第十話「パーム村再び」
ここからボロキアの開拓が進んでいきます!
お付き合いください!
帝国最北端領土ボロキア、ここはアージハルト・セイント・ヴァルデンの封地であるが、現在はフレイム・ロックウェルが代官として治めている地である。ボロキアはその領土の実に9割が大森林であり、霊峰エーナに至っては、東西に渡って国境に面している程である。
ボロキアの森には、大陸最大級の規模と難度を誇るダンジョン:ヘルゲートが存在し、魔獣が闊歩しまさに魑魅魍魎が跋扈している。それに加えて、西の森には亜人と言われる人の身に獣を宿らす者たちも存在し、東の森には、エルフがいると言われている。
ボロキアは実に帝国国土の3割を占める広さを誇っている。にもかかわらずその全てが、人間の手で開拓することが叶わなかった。大きな理由は、人間の剣では魔獣に抗えなかった事が大きな要因である。そのため”剣聖”を授かった皇太子に、次代皇帝の偉業として開拓することを期待したのだった。しかし、アージハルトはもはや皇太子ではなく一軍人扱いを受ける始末である。実質ボロキアの開拓も、現皇帝は放棄していた。
そんなボロキアを今、フレイムが魔獣を切り裂く魔剣を携えて開拓を始める。彼は予め開拓していた場所を拠点に、開拓を始めていた。木を切り倒し、岩や石を取り除き整地して家屋を建て、井戸を掘り、獣を狩って、飢えを凌いだ。
フレイムはボロキアへの移住希望者の中から、何かしらの能力が秀でている者を自分の直属の部下とした。結果を出した者には、ロックウェル家の従士として迎え入れる用意があると焚き付けていた。従士は上位庶民のようなもので、貴族家の腹心庶民と言ったところだ。彼らの子供もその位を受け継ぐことができる。その代わり、庶民の手本となり続けなければならない。それさえ守り続けば、貴族によって安泰を約束される。
その部下には、面接の末”暁の旅団”全員が加わっていた。ガッシュは衛兵隊長に、クリスは魔道具技師に、ナミは偵察部隊長に、ロイ爺は鍛治長に抜擢された。
「あんたがまさか、ひと所に収まるなんて思わなかったわ。あれだけ何かに縛られるのを嫌がっていた癖に。」
「けっ、それを言うならお前とクリスが結婚した方が驚きだ。いったいいつから乳繰り合ってたんだ?」
「下品ですよ。これだからバカは嫌いなんです。」
「ガッハッハッハ!気付いておらんかったのはお主だけじゃぞ、ガッシュ。ほんとにお主は唐変木じゃのう。しかしまぁ、こうしてまた皆と働けること嬉しく思うぞぃ。」
文官面では、残念ながら人材は得られなかった。現在、ロックウェル領は元赤狼級冒険者暁の旅団4名とフレイムら3名のみである。他にも、面接通過者はいたのだが・・
「それにしてもうちの大将には驚かされたな。」
「えぇ、私なんて思い出しただけで震えがくるわ。今も夢に見るの。クリスが新しい土地で、魔道具研究をさせてくれる所に行きたいって言うから来たけど。あんな光景は二度とごめんだわ。」
「ナミさんそう怖がらないで下さい。悪い事ばかりではありません。逆を言えば、あれほどの力を持った主君を戴けたということですから。」
「まぁ無理もないわい。儂も実際ちびりそうになったからのう。あれほどの存在を前にしたら、誰でもあぁなるわい。」
フレイムは、移住希望者の中から忠誠心がこれから厚くなる者を選びたかった。なぜなら、これから魔法剣を鍛える為に頻繁にフリードリッヒに力を借りることになる。そうなれば、龍の存在をフレイムの腹心となる物たちに隠し通すのは不可能となるためだ。
自分の周りを彷徨く人間の厳選、彼は手っ取り早い方法を取った。ロイ爺にしたことと同じ事である。フリードリッヒと会わせ、誓約を交わした。ある者は、龍を見るや悲鳴をあげて、背中を見せて逃げ出した。そういった者は総じて臆病風に吹かれ、口が軽くなる。その為彼らは、悉くフリードリッヒによって焼き殺された。
そうして残ったのが、その場で腰を抜かし自分の運命を受け入れた彼らのみだったのだ。
彼らは、フレイムとリルが用意した家屋に住み、懸命に自分の仕事に励んでいた。フリードリッヒの存在を知っている彼らは、二度とこの土地からは逃げられない。この土地で骨を埋める覚悟で日々、ロックウェル領の発展のために尽くしている。
フレイムの屋敷は、一番広く屋敷の中心に鍛錬場を設けていた。決して外部からは、覗き見れない構造になっている。そこへナミが、報告にやってきていた。フレイムは、槌を置き作業を中断する。
「フレイム様、報告にあがりました。」
「ナミか、ご苦労様。それで、どうでした?」
「報告します。侯爵領北部周辺の村々を偵察した所、パーム村が冬を越せそうにありませんでした。」
「ん?パーム村は確か君が、河熊の魔獣を譲ってあげた筈だね?」
「はい、おっしゃる通りです。しかしながら、どうやら行商人に安く買い叩かれてしまったようで、予想以上に食料を買えなかったそうです。備蓄していた食料は、全て河熊に食べられてしまいましたから。」
他の村も、パーム村を助けれるほどの余裕は全くない。北方の越冬は、生やさしいものではないのだ。しかし、フレイムはそんな重さを感じさせず、まるで“茶葉を買いに行く”かのような口調で言い放った。
「そっか。なら丁度いいですね。パーム村の村民全てを頂戴しましょう。」
「え?」
フレイムはそう言うと、フリードリッヒを呼び出し、ナミも一緒に背に乗せた。最初はナミが失禁しそうになっていたが、フリードが“儂の背で漏らしたら焼き殺す”という一言で尿意も引っ込んだようだった。
「クァ〜なぜ儂が貴様といるようになってから、馬車馬の如くこき使われなければいけんのだ。」
「そう言う契約だろ。それに、毎日羊をあげてるじゃないか。」
「馬鹿者!羊肉の間違いであろう!儂は、1日3頭は食べたいのだ!!」
「そんな大量の羊がどこにいるって言うんだ。全く、どうせ森でいいもの食べているんだろ?」
「・・フレイム様と、フリードリッヒ様は仲がよろしいの、ですね。」
「あぁ、まぁこれからずーっと一緒にいるわけだし、仲も良くなるよ。」
「おい女。あまり阿呆なことを言うでない。こやつと儂のどこが、仲が良いのじゃ!そう言う間柄は対等で始めて成り立つのよ。こんな青二才、儂がその気になればチリと化すわ!」
「はい、はい。そろそろ、パーム村だよ。あちゃ〜村民がこっちに気づいちゃって、我先に逃げ惑いそうだ。フリード、彼らの村の周りに炎の壁を頼むよ。」
「なんと面倒な。」
フリードは、パーム村から村民を逃さないように炎龍の咆哮によって、旋回しながら炎で円を描いた。雪で埋もれた地面が顔を出し、大量の水蒸気が白煙を上げる。
最悪なことに、パーム村は阿鼻叫喚になっていた。そしてそんな村の中心に、彼らは降り立つ。ナミに関しては、唖然と言った表情だ。それもそのはずで説得役として連れてこられたはずが、これをどうやって説得すればいいのだと言った具合だ。
村民は、混乱しながらも金髪の女性が必死に自分の家に皆を集めていた。数十名の村民は家の中で、あるものは必死に神に祈りを捧げ、ある者は家族を抱きしめ安心させようとし、ある者は失禁していた。
するとそこへ、女性の声が響いた。
「怖がらせてごめんなさい!アリシアさんは、居ますか!!話がしたいだけなの!!ほんとーに御免なさい!!」
ナミなりの説得である。もはや理屈で訴えるなど無理な話ではあったのだ。しばらくすると、家の中から金髪の女性アリシアが出てきた。その様子をフレイムは、肝が据わったいい女だと思った。そしてフリードに何か囁くと、フリードはどこかへ飛び立っていった。
龍もいなくなったことで、村民は多少の落ち着きを取り戻した。ナミはこの機を逃さず、アリシアの元まで駆け寄った。
「ナミさん?!」
「あははは〜アリシアさん。・・その、お久しぶりね!!」
「それは無理がありますよ!!説明してください!!」
「・・龍に乗ってきちゃった。テヘ!」
「殴りますよ?!!」
「そうよね、ごめん。でも私もどう説明したらいいかわからないのよ。とにかく龍の事は忘れて頂戴。そうしないと話が前に進まないの。あとでちゃんと説明するから!ねっ
?」
ナミは、両手をくっ付けて拝み手で謝った。アリシアは追及し足りないようだが、村の恩人という事もあって落ち着いてくれた。
「それでね今日は、私の雇い主から話があってきたのよ。」
「話ですか・・。」
「初めまして、僕はボロキアの領主フレイム・ロックウェルです。」
「き、貴族様ですか?これは大変失礼いたしました。」
アリシアたちを含めた村民たちは、一斉に跪いた。帝国では、貴族に無礼を働くとその場で切られても文句は言えないのだ。
「あぁ、楽にしてください。先程私の龍が無礼を働いてしまった。申し訳ありませんでした。」
フレイムが、そう言って頭を下げると慌てて、アリシアがどうか頭をあげて下さいと困ったようで、ナミにも助け舟を求めた。
「フレイム様、貴方様がそのような態度を取ってはかえってアリシアさんたちが、お辛いですよ。」
「それはわかっている。だが、過ちを正すのも貴族の勤め。己の過ちを正せぬものが、他人を責める事はできないよ。」
その言葉に、村民は“ほへー”といった感心を示していた。帝国貴族はもっと無骨で、威張っているもんだと思っていたのだ。
「大変聞きづらいのですが、先程の龍がロックウェル様のものだと聞こえたのですが・・」
「その事ですか、えぇその通りです。あの龍は私のものです。ですので、皆さんに危害を加える事はありません。ご安心ください。」
「し、信じられない。貴族様は、龍まで従えるのね・・。」
「アリシアさん、気を確かにもって。フレイム様が特別なだけだから。」
「そ、そう。なのね。」
“ぎゅるるるるる”と、村民中のお腹が鳴り響いた。命の心配はないとわかった途端に、飢えが舞い戻って来たのだ。それは、安心感と一緒に襲ってきた為一層空腹が酷く感じられた。
「皆さん、お腹が減っているのですね。それではひとまず食事にいたしましょう。今、運んで来ますので。」
「え?」
遠い空から、唸り声が聞こえてくる。その声を聞けば、多くの生物が木陰へと入り身を隠そうとするだろう。白亜の霊峰エーナを背景に黒い点が見え始め、あっという間に大きな黒い影となる。村民たちは、頭では理解していても、これが自分たちの見る最後の光景になる。そう思わずにはいられない威容を、その龍は誇っていた。口元には、まるまる太った巨大なオスの白鹿を3頭咥えていた。
黒龍は、着地して獲物を地面に放り投げて雄叫びをあげる。そのせいで村民のほとんどが恐怖のあまり、失禁してしまった。その様子を見てフリードは、“グララララッ”と愉快気に笑った。そして彼の顔にフレイムは蹴りを入れ、気絶させた。
「さぁ、気を取り直して食事にしましょう。薪はありますか?ナミさん、捌くのを手伝って下さい。」
「かしこまりました。」
「わ、私も手伝います!」
フレイムは自ら、ナイフを片手に白鹿を捌いた。鹿から臓物を抜き、口から尻にかけて棒を差し込み焚火の上で、ゆっくり回しながらローストさせる。心臓、肝臓は素早くぶつ切りにして刺身で子供達に食べさせた。肺や腎臓などは串に刺し焼いた。胃や腸は、綺麗に水洗いし干す。胃は水筒の加工に使え、腸は弓のいい弦となる。冬の白鹿は、この地域では滅多に食べることのできないご馳走で、捨てるところは角から蹄まで全くないのだ。
肉が焼けると、フレイム自ら切り分け、各自の木皿に装ってやった。皆白い息を吐きながら、肉にかぶりついていた。皆涙し、生きていることに感謝している様子だった。お腹に物が溜まり、村民が落ち着いてきた頃、フレイムが立ち上がり焚き火のそばで、ゆっくりと語り出した。
「改めて、自己紹介させてもらおう。我が名はフレイム・ロックウェル。帝国貴族の士爵である。第一皇子にボロキアの地を任された者。そして、帝国民を庇護する者だ。今日は、皆を我が領地へ保護するべく参った。」
フレイムは、権力者としての振る舞いを取って語り始めた。その言葉を聞くものは、静かに聞き入っていた。龍に乗って現れ、自分達の飢えを満たしてくれた。今までは、そんな貴族は現れなかった彼らにとって、横槍を入れるものなどいなかった。
「皆がこの土地を愛し、代々苦労を重ね開墾した事。帝国貴族として敬意を表したい。しかしだ!あなた方は今困窮している。悪いのは、あなた方ではない。我々貴族だ。この現状を放置してしまっている者だ。過酷な開墾をさせておいて、取るものだけ搾取し、危機に瀕したら我存ぜぬだ。違うか?」
フレイムの声は、やけによく通った。彼の問いかけは、よく響き彼に返ってくる。
「んだけど、貴族に期待するのはもうやめたんだ。」
「んだ、俺の爺ちゃんもそのまた爺ちゃんも自分達のことは自分達でなんとかしてきたんだ。」
「今更、誰かの助けなんて受ける気はしね。死ぬなら、それも仕方のないことだ。」
村の男連中が、口々にそう言い出した。
「その言葉、負け犬の発想だな。」
「「んだと?!」」
「貴様たちは、人事を尽くしたつもりでいるようだが、それはちがう。ただ、諦めたのだ。」
「だったら、だったらどしろって言うんだ!!何代にも渡って、守ってきたこの場所を捨てろとでも言うのか!!?そして、あんたんとこでぬくぬくと、貴族様を崇めて生きていけとでも言うのか?!!」
「あんたそんなこと言ったら殺されちまうよ!!」
「ウルへぇ!!オメェは黙ってろ。どうせ死ぬんだ構うもんか!!・・ハァ、い、今まで、何もしてくれなかったあんたらを、どうやって信じろってんだ。」
フレイムは、決して目を逸らさなかった。今や、村民全てがフレイムの返答を待っている。
「土地がなんだ。貴様達の宝は、土地ではない筈だ。私がこの黒龍にまたがり現れた時。何を一番最初に守ろうとした!!土地か?財か?否!よく見よ、本当の宝とは今も決してその手を離そうとしない子供達のはずだ!!違うか!!!」
「「「うっ!!」」」
「うぅ・・」
「とうちゃん・・」
「かぁたま、泣いてりゅの?」
「・・そうだ。こいつらが、おいら達の宝だ。死なせるわけにはいかねぇ。その為なら、なんだってするってぇもんだ。」
「ならば、私に縋れ!私の手を取り、私の為に働くといい。そうすれば貴様らの子は助かる。理由などそれだけで十分だ。ボロキアの魔獣は決して我が龍には、勝てぬ。全ての脅威から貴様らを守り抜くと、帝国貴族であるこのフレイム・ロックウェルが誓おう!マクニスの名にかけて。明後日、荷物をまとめてボロキアの森まで来い。このナミ・カーロンを案内役として今日ここに置いていく。あちらでの詳しい話は、彼女に聞くと良い。」
こうして、パーム村 村民60名は、ボロキア領民となった。彼らには、整備された土地と家屋が与えられ自作農とされた。作物が実らないこの冬は、ガッシュを筆頭に狩が行われ、肉を食べて冬を越した。彼らには味わった事もない贅沢な越冬であった。何より、魔獣の森で魔獣に出くわさず、ガッシュの武力によってモンスターは退けられ、今までにない平穏を得ることもできた。
彼らに取ってフレイムは、口先だけの貴族ではないことが浸透した。そのうえ命の恩人として彼らの忠誠は、石のように硬くなった。後世において、ロックウェル家を支えた者の多くは家系図を辿れば必ず、パーム村出身者に通ずるとまで言われるようになる。




