ白の筋肉質な肌の見知らぬ人間の若者であるからだ。その若者、ロディは紫色の瞳でチャシを見つめる。


「愛の精霊として、君達を救ってあげなくちゃ」

元々チャシが食べ物の魔法を使う展開を考えていたのですが、どうやら最近食べ物の領域展開が流行っているようで…少し流行に便乗した形になってしまいました。

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