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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
105/123

クルルスの車輪2

 一頻り泣いて、落ち着いた後、シンクはクルルスの砕けてもう回ることの無い車輪を指の腹で撫でていた。


 

 そして、何かを決意する様に口をぎゅっと結んだ。


 シンクは、もしかしたら、魔物に襲われたのは自分が居たからではないか、そんな気がした。

 運が悪かったのではなく、呼ばれた。

 だから今、自分が生き残っているのではないか。

 状況を考えれば、死んでいる確率の方が圧倒的に高かった。


 この残骸たちは、サルファディアの希望の成れの果て。

 死してなお、絶望しない戦士たちの墓標群。


 であれば、自分は何を求められているのか。



(私がやるべき事は、もう決まったわ。私はまだ、生きてるんだから。死が確定するその時まで、私は民の為に行動するわ。)


 家族を弑逆したタリタスや、顔すら見たことがないリシドに対する恨みは、もはやない。


 ただ、シンクの脳裏にあるのは、アヴィアやオルガ達の顔であった。

 シンクは優しく微笑む。


(私の愛しい民達……。)

 何故だか、そんなフレーズがシンクの頭に浮かんで、何を考えているのと、顔を赤らめて呆れた様にため息を吐いた。


(むしろ、私は彼らに捨てられた身でしょうに……。)

 

 シンクは、もう一度、クルルスの残骸を下から上へと眺めて行った。

 

(そう言えば、オルガ達は無事かしら?)

 シンクは顔を曇らせた。

 

 シンクが最後に見た光景は、危機的な状況であったし、シンクが身を挺して倒した魔物は、今もすぐ近くに在る。

 しかし、だからといって、以降の彼らの状況が安心できるような保証は欠片も存在していなかった。



 ------ズキン!



「……! しつこいわね!!」


 シンクは声を荒げて、自らの右足を睨みつけた。

 無論、早々に直る様なケガではない事は、シンクでもわかっていた事である。


 ただ、いい加減、気力で無視できる範囲の、限界を超える痛みが訪れて、先ほどとは違った意味で涙が零れた。

 その八つ当たりがしたかっただけである。


「痛すぎて死にそうだわ……オルガよりも、自分の心配をした方が良いかしら……。」


 生き延びたと言っても、状況は、シンクの方が圧倒的に悪い。

 今の所、姿を見せないが、ここは魔物や魔獣の領域である。


 シンクが見つめる先に在る右足は、膝から先が、本来曲がらない方向へと曲がり、曲がらぬ筈の脛が、先ほど這っていた時には、グネグネと地面を踊っていた。


 肌は赤とも黒とも呼べる様な色をしており、我ながら奇形で異様な事になっているなと、目を背けたくなった。


 その時ふと、これだけのケガである。

 仮に直ったとしても、完全には元に戻らないのではないか。

 それどころか、この地獄のような痛みからは、辛うじて解放されても、この醜い足はおかしな形のままで固まってしまうのではないか、そんな考えが強く頭をよぎった。


(……。)

 シンクにはそれが酷く冒涜的で、死よりも恐ろしい気がした。

 

 肉体だけではない、精神的にも随分と弱っているのだ。

 そうなると、人の考えというのは、あまり良い方には向かわないらしい。


 これが私に下された罰なのかも知れない、そんな妄想が頭の中を木霊した。

 シンクの傍らには、先ほどの剣が転がっている。


(いっそ、切り落としてしまおうか?)


 幸い目の前には商人の荷馬車があり、探せば袋や紐の一つ、二つは必ず見つかるという物だ。

 切り落として、傷口を袋に包んで、口をきつく縛れば、血もそれほど失わずに済むのではないか、そんな事を考えた。


 

 しかし、すぐに首を振って正気を取り戻す。

(ちょっと、待ちなさい。何を考えているの!?) 


 シンクは目を覚ましてからなのか、それとも、それよりも前からなのか。

 自分では、きっかけに覚えはないが、奇妙なほど思い切りが良くなっている気がした。

 

「おかしなモノでも憑いているみたいね……。」


 サルファディアには悪魔付きや、狐憑きという言葉は無い。

 しかし、似たような言葉に精霊付きという物があって、一部の精霊は人に憑き、憑かれた人間は思考や行動が荒々しくなると言われている。


 これは、古いサルファディアの戦士の間で、戦の前にアギモラの灯木に祈ると、その身に精霊が下りて来て、その者は勇猛果敢な勇者へとその性質を変えるという伝承が、長い年月を経て、俗に変化したものであると言われていた。

 

 今では、気性難な子に、「あの子は精霊付きだから、他の子や酷い時には、親まで殴って、手が付けられない」と、そんな風に揶揄する形でしか用いられる事はなかった


 シンクは自分を見失わない様に、自らを制しようとした。


 


 ------クゥオーン




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