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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
102/123

キヤ3

 

 ゴオッと、キヤの目の前に、白い旋風が落ちて来た。

 それは、凄まじい勢いで暴れると、ホブルどもの身体はバラバラに引き裂かれて、キヤの視界には血風が長く滞留した。


「!?……ぶもおおおお!!」


 キヤは一瞬、驚きに硬直し、血風の匂いに眉を顰めた。

 しかし、すぐさま、大角を突き出して、再びの咆哮を行う。

 

 それは、敵の注意を惹きつけるために行われる戦士の為の開戦礼ウォークライだ。

 白い旋風は、獅子の身体に鷲の頭と、大きな翼を持った有翼幻獣。

 所謂、グリフォンであった。




 相手が此方に注意を向けたのに合わせて、角を突き出す。


 ------ガキーーン!


 金属同士がぶつかり合うような音が辺りに響いた。

 キヤの角が、相手の大きな爪によってはじかれたのだ。


 並の爪であれば、そのままへし折って、腕ごと何処かへ吹き飛ばす様な一撃を食らっても、グリフォンはビクともしていない様子で、キヤの事を眺めていた。

 

(くそっ! ここ数年で生態系に変化があったのか……。)


 ホブルたちとの戦いの最中、別の魔物が現れるという事が稀にある。

 この辺りには時折、ホブルたちを餌とする大型の翼竜が出現し、彼等は人間を襲うことは無かった。

 それは翼竜が賢く、人間は、翼竜の弱点がその薄い羽にあると見抜く目を持っていると理解していたからであった。

 人間を倒して食らっても、自らの生命に関わる負傷を負ってしまっては仕方ない。

 彼等は人間を囮にして空から小鬼を襲い、慌てふためくホブルを地上で人間が刈るという、ある種の共闘関係が発生する事があった。

 

 これは、時折起こる幸運で、予兆があるときは、コペレティオの上空を数回、翼竜が旋回飛行するのが常となっていた。



 しかし、今、目の前に居るのは翼竜ではなく、グリフォンである。

 

 グリフォンはホブルを無残に殺し、口にくわえる素振りさえ見せない。

 

(こいつは、腹が減ったから現れたわけじゃねえ。戦いを求めて現れた強者だ。)

 

 よくよくグリフォンの首元を見ると、筒尺の短いラッパのような物が束ねられていて、ぶら下がっていた。

 先程の音の正体はこれである。


 グリフォンに作れるもではないし、しかし、元の持ち主が魔物とは思えない。

 

 人を襲った戦利品かと、キヤは睨んだ。

 そうしていると、グルフォンの嘴が縦に開いて行って、それを見たキヤは身構える。

 

 体勢は低く、何時でも角を突き出せる姿勢。




「よっほほ~! お前さん、いい攻撃だな! 軍隊に興味はないか?」



 

 キヤは、何か場違いな音が、耳に向かって響いた気がした。

 しかし、今は戦闘の最中、集中を乱す雑音を無視しようとした。



「お~い? 言葉は解るだろ? なんだ、狂戦士か? 今時、流行んないぞ?」

 


 キヤの聞き間違えではないらしい。

 目の前のグリフォンが、どうやら言葉を使い、キヤに話しかけているらしかった。

 妙に空気が軽い。 


(なんだこいつは?)


 しかし、キヤが一瞬、肩の力を抜きかけた瞬間、グリフォンの後ろに何かが上空から落ちて来た。

 そして、それはグリフォンの身体を死角にすると、一瞬でキヤの目の前まで距離を詰めると、彼の口元を右手で鷲掴んだ。

 それは、人間の男に見えた。


「!?……!(クソ!? やられた!)」

 

 匂いはしない。


 しかし、何か粉のような物が、キヤの体内に入って言った事を彼は感じた。

 

 すぐに体が痺れて動けなくなってしまった。

 キヤの口元から、手が外され、そのままキヤは膝から地面に崩れ落ちる。


「おい、バーンズ。何をしてるんだ。」

 先程のグリフォンとは違う声が響いた。

 男の声は淡々としている。


「何って、そいつが普通の奴か、確かめようとしてたんさ。」


 グリフォン:バーンズの返答に、男は肩を竦めると、キヤの近くにしゃがみ込んだ。


「よく見ろ。こいつは獣人だ。俺たちよりよっぽど人間に近いだろうが。」


 そういって、男はニヤリと笑った。

 

 キヤは男を人間であると思っていたが、どうやら違うらしい。

 

 しゃがんで近くなった男の顔。

 額には昆虫の単眼のような物が2つ在り、開いた口の中に、舌は見当たらなかった。

 そして、彼が動くたび、周囲には微細な粉塵が舞っているのが見えた。


(……これを吸い込んだのか?)

 

 その時、気づいた。

 アイニ達の援護が久しくない事を、そして、周囲を目だけで確認すれば、バーンズに気圧されて、自分たちを囲むだけで居たホブルたちも身体が動かないのか、其々の武器を投げ出して地面に突っ伏していた。


(不味い事になった。)


 身体が動かず後ろを確認する事は出来ないが、アイニ達も同じような状況なのだろう。



「はっはっは。だが、ゼルバイアン。解っているなら、彼らまで制圧しなくても良かっただろう?」

 男の言葉に、バーンズは嘴を大きく開けて笑うと、首を傾げて見せた。


「彼等から見て、俺たちがどちらに近い見た目かって話は、今しただろう? 暴れられても面倒だ。ほら、さっさと合図を出せよ。」


「はいよ。」

 バーンズは器用に首を回すと、一瞬笛束が宙に浮いて、それを嘴で加えた。

 

「パプ~パパパパパプ~。」

 相変わらず、酷い音色が空に響き渡った。

 

 しかし、その音が鳴った後、今の今までどこに隠れていたのか、飛竜や巨大な怪鳥、羽の生えた獅子にまたがった人間の兵士、背中に羽の生えた人間もいた。

 そういった者達が、沢山現れて、ホブル達を瞬く間に駆逐していったのだ。


 この光景を見たキヤは冷静さを取り戻していた。

(なんだこいつらは。魔物の群れというには、統率が取れている。)


 麻痺毒でやられているこの辺りのホブルは、あっという間である。

 すぐさま後ろにいる、他の商組を襲っているホブル達にも、彼等は襲い掛かっていったのだろう。

 

 キヤは身体が動かない為に、見えてはいない。

 しかし、聞こえてくるのは、ひたすらにホブルの悲鳴と、新たな魔物が来たぞと、注意を促す声であって、人間の断末魔は聞こえてこなかった。


(こいつらは、人を襲っている訳ではない。)


 感覚は無いが、キヤの肩をゼルバイヤンが揺すっている。


「おい。ぼーっとするな。俺はミコ・サルウェ天白師団、第三分隊所属、ゼルバイアンだ。言葉は通じるか?」


 いまだキヤの目前にしゃがみ込んだままの姿勢で、ゼルバイアンがキヤに話しかける。

 しかし、キヤは声帯までやられているのか、声が出せなかった。

 

 そんなキヤを尻目に「結局、俺と同じこと聞いてるぜ?」とバーンズが茶々を入れた。

 そして、ゼルバイアンは面倒臭そうにバーンズを見て「やかましいぞ。良いからお前も掃討に加わってこい!」と怒鳴りつけて、バーンズはへらへら笑いながら飛び立っていった。

 騒がしいグリフォンが本当に戻ってこないか、じっくりと睨みつけた後、バーンズはキヤの方へ向き直る。

 キヤは動かない身体で、倒れ込む様に何とか首を振った。


「解るんだな?」

 それを確認する様に見下ろした後、ゼルバイヤンは再びキヤの口元に手を翳した。


 すると、キヤの身体は、ゆっくりと、その感覚を戻していった。 

 30秒ほどで、違和感は残るが、動くだけならば問題の無い程にまでなった。

 首を肩ごと回して、後ろを見ると、ポカンとした表情でホブル達の死体を見つめている仲間たちがいた。

 

「お゛、あ゛ん゛ん゛、、、あ゛ん゛ん゛!」


 キヤは声を出そうとして、ガラガラした咳ばらいを2回した。 


 それから、キヤは疲れた様に肩を落とし、膝をついたまま、首から上だけでゼルバイアンを見た。

 

「お前たちはなんだ? 魔物じゃないのか? 助けてくれているのか? 俺たちをどうする気なんだ?」 

 続けざまに質問が吐かれた。

 

 しかし、ゼルバイアンは不快な顔をすることなく、笑った。


「ああ、魔物だな。まあ、それはもう良いだろ? 助けてやったんだからな。……先ほど、一人の女性から通報があって来たんだ。大規模な商隊が命の危険に晒されながら、お隣の国から越境してきているってな。お前たちの事だろう?」



 キヤはゼルバイアンの言葉に頷いた。


「ああ、恐らく俺たちの事だ。だが、女性とは誰だ?」


 他にこの山脈を越えようとしている者に心当たりはないし、まず、あり得ない筈である。

 

 しかし、同時に、それは自分たちを知り、通報したという女性にも心当たりは無いという事でもある。


 

 ゼルバイヤンは、キヤの質問には答えない。


 そして彼は、ため息交じりに肩を竦め、

「正直、勝手に越境されても困るんだがね。……ただ、かと言ってあの山頂よりこっちは我々の領地だ。そこの治安を守るのが我々の仕事であって、君らには勝手に死んでもらっちゃー、あまり嬉しくないんだよ……。まあ、どうせ超えてはこないだろうと高をくくって、こっちの警備がザルなのは、俺たちの落ち度なんだけどな。だから、今回は多めに見ようじゃないか。獣人君。」


 そう言って、もう一度笑った。


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