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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
116/123

ラピリス湖

 シンクは、ほんのり暗い中、足元に波を立てる、湖の澄み渡る湖面を眺めていた。

 

 サルファディア人にとって、湖とは巨大な水たまりに氷が張った地形で、短すぎる夏の間、氷が一部ひび割れて、極寒の水中に転落する人間が出る危険地帯の事であった。

 シンクにしても実際に、見るのは初めてであるし、波という物の不思議に触れて、彼女は感動を覚えた。

 

 しかし、始め感動した光景では有ったが、今は別の事が彼女の脳裏を埋め尽くしている。


 シンクは困惑していた。

 自分の中に、どうにも不思議な思いを感じるのだ。

 彼女はその原因を探る。


(この国に来てから、どうにも落ち着かないわ。何処へ行っても衝撃を受けてばかり……。今もそうだわ。……きっかけはトルファンだったと思う……。)


 先程話していたトルファンも種族は飛竜と呼ばれ、シンクにしてみれば魔物に分類できる者である。

 

 しかし、常識の差異は兎も角、シンクから見る彼の人格は人間のそれと変わらない様に思えた。

 彼だけではない、旧ベンデルの首都、ゴルドで出会った背に羽を生やした少女アモルや、身体の全てを蛇で覆われたラルヴァ、少し元気が良すぎるグリフォンのバーンズ、皆、シンクの瞳には、個性は違えど同様に”ヒト”として映っていた。  


 そこまでシンクは考えて、思考を止めた。


(今更……よね?)


 シンクは、違うと、考えを否定し首を振った。

 自分は、その様な事に困惑している訳ではない、そう思った。

 

(もっと、一足先に飛んだ所……。)



 シンクはもっと深く、自らの中を探った。


(こことゴルドの違う所よ……。)


 ゴルドにもラルヴァやアモルのような物たちが暮らしていたが、それでも、やはり圧倒的に人間の方が多かったのをシンクは覚えている。

 しかし、このラピリスの街について、その景色は一変した。


 ラピリスの町は、シンクがトルファンの倉庫場から、ちょっと外に出ただけで、そこに居る者達は人間もいた。

 しかし、魔物や、言葉を話していなければ獣と間違えてしまいそうな者が沢山、共に混ざり合って活き活きと生活をしていたのだ。


 

 嬉しかった。



 ここで、シンクは困惑の”種”を見つけた。

 どうして、そんなことを思うのか解らない。


 何故、自分はそれが嬉しいのだ。


 それまで、考えた事も無かったのに、意識すると、体の芯から炎の様に立ち上る感動の暖かさを感じて、シンクは胸を押さえた。

 

 自分の感情が制御できない。

 胸の奥で高鳴る鼓動はいつもよりも、確実に高く早いのだ


 火照った頭では、疑問の答えは出なかった。


(でも、きっとこの思いは悪い物じゃない。)

 

 自らの中に流れる血の記憶が、そう言っている。

 彼女自身も明確には理解できていないが、そんな気がした。


(ふーーーーー。)

 自らを落ち着ける様に、大きく息を吐いて、また、湖を眺めた。

 

(……。)

 激しく燃える感情は、湖に溶け込む様に、ゆっくりと勢いを落ち着かせていった。

 


 雄大で美しい湖に太陽が昇り初めて、湖面が朝焼けに赤く色づき始めた。



(ふーーーーー。)

 もう一度、シンクは息を深く溜めて、ゆっくりと吐き出した。

 

 その瞬間、朝焼けに染まる湖面に触れた風が、シンクの頬を撫でた。


 そんなはずもないのに、それは何処か温かい様に感じられた。

 まだ、高揚が残っているのだろうか。

 

 

 シンクは、暫くその余韻を楽しんで、次いで湖の中央に聳え立つ要塞壁に囲まれた城、城塞ラピリスへと意識を向けた。

 

 街と一体化した巨大な城は、高い壁によって視界を遮られ、上の方しか見えなかった。

 その見える部分でさえ、遥かに高く、つい先ほど薄暗闇の中で見る姿は、大きすぎて少し怖いとすら、シンクは思った。



(どうやったら、水上にあんな大きな物が建てられるのかしら……。ここも、冬になれば湖面が凍って……そうすれば、いずれ建てられるのかしら?)


 実際は、湖すら含め、アニムの力によって、一瞬で産み出されたものである。

 しかし、その様な事をシンクが想像できるはずも無かった。


 ラピリスは、魔法のあるこの世界であっても、常識はずれで、東大寺の大仏やピラミットの様な国家プロジェクト級の労力が求められる建造物であった。


「この国は、まるで異世界ね。」


 このシンクの言葉を”彼”が聴いたらどんな顔をするだろうか。

 しかし、如何に国中を見通す目を持った彼であろうとも、その言葉が耳に届くという事は無く、静かに虚空へと霧散して消え失せた。



「おう。あれが、ラピリスだ。」

「!!」


 突然、後ろから声を掛けられたシンクは、驚いて肩をピクリと跳ね上げた。

 

 シンクは、すぐに誰の行いか気付いて、呆れた様に肩を落とした。

 目を細めて振りむく。

 するとやはり、マーロウと狼たちがすぐ後ろに立っていた。


 シンクの左足に狼の鼻ずらが当たる。

 そちらを見ると、初めはシンクと一緒に付いて来ていたのだが、気付くといなくっていたクロとコクと呼ばれている二匹の狼たちがシンクを見上げて、クオンと鳴いた。

 

 この子達がマーロウを呼んだのかしら、シンクはその様に考えた。

 マーロウの方へと向き直った。


「(急に声を掛けるから)びっくりしたわ。」

 シンクが眉根を寄せ、ねめつけた。

 

 しかし、マーロウにシンクの意思は伝わらなかったのか、それとも、解って気にしていないのか。

 彼は笑いながら話し出した。


「そうだろう? ミコ・サルウェ、第三都市ラピリスは交易と水運の町だ。あの本城を中心に四方、支港街がある……この南ラピリスも、その一つだな。支港街もどんどん広がって行っているから、そのうち輪っか状に繋がって、さらに大きな街になるんじゃないかって言われてるんだ。」


 マーロウは何処か得意げに話した。

 

「ふ~ん……。」


 興味が無いかと言えば、そんなことは無い。

 だが、シンクは敢えて気の無い返事を返した。

 

 マーロウが眉を上げて、シンクを見る。

 それから苦笑いで頭を掻いた。

 

 しかし、マーロウが何か言おうと口を開こうとした時、それよりも早く、シンクは小さく首を振って彼に尋ねた。


 「街なの? 私たちがいる所は関所とか、物を置いておく所とか、そういう感じだと思っていたんだけど?」

 

 マーロウは再び眉を上げた後、ああ、と言った。

 そして、チラリと湖面を見て、狼の様な精悍な顔で、猫の様にニッと笑った。

 それは、彼と、彼の姉が、面白い物を見つけた時に良くする表情であった。


「そうだな。今は、そんな所だ。あれを見てみな。」



 マーロウが、先ほどチラリと視線を送った方を指さした。

 

「ここに運び込まれる荷物って言うのは膨大な量がある。だが、勿論、それら全てをここらの住人で使う訳じゃない。」


 シンクが、マーロウの指さす方を見ると、木製と思われる大きな船が2艘、すっと近づいて横づけに並んだ所であった。


 一艘は青い旗を付けた船で、もう一層は赤い旗を付けた船。

 

 シンクがじっと船の様子を見ていると、互いの船乗りたちが、自らの船に付いている先ほどの旗を降ろすと、青は赤へ、赤は青へ、相手の旗の色へと交換し始めた。

 

「?」


 そして、それが素早く終えられると、船乗り自身たちも船を互いに乗り換える。

 それから船長と思しき二人を残して、各乗組員たちは、倉庫になっているのであろう船倉へと姿を消していった。

 


 シンクは不満そうにマーロウを見た。

「何が何だかさっぱりよ。船と言う物がある事は、学んで知っているわ。でも、サルファディアには運河は無いの。説明して頂戴?」


 マーロウは笑顔のまま答えた。

「オックルとトロクルアだ。この辺りに伝わっている聖獣の名がつけられた船で、風を歩む狐オックルと、大地を泳ぐカワウソのトロクルア。他にレンテイとヒョーゲンがある。」


 シンクは再び船の方へと視線を向けた。


「同じ形よね? それに、船を交換していたわ。」


「実際同じだ。」

 マーロウは面白そうに話す。


「東へ行く船は全部オックルと呼ばれ、南はトロクルア、北はヒョーゲン、西はレンテイ。例えば、東はアニス河を使う航路で、ここは急流で有名だ。慣れた船乗りが要るし、他の航路もそれぞれ事情があるわけだ。だから、それぞれの航路に専門の船乗りたちが居て……今、お前も見ただろう? 東に贈る荷物と、南に贈る荷物を一つの船にまとめて、船ごと纏めて交換していたという訳だ。まあ、それらとは別に、空路で運んでいるトルファン達はまた、特殊だけどな。」

 

 シンクはそれを感心したように聞いていた。

 土地柄もあるが、サルファディアでの交易は、空も海も存在しない、陸路を荷車で運ぶ形の交易しかなかった。


(サルファディアに船が走れる河は無いけれど、東には海があるわ。あれだけ大きな船を作れるのだから、流氷をものともしない船とか、作れないかしら? それがあれば、あんな山を越えなくて済むのに……。)


 

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