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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
110/123

お昼の夜1

 お昼の夜。

 それは、ゴルドの住民以外では聞きなれない、まったく逆様に思える概念が、一つに同居している不思議な言葉であった。

 マーロウも、それについては何も言っていなかった。

 

「え……と、それは、良く分からないけど」


 そう言って、一度シンクは言葉を区切る。


「……マーロウは、この事を知っているのかしら?」

 そして、シンクは、眉をハの字に下げて、尋ねる様に、狼達に話しかけた。


 しかし、狼達は、シンクの言う事をわかっているのか、居ないのか。

 互いに顔を見合わせたり、首を傾げたり、シンクの言葉に反応はするが、彼女が安心できるような要素を示してくれる事はなかった。


「お昼の夜って言うのはね。殆ど毎日、このくらいの時間になると、あ!! ごめんなさい。間に合わなかったわ。」


 アモルは、途中まで説明すると、何かに気付いたように、空を見上げ、口元を手で押さえた。

 

「今日は、いつもよりちょっと早い。ほら、アレを見て。」

 

 アモルは南の空を指さして、シンクにそちらを見る様に促した。

 そして、それと時は同じく。


 ------ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ。


 小さな地響きが、シンクの耳に届き始めた。


 シンクは、何が起こっているのか、理解が追い付かず目をしばたたかせる。

 そして、アモルの指さす方を見ると、何か巨大な物が、空を覆いながら、自分の方へ向かって来ているのが見えた。



「へ?……ええ? えええええええ!?」


 巨大なそれは、かなり早い速度で近づいてくる。


 ------ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ。


「ちょっ、ちょっと、アレ! 逃げなくていいの!?」

 

 シンクはアモルに視線を移すと、アモルは耳を抑えて、眉根を寄せていた。


(私、そんなに大きな声が出てた? って、そうじゃないでしょ? 良いの!? このままで!)

 

 シンクは顔を赤らめて、一瞬落ち着きを取り戻すが、またすぐにキョロキョロと辺りを見渡して慌てふためいた。


 ------ゴ! ゴ! ゴ! ゴ! ゴ!。


 地響きはかなり大きくなっており、シンクは少し頭が痛くなってきた。

 

 そして、その数秒後、巨大なそれはシンクの上空を通過し、またそのすぐあとには都市の上空を覆いつくしていた。

 日の光を遮られたゴルドは、夜の様に暗闇に閉ざされた。


 地響きも止む。 


 シンと音の消えた暗闇の中、シンクがどうする事も出来ないまま固まっていると、何やらすぐ近くでつぶやく声が聞こえた。

 

(魔法?)


 パッと目の前で激しく炎が立ち上る。


 ヒャっ!というアモルと、シンクと彼女の丁度間にいたセキという狼のキュン!? という悲鳴が同時に聞こえた。

 

 シンクは、本能的に顔の前に手を出して、炎の出す強い光から目を守った。

 そして、徐々に光が弱まるのを感じて、手を顔の前からずらしていく。


 すると、手と光の向こう、アモルが半泣きで、見たことの無い植物の実を拾い集めながら、バスケットにしまい込んでいた。


「んんん……最近、制御できるようになったと思ったのに……なんで~……?」


 この炎を呼び出した主が、アモルである事は、シンクにも予想出来ていた。

 しかし、どうやら今、灯っている小さな炎が本来の大きさで、制御を誤った炎は予定よりも随分大きく、驚いたアモルは、持っていたバスケットをひっくり返してしまったらしかった。


「大丈夫?」

 シンクも衝撃から抜け出せたわけではない。

 しかし、自分とは別の所で慌てふためいているアモルを見ると、どこか少し心に余裕を持つ事が出来ていた。


 グルルと唸り声をあげるセキの背中を撫でて宥めると、自らの近くまで転がって来た果実を拾い上げて、アモルに差し出した。


 アモルは、それに気づくと、慌てて取り繕うように照れ笑いをして、ありがとうと、それを受け取った。





 ------コホン。


 アモルは空気を換えたいの、小さく咳ばらいをした。

 

 小さな彼女がそれをすると、何だか”おしゃま”に見えて、天変地異に巻き込まれた様な状況でありながら、思わずシンクは和んでしまった。

 

「?」


 アモルの意図したものとは違う空気の変わり方であったが、彼女はあまり深くは考えずに話し出した。


「見たでしょ?……上の子。雲呑みって言うのよ。」


 シンクは頷いた。

 

「くものみ? 生き物なの?……雲ってあの雲よね? 確かに雲でも丸呑みしてしまいそうだけど……。」


 シンクは蓋をされた天上を見上げた。


「空鯨っていう生き物で、近くに行ければ、ちゃんと意思疎通も出来るのよ?」


 そういってアモルは、自らの背にある羽をちらりと、視線で示しながら微笑んだ。


「ちなみにだけど。正確には雲じゃなくて、雲に隠れた魔物を食べてるの。」

「魔物を食べるの?」


 面白そうに笑うアモルに、シンクは何とも言えない顔を作った。


「うん。ベンデル地方ってね。私も難しい事は解らないんだけど。魔物とか魔獣が産まれやすいんですって。そのままだと、商売とかで旅をしている人が困るでしょ? しかも、雲の中は魔物の生まれるまでの間隔が短いらしくって。だから、雲呑みが毎日、ベンデル中をラピリスの近くまで、くるくる回って雲ごと食べちゃうの。そうすれば安全でしょ?」


 シンクからすれば、神話的で、呆れるほど大胆な話である。

 ただし一つ気になる事がある。

 マーロウから、都に行く前にラピリスに寄るという話を事前に聞いていたのだ。

 

 近くまで、という事はラピリスの雲には、魔物が居るという事であろうか。


「近くまでなの?」


 シンクが聞く。


「ラピリスの近くまで行っちゃえば、あそこは、風と雷の寵児の領域だもの。精霊が多すぎて澱みなんて早々には出来ないし、曲がり間違って強いのが産まれちゃっても、雷に打たれて、すぐに逃げちゃうか、そういう子は意思疎通が出来るから、性格に問題が無ければ、降りて来て国民として普通に生活できるわ。」


 ニコニコと話すアモルに「そうなのね」と、わかったふりでシンクは相槌をうった。

 シンクも雷が雲の中から生まれる事は知っていた。

 しかし、風と雷の寵児と言うのが、何を指しているのかは分からなかった。


 別にアモルが悪いとはシンクも思ってはいない。

 ただ、恐らくそこにも、上に鎮座する雲呑みの様に、自分の知らない何かが沢山有るのだろう。 


 ここは、それまでシンクが持っていた理屈も、理解も及ばない異次元的な差異をもった国だと、シンクは理解する事にした。



 その後。

「このまま暗闇に居るのも難だし、明るくなるまで、何処か移動しましょうよ?」

 という風にアモルから提案された。


 そして、灯りの無いシンクとしても、アモルをずっと拘束してしまっている為、申し訳なく思っている。

 ただ、自分は足の自由が利かず、待ち人のある身であるからと、如何したものだろうかという、そんな話を二人でしていた所に、狼のセキが一吼えした。


 暗がりに、ぽうと、放射状の灯りが現れて、シンク達の方に近づいてきた。





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