お昼の夜1
お昼の夜。
それは、ゴルドの住民以外では聞きなれない、まったく逆様に思える概念が、一つに同居している不思議な言葉であった。
マーロウも、それについては何も言っていなかった。
「え……と、それは、良く分からないけど」
そう言って、一度シンクは言葉を区切る。
「……マーロウは、この事を知っているのかしら?」
そして、シンクは、眉をハの字に下げて、尋ねる様に、狼達に話しかけた。
しかし、狼達は、シンクの言う事をわかっているのか、居ないのか。
互いに顔を見合わせたり、首を傾げたり、シンクの言葉に反応はするが、彼女が安心できるような要素を示してくれる事はなかった。
「お昼の夜って言うのはね。殆ど毎日、このくらいの時間になると、あ!! ごめんなさい。間に合わなかったわ。」
アモルは、途中まで説明すると、何かに気付いたように、空を見上げ、口元を手で押さえた。
「今日は、いつもよりちょっと早い。ほら、アレを見て。」
アモルは南の空を指さして、シンクにそちらを見る様に促した。
そして、それと時は同じく。
------ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ。
小さな地響きが、シンクの耳に届き始めた。
シンクは、何が起こっているのか、理解が追い付かず目を瞬かせる。
そして、アモルの指さす方を見ると、何か巨大な物が、空を覆いながら、自分の方へ向かって来ているのが見えた。
「へ?……ええ? えええええええ!?」
巨大なそれは、かなり早い速度で近づいてくる。
------ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ。
「ちょっ、ちょっと、アレ! 逃げなくていいの!?」
シンクはアモルに視線を移すと、アモルは耳を抑えて、眉根を寄せていた。
(私、そんなに大きな声が出てた? って、そうじゃないでしょ? 良いの!? このままで!)
シンクは顔を赤らめて、一瞬落ち着きを取り戻すが、またすぐにキョロキョロと辺りを見渡して慌てふためいた。
------ゴ! ゴ! ゴ! ゴ! ゴ!。
地響きはかなり大きくなっており、シンクは少し頭が痛くなってきた。
そして、その数秒後、巨大なそれはシンクの上空を通過し、またそのすぐ後には都市の上空を覆いつくしていた。
日の光を遮られたゴルドは、夜の様に暗闇に閉ざされた。
地響きも止む。
シンと音の消えた暗闇の中、シンクがどうする事も出来ないまま固まっていると、何やらすぐ近くでつぶやく声が聞こえた。
(魔法?)
パッと目の前で激しく炎が立ち上る。
ヒャっ!というアモルと、シンクと彼女の丁度間にいたセキという狼のキュン!? という悲鳴が同時に聞こえた。
シンクは、本能的に顔の前に手を出して、炎の出す強い光から目を守った。
そして、徐々に光が弱まるのを感じて、手を顔の前からずらしていく。
すると、手と光の向こう、アモルが半泣きで、見たことの無い植物の実を拾い集めながら、バスケットにしまい込んでいた。
「んんん……最近、制御できるようになったと思ったのに……なんで~……?」
この炎を呼び出した主が、アモルである事は、シンクにも予想出来ていた。
しかし、どうやら今、灯っている小さな炎が本来の大きさで、制御を誤った炎は予定よりも随分大きく、驚いたアモルは、持っていたバスケットをひっくり返してしまったらしかった。
「大丈夫?」
シンクも衝撃から抜け出せたわけではない。
しかし、自分とは別の所で慌てふためいているアモルを見ると、どこか少し心に余裕を持つ事が出来ていた。
グルルと唸り声をあげるセキの背中を撫でて宥めると、自らの近くまで転がって来た果実を拾い上げて、アモルに差し出した。
アモルは、それに気づくと、慌てて取り繕うように照れ笑いをして、ありがとうと、それを受け取った。
------コホン。
アモルは空気を換えたいの、小さく咳ばらいをした。
小さな彼女がそれをすると、何だか”おしゃま”に見えて、天変地異に巻き込まれた様な状況でありながら、思わずシンクは和んでしまった。
「?」
アモルの意図したものとは違う空気の変わり方であったが、彼女はあまり深くは考えずに話し出した。
「見たでしょ?……上の子。雲呑みって言うのよ。」
シンクは頷いた。
「くものみ? 生き物なの?……雲ってあの雲よね? 確かに雲でも丸呑みしてしまいそうだけど……。」
シンクは蓋をされた天上を見上げた。
「空鯨っていう生き物で、近くに行ければ、ちゃんと意思疎通も出来るのよ?」
そういってアモルは、自らの背にある羽をちらりと、視線で示しながら微笑んだ。
「ちなみにだけど。正確には雲じゃなくて、雲に隠れた魔物を食べてるの。」
「魔物を食べるの?」
面白そうに笑うアモルに、シンクは何とも言えない顔を作った。
「うん。ベンデル地方ってね。私も難しい事は解らないんだけど。魔物とか魔獣が産まれやすいんですって。そのままだと、商売とかで旅をしている人が困るでしょ? しかも、雲の中は魔物の生まれるまでの間隔が短いらしくって。だから、雲呑みが毎日、ベンデル中をラピリスの近くまで、くるくる回って雲ごと食べちゃうの。そうすれば安全でしょ?」
シンクからすれば、神話的で、呆れるほど大胆な話である。
ただし一つ気になる事がある。
マーロウから、都に行く前にラピリスに寄るという話を事前に聞いていたのだ。
近くまで、という事はラピリスの雲には、魔物が居るという事であろうか。
「近くまでなの?」
シンクが聞く。
「ラピリスの近くまで行っちゃえば、あそこは、風と雷の寵児の領域だもの。精霊が多すぎて澱みなんて早々には出来ないし、曲がり間違って強いのが産まれちゃっても、雷に打たれて、すぐに逃げちゃうか、そういう子は意思疎通が出来るから、性格に問題が無ければ、降りて来て国民として普通に生活できるわ。」
ニコニコと話すアモルに「そうなのね」と、わかったふりでシンクは相槌をうった。
シンクも雷が雲の中から生まれる事は知っていた。
しかし、風と雷の寵児と言うのが、何を指しているのかは分からなかった。
別にアモルが悪いとはシンクも思ってはいない。
ただ、恐らくそこにも、上に鎮座する雲呑みの様に、自分の知らない何かが沢山有るのだろう。
ここは、それまでシンクが持っていた理屈も、理解も及ばない異次元的な差異をもった国だと、シンクは理解する事にした。
その後。
「このまま暗闇に居るのも難だし、明るくなるまで、何処か移動しましょうよ?」
という風にアモルから提案された。
そして、灯りの無いシンクとしても、アモルをずっと拘束してしまっている為、申し訳なく思っている。
ただ、自分は足の自由が利かず、待ち人のある身であるからと、如何したものだろうかという、そんな話を二人でしていた所に、狼のセキが一吼えした。
暗がりに、ぽうと、放射状の灯りが現れて、シンク達の方に近づいてきた。