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新しい君と  作者: たく
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彼女は台風

翌日、学校に行くと彼女の机は大量の人に囲まれていた。


「篠原さんってさ、どこから引っ越してきたの?」


「髪の毛綺麗~どんな手入れしてるの~?」


「おれサッカー部なんだけど、マネージャーやらね?」


など、様々な声で教室が満たされていた。


男女問わず彼女は人を寄せ付ける力があるみたいだ。


ていうか、これじゃ僕は席に座れないじゃないか……


そんな風に思っていたら、突然彼女が大声をあげてこちらに走ってきた。


その勢いで手をつかまれて、僕は廊下まで引っ張られた。


そしてそのまま全力疾走で廊下を駆け抜けた。


「ちょっと!どこまで行く気?」


軽く息を切らしながら彼女に聞いた。


「はぁ…はぁ…ここまで来れば大丈夫かなー……」


そう言って、彼女はようやく手を離してくれた。


辿り着いたのは、階段の踊り場だった。


彼女も相当へばっている。


無理もない、突然全速力で走ったら誰だってこうなる。


それに、男子の僕ですらついていくのがやっとだった。


まあ、僕が運動不足っていうのは間違いなくあるとは思うけど……


「それで、突然どうしたの?」


息を整えてから、彼女は口を開いた。


「いやぁ……みんな凄い詰め寄ってくるからつい逃げてきちゃった」


「君は一応転校生だからね、そりゃあんな風になっても不思議じゃないよね」


「まあ、そうなんだけどさぁ…ほんとに困ったよぉ」


何がそんなに困るんだろうと思ったが、すぐに理由が分かった。


「そういえば、他の人には記憶喪失だってこと言ってないんだったね」


「そうそう、だから色々答えられなくてさー。本当に焦ったよ」


「やっぱ周りにも言った方がいいんじゃない?今からでも遅くないと思うけど……」


「それはイヤだ」


きっぱりと拒絶の意思を持って言われた。


「……どうして?」


「こないだ話したのが一つと、単純に話したくない。それにここでは昔の私の事知ってる人がいないから、今の私として接していきたいの」


それじゃあ事情を知ってる僕はどうなるのさ……


とは言えなかった。


この時、僕はまだ彼女の本音を知らなかった。


それに彼女の言ってることが分からない訳でもない。


誰でも自分のコンプレックスをペラペラ話したいとは思わないだろう。


話さないで済むのであればそれに越したことはない。


「分かったよ。あくまで話さないで通すのね?」


「そういうこと」


その時、始業を告げるチャイムが学校中に響き渡った。


「まずい、戻らないと」


「わー急げ~!」


その後、僕たちは担任にこってりと絞られた。




前日と同様に、学校はすぐに終わり放課後となった。


「この後、どうするの?」


「そうだねぇ、取り敢えずゆったり過ごしていこうよ」


「……え?」


「だから、ゆったり過ごしていこうよって言ったの」


「いや、それは聞いてたけど……記憶のことはどうするの?」


「ん~それは私も考えてたんだけどさ、焦っても良いことないかなって思って。それなら取り敢えずそれは置いておこうかなって」


「君は記憶を取り戻したいのか戻したくないのかどっちなの?」


「もちろん取り戻したいよ。でも、むやみやたらにあれこれやっても意味ないでしょ?それに、記憶を取り戻すきっかけって思いがけないところにあるかもしれないし、もっと遊びたいしね!」


「……別にそう言うならいいけど、その間僕は一人でいさせてもらうよ?」


「えー、それはダメだよー。何か思い出した時に困るじゃない?それに、さっきみたいなことになった時も君がいてくれたほうが助かるし」


「めちゃくちゃわがままだね」


「ごめんごめん。でも君にしか頼めないからさ~、お願い!」


「はぁ……分かったよ」


ここで折れてしまう辺り僕も甘いな……


思えば、出会ってから美月の発言には振り回されっぱなしだ。


その内なんとかしないと。


「じゃあ、早速今日は遊びに行こう!」




そうして連れてこられたのは、ショッピングモールだった。


どちらかと言えば田舎っぽいこの街にとって、こういったショッピングモールがあるのは貴重だった。


「ここ来てみたかったんだよね~!」


「何か買う物あるの?」


「何もないよ?」


「じゃあ何しに来たの?」


「充君は女心が分かってないね~」


「別にそんなもの知らなくても困らないよ」


「またまた~。女の子はね買いたい物があるから来るんじゃないんだよ。誰かと来ることそのものが目的なの。買いたいものはあったらおまけで買うって感じだね!」


聞いてもいないのに、彼女はペラペラ喋り始めた。


「それならなおさら僕とじゃなくて、同性と来た方が楽しめるんじゃないの?」


そう聞くと、彼女は少し黙ってからこう言った。


「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない~」


本当に美月は何を考えてるか分からない。


まあ、今に始まったことではないので、言われた通りに気にしないことにした。


「じゃあ行ってみようー!」




「これ似合ってるんじゃない?」


「僕、目悪くないから」


「おしゃれ用の伊達メガネでいいじゃないー」


「僕はいいから、だったら美月がかけたら?」


「私はコンタクト派だから!」


「へえー、目悪かったんだね」


「まあね、記憶が無くなる前は眼鏡かけてたみたいだよ私」


「そうだったんだ。そういうのって記憶関係あるんだね」


「そうみたいだね。病院で目覚めた時に試しにかけてみたんだけど、なんか合わなくてさ」


「視力が?」


「違うよ~。君は面白いことを言うね~」


そんなに変なことを言ったつもりはなかったんだけど、なぜか笑われてしまった。


「合わないって言ったのは、眼鏡をかけた感覚がってことだよ。さすがに記憶を失ってるからって視力まで変わらないって~。まあ合わないっていうよりは私は好きじゃないかなって感じ」


「ああ、そういうこと。まあ、確かに視力まで変わるなんて聞いたことないよね」


「ホントだよ~。充君は意外と抜けてるな~」


「そんなつもりはなかったんだけどね」


この時、僕は一連の会話にすごく小さな違和感を感じた。


そして結果的に、この違和感の正体は後に知ることとなる。


違和感の正体を、僕も彼女もまだ気が付いていなかった。


もしもこの時に気が付いていれば、もう少し違う未来もあったのかもしれない。


そんな風に思った。




その後も、僕は彼女に振り回され続けた。


ゲームセンターに行ってリズムゲームをやらされたり。


フードコートでクレープを食べたいと急に言い始めたり。


とにかく落ち着きがなかった。


僕はあまり行動的な方ではないので、どうしたらここまで動けるのか不思議でしょうがなかった。


それでも、彼女が記憶を失っていてもここまで楽しめているのであれば、それはとても良いことだと思った。


常日頃こんなだと疲れてしまうが、たまにならこんな日があっても良いかもしれない。


柄にもなくそんなことを思った。


「いやーほんとに楽しかったよ!付き合ってくれてありがとう!」


「どういたしまして。今度からはもう少し落ち着いた感じだと助かるよ」


「了解了解。気を付けます!」


そう言って彼女は笑った。


「それ、結局買ったの?」


僕は、彼女の右手に握られていた小さな紙袋を指さしながら言った。


「買ったよ、何となく気になっちゃってさ。家に置いてあるからかな?」


そう言って紙袋に入っていた“それ”を取り出した。


「じゃーん!どう、似合う?」


「似合ってなくはないと思うよ」


彼女が買ったのは、黒縁の四角いフレーム眼鏡だった。


あの後、もう一度眼鏡屋を覗きたいと言ったので、仕方なく付いていった。


二度目だったので僕は外で待っていたのだが、しばらく帰ってこなかった。


あまりにも帰りが遅いので、様子を見に行こうかと思ったらようやく帰ってきた。


そしたら例の紙袋を持っていた、という訳だ。


「そこは似合ってるって言ってくれればいいんだよー」


「僕は素直な感想を言っただけだよ」


「もうーだから君は女心が……」


また美月の女心トークが始まったので、流し聞きしつつ程よいタイミングで話を切った。


「その眼鏡、日常的にかけるわけじゃないんでしょ?」


「かけないよ、でももしかしたらかけたくなる日が来るかもしれないから、その時までとっておくよ」


果たしてそんな日が来るのだろうか?


あるとしたら記憶を取り戻してからだろうか?


そんなことを吞気に考えていた。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」


「そうだね」


僕たちはようやく帰路についた。




「美月はさ、記憶を取り戻したらどうするの?」


帰り道の途中、僕はずっと気になっていたことを聞いた。


「ん~そうだね、その先のことは正直あまり考えてないかなぁ。記憶を取り戻した時のことはその時に考える!先々のことは考え過ぎずに今を楽しむ!それだけだよ」


美月らしいな、と感じた。


僕はどうだろうか?


今を生きれているだろうか?


……いや、僕は過去に囚われてる。


彼女の話を聞いて、改めてそう思わされた。


過去に囚われず、前向きに生きられる日が来るのだろうか?


そう考えると、漠然とした不安に支配された。


こんな僕が美月の手伝いをしてても良いのか?


もっと自分と向き合って、まずは自分を何とかするべきじゃないのか?


そんな疑問が、蟻地獄のように僕の頭を駆け巡った。


一度そういったことを考え始めると、もう止めることは出来なかった。


これは僕の悪い癖だ。


そう分かっていても止めることができない。


すごく厄介な癖だった。


「……くん、充君!聞いてるの?」


「あ、ごめん。何だっけ……?」


「急に黙っちゃってどうしたの?私何か変なこと言った?」


「いや、別に大丈夫だよ、ごめん」


「大丈夫なら、いいんだけどさ。まあ困った時はお姉さんに任せなさい!」


彼女は自分の胸をポンッと叩いてそう言った。


「僕、一応十七歳なんだけどね」


「えっ、うそ!年上なの!?誕生日いつなの?」


「四月一日」


「昨日誕生日だったんだ!知らなかったよ~」


「言ってないからね」


「私は八月二十日だよ!」


また聞いてもないのに自分のことを話し始めた。


「まあでも、こういうのはあんまり関係ないよね。とにかく何かあったんだったら私に話してよ。記憶を取り戻すために手伝ってもらってるから、私からも何かお返ししたいなって思うし」


「……ありがとう。話したくなったら話すよ」


「うん、そうして!」


どうやら無理に聞き出すつもりはないみたいだ。


聞いてもないことを話したり、突拍子もない事ばかり言うから、てっきり根掘り葉掘り聞かれるのかと思ってたけど、そんなことはなかったらしい。


意外と優しい所もあるんだな、と思ってしまった。


そんなことを考えている内に、別れ道についた。


「じゃあね!改めて今日はありがとう!」


「うん。じゃあ、また明日」


帰ろうと思った矢先に、彼女は思い出したかのようにこう言った。


「そうそう。私ね、記憶なくしたその日から日記を書いてるんだ。何かを思い出すきっかけになるかもしれないって思ってさ」


「それで?」


「今日のことも書いておくね」


「いや、書かなくていいから」


「え~別にいいでしょ~?誰にも見せるものじゃないんだから。それに記憶を取り戻すの手伝ってくれるんでしょ?その手伝いの内だと思ってさ、ね?」


美月のことだ、結局何を言ったところで書くつもりだろう。


それならば僕に止める道理はない。


交渉するだけ無駄だと、僕は潔く諦めた。


それに、日記を書くことで思い出す手がかりになるのであればそれは悪い話じゃない。


「まあ、それで少しでも記憶が戻るきっかけになるんだったらいいよ。ただし他の人に見せたりするのはなしね」


「分かってるって!家の中でしか書かないから大丈夫だよ!」


「じゃあ、僕は帰るよ」


そう言って、今度こそ彼女と別れた。




帰り道の最中、ずっとあの時の会話の違和感について考えていたが、結局この日はそれを解決することは出来なかった。

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