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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
112/123

ラルヴァ2

 マーロウはシンクに頷いた。

「今は、薬で痛みを誤魔化しているだけで、怪我自体が無くなったわけじゃない。正直、この辺りの医療事情はあんまり良くないんだが……ケガなら軍医の中にラルヴァが居たのを思い出してな。ちょっと引っ張って来たんだよ。」


 少し、本筋からの脱線も交えた話となるが、マーロウの言うように、ベンデルの医療事情は、なかなか難しい状況であった。

 根本的に、身体の丈夫な魔物は問題では無い。

 彼等は、そもそも病に強いし、ケガは回復魔法みんかんりょうほうですぐ直るのだ。


 しかし、スカリオン、ベンデルを吸収した時点で、ミコ・サルウェの圧倒的マジョリティは人間となっていた。

 彼等の怪我は、同様に回復魔法で直るが、人間の身体は病にも弱かったのだ。


 ゆえに、薬学、内科医療という物の需要が一気に高まっているという背景があり、ミコ・サルウェ政府は、各地の人間に対する医療事情の調査という物を行ったのだ。


 その上で、解った事として、ベンデル地方は、もともと無数にあった小国をベンデル王国が統合拡大していった土地である。

 そのせいか、ミコサルウェが調査した時点では、古い民間療法の様なものが、各地にぐちゃぐちゃに混ざり合っている様な状態であったのだ。

 そして、その多くが迷信のような物であって、例で言えば、動物の血液を沸騰させたものを病人に吹きかけ、火傷してできた水膨れを潰した液を……見たいな、とてもそのまま残しておけるような物では無いという物が多くあったのだ。


 結果、ミコ・サルウェ政府は既存の町医者や呪術医ウィッチドクターの仕事を、一旦、高価な妖精薬等と回復術師で肩代わりし、国の定めた医療者の免許制度を導入する事になったのだ。

 

 そして、医者に一定の知識、作法を求めるにしても、その基準が必要であり、各地に大学が作られ、そこで各地から知識を集積して、効果の在る物を仕分ける。

 それをまずやったのが、医者希望者の第一陣であり、翌年、受け入れた第二陣も加わって作業を進めているが、今もって、その作業は終わっておらず、第一陣は医者(仮免)という立場になっていた。

 

 ラルヴァは、その第一陣である。



 ラルヴァは、距離を保ちながら、シンクへと声を掛けた。

「恐がらせてしまって、すまない。天白師団で軍医を務めているラルヴァだ。」


 第一陣は、そもそも軍属の衛生兵から募集されたこともあって、町医者のような事もやるにはやるが、原則、元々の部隊に帰参していた。


「マーロウからは、重度の骨折と聞いているが……。もし、私で良いというであれば、この場ですぐ治療するが、どうする?」


 シンクは身体を固くして、一度、マーロウの顔を見た。

 そして、ラルヴァへと視線を移して、ぐっ息を飲むと頷いた。

「お願いします。ごめんなさい。」

 未だに、シンクの中には恐怖が残っていた。


 しかし、それは何か、余韻のような物で、自分の中から徐々に徐々に薄れていくのを、シンクは感じていた

 

「解った。……恐かったら、目を瞑っていても良い。」

 シンクは首をふって、目を瞑らなかった。


 ラルヴァは頷くと、マーロウの後ろから前に出て、シンクに近づき、すぐ隣にしゃがみ込んだ。


 すると、アモルが気を利かせて、シンクの足が見やすいように灯りを傍に近づけた。



「ありがとう。」


 ラルヴァがアモルに礼を言うと、彼女はほんのりと頬を朱に染めた。


 ラルヴァはシンクの足に巻き付いた革紐と麻布を、蛇の指で丁寧に剥がしていった。

 すると、中から全体的に赤黒く、グロテスクに腫れあがった右脚部と添木として使われていた木片が出て来た。


「少しの間、痛むが耐えてくれ。マーロウ! 彼女に何か噛む者を渡してやってくれ。」

 

 ラルヴァがマーロウに声を掛けると、マーロウは背中に背負った背嚢をガサガサと漁り、中から白い清潔な布塊を取り出して、シンクへと渡した。


 シンクもこの布をどうしろ、と言われているのかは理解していた。

 しかし、元王女にしては、これも貧乏性と呼ぶのか、こんな綺麗な布に噛みついて、汚してしまうのは、どうにも憚られて、マーロウを見返した。


 ただし、それは伝わらず、マーロウは頷き、

「止血用の当て布だ。清潔にしてあるから、咥えても大丈夫だ。」

 という答えが返ってきた



 あえて聞き直しても良かったが、良いと言うのならば、良いのだろう。

 シンクは、それをしっかりと噛みしめると、ラルヴァの方へと向き直り、首肯した。


 ラルヴァがシンクを見返す。

「では、始めるぞ。」


 ラルヴァは、右手を折れた部分へと翳して、左手をその翳している右腕に構えた。

 すると、彼の左手が、暗闇でも解る紫黒の光を放ちだして、その光が彼の右腕を覆っていった。


 それから、ラルヴァがシンクの足へと右腕を近づけると、その光はうねうねと触手のように蠢いて、シンクの足へと絡みついて行った。


「ひ!?」

 ぴくりと肩を上げて、シンクが悲鳴を上げる。

 

 先程まで、ラルヴァに感じていた恐怖とはまた違う、見た目とそして光の癖に、どこかぬめり気を帯びた触手の生理的な不快感が、シンクの背筋を駆け上がったのだ。



 だが、すぐにそんな事はどうでも良くなる程の痛みが、シンクの元へ訪れた。



 ------ズキン! ズキズキ……ギギギギン……。


「ふっっ……くっ……。」

 加えた布の隙間から、シンクの苦悶が漏れ出た。

 昨日よりも、よっぽど痛くなっている気がする。


 それは、シンクの気のせいである。

 しかし、苦悶に満ちた顔には、汗が浮かび、涙と共に流れて行った。


 これは、ラルヴァの治癒の技が、シンクの足を直すよりも先に、麻酔薬の効果を打ち消してしまったのである。


「ヴう…うう……う~!!」


 触手がシンクの足を握りしめた。


 さらに上乗せされる痛みに、シンクは真っ白になるっ程、手を握りしめ耐えた。


 ------トクン……トクン……。


 そして、触手は、それが生き物であるかの様に脈動を繰り返し、それ以外の動きを止めた。


 ------トクン……トクン……トクン……。


 シンクは、触手に自らの心臓が乗り移ってしまったかのような気がした。

 この脈動は、産まれ直す生命の脈動。 

 脈動が繰り返されるたび、痛みが僅かずつ薄れていった。

 

 やがて触手は脈動を止めると、揮発する水気の様に虚空へと消え失せてしまった。




「……痛くないわ。これで直ってしまったの?」


 何倍にも長く感じられた。

 とは言え、実際は一分にも満たない時間であり、複雑骨折の完治までの時間と比べると、一瞬とも言える時間であった。

 

 ラルヴァは立ち上がると、シンクにも立つように促し、マーロウにはそれを補助する様に指示を出した。

 シンクは、マーロウの腕を掴むと、恐る恐る立ち上がった。

 

 彼女の足は赤黒さは勿論、違和感も無ければ、不自然な方向へ曲がる事も無かった。

 曲げ伸ばしをしても、違和感はない。


「すごいわ……。あんなに、ぐにゃぐにゃだったのに。後も残らないなんて。」


「魔法治療は初めてだったか。」

「ええ……。お医者様といったら、薬とかでしょ?」


 シンクは自らの足をペタペタと触る。

「中には祈祷したりする人もいるって聞いた事もあるし、魔法使いにも会った事があるわ。でも、それで治療する人は初めて見たわ。」


 ラルヴァが少し、距離を取りながら話した。


「そうか。今回は状態がかなりひどいのでな。少し大がかりな術法になったが、もっと簡単な物なら、今後機会が増えていくだろう。」


 その姿を見た、シンクは罪悪感で胸が痛んだ。


「マーロウ。骨折の後は、発熱や、嘔吐する場合がある。さっき渡した中に抑える薬が入っているから、必要に応じて飲ませてやってくれ。」


 ラルヴァはそう言うと、踵を返して、歩き出した。


 シンクはその後ろ姿を追いかける様に声を掛けた。 

「あの! 失礼な態度を取ってしまってごめんなさい。それと、ありがとうございました。」


 シンクは深々と頭を下げた。


 ラルヴァは立ち止まると、シンクの方に向き直った。

 しかし、表情の無い彼の顔からは、その感情は伝わって来なかった。


「いや、構わんよ。うら若きお嬢さんの心情を鑑みずとも、私自身、良く理解できる話だ。しかし、これもある種の証。自らの意思で捨てる事は出来ないのだよ。陛下は、今の私に何を求めて産み出したのだろうか……。」

 そう言うと、ラルヴァは自らの身体を見渡して、また踵を返し、歩き去って言った。

 マーロウは顎を撫で、その姿を暫く眺めていた。



 その場には、シンクとマーロウ、そして、先ほどから、何処か茫洋とした表情で居るアモルが残された。


 あまり動きの無いアモルが気になって、シンクが彼女を見つめていると、それに気が付いたのか、はっとなって照れくさそうに笑った。


「えへへ。すごいよね。私も治癒に分類される魔法は使えるけど、「浄化」とか、これ以上悪くなり難くするのが精いっぱいで、あれだけの怪我を直すなんて相当よ?」


 アモルは、残念そうに肩を落として、それから少し大げさに身体を広げた。


「でも、私は、彼を怒らせてしまったわ。」

 シンクは、小さくなって、自らの不明を悔いた。

 今、思えば、あの時、どうしてあそこ迄、彼を恐れていたのか。

 自らの事であるのに、まったく理解が出来なかった。 



「大丈夫だ。」

 マーロウがシンクに言った。

「え?」


「あれは、怒っている時の”あれ”じゃない。本当に怒っているならば、もっと厄介な事が起きている。」


 手をヒラヒラ振りながら言うマーロウに、シンクは目を細めた。

「そうかしら。」


 納得できなかった。

「まあ、アレでも神だからな。」


「え?」


 マーロウはにっ笑った。

「あいつは元々……って言っても、俺が会った時には、もう蛇男だったから、相当昔の話なんだろうがな。何か大きなモノと戦って、途方もない穢れを受けたらしい。それで、本来なら消滅するはずの所を、陛下……ミコ・サルウェ王が繋ぎ止めているという話だ。」

 

 マーロウがそう言うと、シンクでは無く、アモルが声を上げた。

「アニム様が守ってるの!? じゃあ、やっぱりラルヴァさんは凄い人なのね?」

 喜色に満ちた声であった。


 その反応に、マーロウは眉を上げた後、薄く笑った。


「さてな。本当の所は、俺も本人から聞いたわけじゃないからな。ただ、昔会ったあいつはもっと半透明で、存在もあやふやだった。だから、実際あり得る話だと俺は思っているけどな。」


 シンクは、怪訝というよりも、話を理解できないという表情で、逆にアモルは目を輝かせた。


「所で、お前さん。悪いな。うちの姫さまの御守りをさせちまって。こんな暗い中だ。家族は心配してないか?」

 そう言ってマーロウが問いかけると、アモルは嬉しそうに笑った。


「えへへ。そうよ。リアは今頃、すっごく心配してると思う。でも、きっとすぐ見つけてくれるから大丈夫よ。」



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