聖女
「アモル様……あまり心配させないでください。」
アモルの言葉に促された様に、小剣を構えた修道女が、闇の中から現れた。
ゼイリアである。
ベンデル地方もミコ・サルウェとなって、見違えるほど治安は良くなった。
とは言え、暗くなるのが解っていながら、何時までも帰って来ないアモルを心配して、探しに来たのである。
ゼイリアを見たマーロウは眉をぴくりと引き上げて、だらけていた狼達もシャンと背筋を正して、シンクを守る様に立ちはだかった。
狼たちは、唸り声をあげる。
しかし、ゼイリアは、その様子に動じる事もなく、ゆっくりと小剣を鞘に納めた。
「リア!」
アモルがゼイリアの腰にしがみついて、嬉しそうに声を上げる。
ゼイリアは、その頭を愛おし気に撫でた。
出会った当初の、主従の様な、ある種の壁のある関係であった二人ではない。
ゼイリアの様付けは抜けていないが、まるで親子の様に打ち解けている様子であった。
アモルから視線を上げて、ゼイリアはマーロウの方を向いた。
「マーロウ様、この剣の力で御座います。ご警戒を御解き下さい。」
※旅人の懐刃 光土 設置スペル(ユニット)
設置されたユニットは+2/+1と、隠形の効果を得る。
FT(Flavor text)
--------------カシム寺院の長は、その安全を願って、旅人に小剣を手渡した。
それは、彼の細やかな魔力の結晶であった。
マーロウが、、再び眉を動かした。
「俺を知っているのか。」
警戒は解かれていないが、マーロウの視線に関心の色が宿る。
「貴方様のお姉さまと、面識が御座いまして。その……何というか……そのままお伝えしますが、沢山の狼たちに囲まれている甘ったれた弟がいると、良く話してくださいました。」
なお、この場合の”囲われている”は物質的な話ではなく、生活の面倒を見てもらっているという意味であった。
中々に辛辣な言い様である。
しかし、マーロウに気を悪くした様子はなく、むしろ、そう間違ってもいないと苦い笑みすら浮かべていた。
もっぱら、森や草原を旅しながら生活をしているマーロウ。
食料などは現地調達で、その際に狩りをするのは狼達であった。
「確かに姉貴の言いそうなことだな。」
「……不躾な質問ですが……あまり仲はよろしくないのかと思っていたのですが、違うのですか?」
ゼイリアの質問すると、マーロウは難しい顔で、後ろ手に頭を掻いた。
「姉貴にも聞いたのか?」
逆に聞いたマーロウに、ゼイリアは目を伏せて首を振った。
「お答えになりませんでした。ただ、繰り返される乱暴に聞こえる言葉の間に、「今どこに居るのやら」と何度も繰り返しておりましたので……。申し訳ありません。踏み入った質問をしました。」
マーロウは一瞬、眉を上げた後、微笑んだ。
「そこまでじゃないさ。まあ……いろいろあるが……それでも、互いに気にかけてはいるんだよ。姉貴の方は有名人だから、気にしなくても、今度はこんな活躍をしたとか、、風の噂で入ってくるけどな。」
「左様で御座いますか。」
ゼイリアはアモルにしがみつかれたまま、頭を深く下げた。
「……所で、それは姉貴からか? パッと見た感じじゃあ、武器を持つ素性とも思えんが? 普通の剣じゃないだろ? それ。」
マーロウは、ゼイリアの持つ小剣を指さした。
「いえ、こちらは陛下より賜りました物で御座います。」
ゼイリアの持つ小剣は、アモルを保護していた事の礼として、アニムが彼女に授けた物であった。
武器であるのは、彼女自身がアニムに対して、それを望んだからである。
金銭や、宝等はいらなかった。
それよりも、ゼイリアはアモルを守るための力が欲しかった。
勿論、武器を持ったからと言って、戦いの素人が急激に強くなれる等と、ゼイリアは考えていなかった。
しかし、キニス教信者では無くとも、実の所、旧スカリオンの国民からしても、天使を支配下において、それどころか、天使を生み出して居ると噂されるミコ・サルウェ王アニムは、神と同義であるのだ。
故に、ゼイリアは、その神性に期待した。
悪く言えば、初めて目にした、その神の力を試したのだ。
力なき私にも、か弱き者を庇護する力をお与えくださいと。
これに対して、アニムは、”彼自身の意向とは無関係に”その希望をある種、完璧な形で応えてしまったのである。
ここで一つ、説明しておかねばならない事がある。
EOEにおいて、ユニットを永続的に強化する方法は2つだ。
一つは装備品。
こちらは、手札から召喚コストを支払って武器や防具を召喚し、装備コストを支払う事で、ユニットがそれを装備し、その能力恩恵を受けるという物だ。
装備コストを払いなおせば、他のユニットに付け替える事が出来るし、装備ユニットが破壊されても場に残って、新たなユニットに装備させられるのが強みである。
そして、もう一方が、設置呪文と言う物であった。
輪廻の揺り籠の様な、場に影響を与える設置呪文の亜種である。
こちらは、ユニットに直接使用する事で効果が発揮される。
装備品ではなく、その質は魔法であって、他のユニットに付け替える事は原則出来ないし、ユニットが破壊されれば、設置呪文も同時に破壊され効力を失ってしまうのだ。
装備品と比べ、コストに対しての効果が高いというのが此方の強みであった。
今回、この二つのうち、アニムが使用したのは、後者の設置呪文の方である。
手元にあるカードの中で、強すぎない、ほどほどの塩梅のカードを選んだつもりであった。
実際、レアカードでも無ければ、只の人であるゼイリアの能力を1/1と仮定すれば、強化込みで3/2、カード能力とすれば普通、まあ、弱くはないくらいである。
問題ない。
ただ、アニムの想定外として、能力とは関係ない部分では、問題が大ありであったのだ。
先にも行ったが、装備品は飽くまで物であるのに対して、設置呪文は魔法である。
だから、それが仮に剣の形をしていたとしても、それは剣ではなく、剣の形をした魔法なのだ。
ゼイリアにそのカードが使われたとき。
謁見の間で、彼女の周囲が煌めき、その光が彼女の中に集まっていく所を、多くの者が見ていた。
そして、彼女が意識したとき、彼女の中心から小剣が現れて、彼女の手の中に納まったのだ。
小剣はアニムが作り出したわけではない、魔法をかけられたゼイリアが生み出した物である。
謁見の間はおおいにざわついた。
この魔法がただ人によって、ゼイリアに掛けられた物であれば、何の問題も無い。
だが、掛けたのはキニス教の神、その化身と思われているアニムである。
つまり、神の掛けた魔法、それはすなわち神の加護、祝福として認識された。
スカリオンにおいて、西の聖女と呼ばれたゼイリアが、ミコ・サルウェにおいても聖女となった瞬間である。
それを知っていたマーロウは、一瞬固まった。
それから、目を大きく開いた。
「ああ。陛下……そうか。そういう事か。聞いたことがある。……なるほどな。」
肝心な事を言わず、マーロウは勝手に納得する。
静かに二人の会話を聞いていたシンクは、マーロウを見つめるが、彼はその事に気が付かなかった。
「道理でそれは姉貴と面識があるわけだ。」
何度もうなずいているマーロウに痺れを切らして、シンクが不満げに声を掛けた。
「マーロウ?」
マーロウは、シンクの方へ視線を向けて、再び頭を掻いて、苦笑いをした。
「すまん。ミコ・サルウェがベンデルだけじゃなくて、スカリオンという国とも戦争したって話はしただろう? 彼女は当時、スカリオンで聖女と言われていて、今は、ミコ・サルウェでも、聖女と言われている有名人なんだ。」
合っている様な、間違っているような適当な説明に、ゼイリアは困った様な苦笑いをして、代わりにシンクは訝し気な表情を作った。