第九話「さらば、ブルクハルト領!」
いよいよ、侯爵領での金策が終わりを迎えます!
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−−帝国暦310年8月1日
すっかり帝国の北方領土も夏めいている。大麦、小麦はすでに収穫が終わり、今はオリーブが鮮やかな緑色の実をつけ始めた。
そしてここ鍛冶屋「フレイム工房」は、開業から3ヶ月にして賑わいを見せ始めている。
「それじゃあリルちゃん俺らの装備の補修頼んだぜ!」
「はーい!」
「リルちゃん、俺の剣どうなってるのかな〜」
「もう、出来上がりは来週だって言ったじゃないですか〜!毎日来ても、剣が早く出来上がったりはしないんですよ!もう!」
「リル殿ホーネット侯爵からの発注の件なのだが・・」
「はい、はい!その件でしたら、必ず納期までには間に合いそうですよ!」
今や、店の表側はリルに任せっきりの状態だ。そしてアイドルとしても、店の看板になっている。リル相手に無理難題を言える客はいないからだ。何故、数ヶ月前まで閑古鳥が鳴いていた店が、これほどの賑わいを見せているかというと、暁の旅団が一役買っていたのだ。
暁の旅団が、黄虎の魔獣を倒した事は瞬く間に町中の噂になった。その中には、ガッシュの斧やロイ爺の大楯が粉砕されたことも大きな話題を呼ぶ要因となっていた。そして、彼らの命を救ったショートソードが、魔獣の皮を切り裂いたことも娯楽が少ない庶民の間では、語り草となって居る。
また、ガッシュが件の鍛冶屋で新しい戦斧を購入し、その後大躍進を見せていた。彼はソロ活動をしながら、他のパーティーに助人として加入しながら活動していた。そして、幾度となく戦斧で窮地を救っていった。大勢の前で、その切れ味が魔獣狩りなどを通して証明されていったのだ。
魔獣の皮は、普通の剣では決して傷をつけられないことが常識だった。その為、ガッシュの活躍は輝きを増した。それが噂となって町中に広がった。これが一つ、フレイム工房の追い風となった。
そしてもう一つ大きな変化があった。
「フレイム、火入れが甘くなっとるぞ!!」
「そうですね、すみません。」
「これだけの仕事量じゃ、二人で回すのは少々きついが此処が正念場じゃぞ!」
「はい、ロイさん!」
そう、フレイム工房には新しい従業員がいた。ドワーフのロイ・アルフレッドである。彼は少し前に、フレイム工房へ訪れ“お主にワシの鍛冶技術の全てを伝授する。だからどうか、わしに虹色鉱石を鍛えさせて欲しい”と頼み込んできたのだった。フレイムは分かっていたかのように、二つ返事で了承した。ただし、一つ条件をつけた。
「大事な話があるとは聞いたが、こんなだだっ広いところに連れてきて、どうしたんじゃ?」
「ロイさん、今から僕がお見せするものを決して口外しないと誓ってください。もし誓っていただけても、お見せした後に信用に値しないと判断した場合。この場で、死んでもらいます。」
冷たい風が二人の間を駆け抜けた、ロイ爺は、フレイムの吸い込まれそうな青い瞳を見つめた。
「うぅむ、お主がこんな時に冗談を言うような性格ではないと思う。その目を見ても、嘘偽りは感じられんな。もしここで、ワシが誓わないと言ったらどうなる?」
「その時は、街までお送りしますよ。もちろん、魔鋼はお譲りできませんし、我が工房にも迎え入れません。」
「なら答えは簡単じゃ。わしは石ころのために国を捨ててまで、此処まできた愚かな男よ!!何を恐れようか!!何を見ようと決して、他言はせん!!雷神トールに誓おうぞ。」
フレイムは、彼の茶色い瞳を見つめた。
「わかりました。信じます。」
フレイムは懐から角笛を取り出して、鳴らした。ロイ爺は、少し拍子抜けしたような表情を見せたが、しばらくすると彼らの頭上に大きな黒い影が現れた。
ドワーフとしての本能なのか、ロイ爺は体の芯から震えがきた。上を見上げるとそこには、漆黒という言葉だけでは言い表せない黒き龍がいたのだ。
「・・・な、なんと言うことじゃ。死ぬ。わしは今日此処で死ぬのだ・・。」
ロイ爺は、死を覚悟してフレイムを見返すと。彼は恐怖の色ひとつ見せないではないか。“どう言うことじゃ、これほどまでの存在を前にして顔色ひとつ変えなんだ。”
黒龍は、旋回して彼らの側に着地した。地面はえぐれ、振動が腹に響く。鼻息で、フレイムの青髪が靡いた。
「人が気持ちよく、鷲狩りに興じていたというに、貴様は本当に間の読めぬ奴よ。・・なんじゃ、このドワーフは・・食って良いのか?」
その一瞥に、ロイ爺は腰を抜かす。
「だめだよ、フリードリッヒ。このドワーフはロイ・アルフレッド。これから僕の仲間になる。君に会わせておこうと思ってね。」
フレイムが何故龍の存在を隠すのか。簡単である、余計な勘ぐりを防ぐ為である。この世界で一個人が龍という武力を持って居る事は、誰でも不安になると言うものだ。その気になれば1時間もかからずに街が地図から消える。その為、国家反逆罪などがアージハルトにまで累が及んでしまうようなことは、是が非でも避けねばならなかった。
こうして、ロイ爺は秘密を共有しフレイム工房へと入ってきた。立場としては、棟梁であり師匠に近い存在だ。それとロイ爺さんは酒をやめた。それもそのはずである、何せ虹色鉱石が見つかりこれまでのやりようのない鬱憤は全てハンマーにぶつけられるためだ。
まぁこうして、フレイム工房は日々フル稼働していた。ロイ爺さんの長年の技術と、虹色鉱石つまり魔鋼との組み合わせは大きな評判を呼び、今では町中の冒険者が装備を新調しに訪れ、ホーネット侯爵も己の正規兵や騎士の装備を頼みに来るほどである。
今まで、地味仕事を押し付けられていたのが、今や周りの鍛冶屋に補修仕事をまわす有様である。
「ふぅ、今日も疲れましたー!」
「はい、お疲れ様です!セバス様からの差し入れで、アイスティーです!」
そう言いながら、リルは先に木製のストローでチューチューと飲んでいた。
「ありがたや〜」
「ジジイみたいだぞ、フレイム。」
「はははは〜」
「フレイム様、お疲れのところ申し訳ありません。」
「うん、どうしました?」
「ボロキアへの移住希望者が現れました。」
「本当ですか!?いや〜嬉しいですね。此処のところ冒険者を中心に、移住希望者が増えて本当に助かりますよ。ボロキアの安全が彼らによって確保されれば、庶民の信用を獲得して彼らも移住希望をしてくれるはずですから。」
「これもフレイム様が、魔獣を倒す対抗手段を浸透させた賜物だと思います。」
「それはわしも同感じゃな。魔獣とはほとんどのものが出くわせば、死を覚悟する相手じゃ。そんな相手に通用する剣があると言うだけで、自信が湧くからの〜」
「さすがフレイムだね!!」
「有難うございます。それではそろそろ、本格的に移住を始めますか。セバス手筈の方をよろしく頼むよ。」
「かしこまりました。フレイム様」
「さぁ、僕達も開拓資金の為にもう一仕事だ!」
「「「おーう!!」」」
−−帝国暦310年12月1日
帝国北方領土は、すっかり冬づいていた。霊峰エーナの見事な冬化粧は、帝国名物の一つでもあり圧巻の一言に尽きる。ブルクハルトの街もスッカリ雪に覆われていた。街の人々は、革靴を履き毛革のコートなどで防寒している。北方領土輸出品の5割が革製品だ。
最近では、フレイム工房の剣を持った冒険者が魔獣狩りに挑み始めたおかげで、ほんの少し魔獣の革製品もびっくりする値段で流通している。そんな成果を出した渦中の人は、ホーネット侯爵邸で食事をしていた。
晩餐のメニューは、紅鹿のローストブルーベリーソース仕立て、冬野菜のスープ、少し柔らかいパン、ホットワインである。
「侯爵家の料理人は、いつも美味しい料理を出してくださいます。」
「ほっほっ此処には何も娯楽が無いからのう。食事だけが楽しみなのよ。それにしても貴様が鍛えた剣、早速大きな話題になっているなぁ。貴様のおかげでわしも先日魔獣狩りに繰り出したものよ。」
フレイムは、侯爵の後方にある暖炉の上に、河熊の首の剥製が飾られていることに気づいていた。
「河熊の魔獣ですか。さすがホーネット閣下、その武名は衰えることを知らないようですね。」
「ほっほっほ、儂は帝国貴族よ。剣が握れなくなるその日まで、現役よ。」
フレイムが、侯爵の長寿を祈って盃を干すと侯爵が本題を話し出した。
「それで、明日にもボロキアに立つそうではないか。」
「はい、閣下の御助力もあり人材も集まりましたので、本来の仕事へ復帰しようかと。」
「ほっ!貴様が我が領へと売った楔は、誠に見事であった。貴様の魔剣を知ったものはもう二度と、かつての鈍を握ろうなどと言うものは居ないであろうな?」
「そのような過分なものではありませんよ。私の剣は、少々切れ味が良いと言うだけです。」
「謙遜するでない。して、今後も魔剣は我が領にも供給してくれるのだろうな?」
「勿論でございます。閣下の後ろ盾があってこそ、ボロキアは事なき平和を享受できると考えております。」
「ならば良い。貴様が、帝国貴族としての矜持を忘れぬ限り、儂の切先がボロキアに向く事はないだろう。」
「感謝します、閣下。」
つつがなく晩餐を終えて、フレイムはセバスが出す馬車で帰っていった。侯爵はその後も、ワインに舌鼓を打っていた。
「今宵も、ご機嫌が良いご様子ですね。閣下。」
「なぁに、若造に此処までしてやられるとは思ってなかったのよ。」
「冒険者ですか。」
「ほっ、お主はよく頭が回る。そうじゃ、奴め我が領民は一人たりとて引き抜いていかんかったわ。公布板の使用許可を出してやったのに関わらずな。冒険者は、我が領民ではない故、引き抜かれたとて文句は言えぬ。しかし、経済面、治安、と言ったものへの壊滅的な打撃は免れぬだろうな。」
「それほどまでのことをされたにも関わらず。魚を大海に逃すのですか?」
「奴を殺せとでも言うのか?」
「まさか。」
「ほっほ、お主はそこまで馬鹿ではないな。奴は、皇族領の代官だ。手を出せば儂の首も危うい。それにな、儂は喜んでおるのだ。」
「喜び・・ですか。」
「そうじゃ、かつてこの北方はあれに荒れていた。反帝国の阿呆どもでな。そこで派遣されたのが儂じゃ。あの頃は実に楽しかったな。歯応えのある敵がいたものよ。」
「あの若者が閣下の好敵手なり得ると、お思いなのですね。」
「ほっほっほっほ!まさしく!奴はこれからメキメキと力をつけて、儂の息の根を止めようとするじゃろう。」
「閣下も、第一皇子派閥をお支えしているはずですが。」
「関係あるまい。奴は北方全てを手中に収めた上で、アージハルトの後ろ盾になるつもりなのよ。ボロス、戦争の支度をしておけ。」
「はっ。」
「血が滾るのう・・貴様のような男こそ帝国貴族に相応しい、フレイム・ロックウェル卿。」
ブルクハルト・ホーネット卿の目は、暖炉の火など生易しく感じるほどの熱を帯びていた。後に、彼らは北の主人をめぐって雌雄を決する時が来る。
フレイムは、馬車の中で先程の会談のことを思い出していた。
「剣が握れなくなる日その日まで現役か・・つまり儂を殺さない限り、私が北の主人には成り得ないと。」
「侯爵閣下がそのようなことを申されたのですか?」
セバスが馬車を御しながら、話しかけてくる。馬車の窓はセバスの後部部分が開いている。
「あぁ、それに帝国貴族としての矜恃を忘れるなとも言われました。」
「それは、早くも宣戦布告ですか。」
「えぇ、あの方は無骨そうに見えて私の腹の中を読み切っているようです。帝国貴族の矜持・・欲しいものは、剣で奪い取る。帝国建国の理念ですから。」
”すぐに戦争にはならないでしょうが、ボロキア開拓を急がなければ。何も敵は侯爵だけではありませんからね
あとは、魔法剣の制作にも取り掛からなければいけない。・・父上、あなたが見捨てた私の魔法剣があなたの魔道を切り捨てる日も遠くありませんよ”
フレイムの胸に秘めた、復讐は決して周りには噯にも出さない。しかし、忘れていたわけではないのだ。