類は友を呼ぶ
「人が多いですね。私、なんだか疲れちゃいました……」
「ここが、私が住んでた所……?」
慣れない環境にやってきた二人は、思い思いの感想を述べていた。
かく言う僕も、異常な熱気に頭がショートしそうになっていた。
ただでさえ真夏で暑いのに、こんな人混みにいたら死んでしまう……
僕たちがへばっている中、周囲の人たちはものすごい勢いで歩いていってしまう。
いや、むしろ小走りといった方が正しいかもしれない。
そんな逞しい姿を見て、ここの人たちは僕たちとは別の人種なのではないかと本気で思った。
「……美月、この後はどうする予定?」
ここに来ることは決めていたが、その後の予定は美月に任せていた。
「そうだね、とりあえず先生に教えてもらった学校に行きたいと思う。私が一年生の時の担任の先生がまだいるみたいだから、その人に話を聞いてみようと思う」
「じゃあ、そこに向かいましょう……」
紺野さんはフラフラしていて、今にも倒れそうな様子だった。
「ちょっと、本当に大丈夫?きつかったらちゃんと言うんだよ?」
「大丈夫です、海の時のみたいにならないように困った時はちゃんと伝えますから」
「うん、美月もね」
「分かってるよ」
美月の場合は少し意味合いが違うのだが、本当に分かってるのだろうか?
そんなことを考えていたが、それを察したように彼女は言葉を付け足した。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。何か思い出しそうになったらちゃんと言うから」
「分かってるなら、いい」
「それより、充君こそちゃんと言ってね?君は人の心配ばかりして自分のことは後回しにしがちだから……」
隣で紺野さんがうんうんと頷いていた。
そうなのだろうか?
むしろ僕からしたら、二人の方がよっぽどそういう所がある気がするのだが……
そんなことを考えていて、僕は少し笑ってしまった。
……そうか、きっとこれが“類は友を呼ぶ”ということなのだろう。
僕が二人に惹かれたのか、二人が僕に惹かれたのか、それとも三人がそれぞれ寄り添ったのか。
それは分からなかったが、僕はこのことわざの意味を始めて体感できた気がした。
学校に着いた美月は、職員室へと向かっていた。
美月は元生徒だから良いかもしれないが、僕と紺野さんは違うので、あまり目立たないように少し離れたところから様子を伺っていた。
「すみません……ここの生徒だった者なのですが、斎藤先生はいらっしゃいますか?」
美月は、知るはずのない先生の名を呼んでいた。
……ここまで来ても、美月は何の反応も示さなかった。
やっぱり何かがおかしい。
今までもそうだったが、美月はあまりにも記憶に関することで反応が無さすぎる。
いくらなんでも、ここまで何も無いものだろうか?
何もなさ過ぎて逆に怖くなってしまう。
ここは、本当に美月がいた場所なのだろうか……?
そんな疑問が、少しずつ僕の心を侵食し始めていた。
……が、その疑問はすぐに解決した。
「篠原さん、久し振りね」
斎藤先生は、何故かよそよそしい態度でそう言った。
「突然なんですけど。ごめんなさい。私、先生のこと覚えてないんです」
「えっ……?」
このリアクションは何だろう?
もしかして、こっちの人たちは美月が記憶が無いことを知らないのだろうか?
その雰囲気を美月も感じ取ったのか、ここに至る事情を事細かく話し始めた。
「先生のことだけじゃなくて、他の記憶も無くて……本当に何も覚えてないんです」
「……」
そう言われても、斎藤先生は何も言えないようだった。
確かに、こんな話をいきなりカミングアウトされたら誰だってそうなるだろう。
僕が初めて会った時も、おそらく似たようなリアクションをしていたと思う。
「……ここには、どうやって来たの?」
「今の学校の担任の先生から教えてもらいました。……私、記憶を取り戻すためにここまでやって来たんです。だから、私に何があったか教えてくれませんか……?お願いします!」
「そういうことだったのね……ごめんなさい。私からは何も話せないわ」
「どうしてですか!?」
「それがあなたのためでもあるわ……忘れてた方が幸せなこともあるのよ」
それは、僕が初めて美月と会った時にも言ったセリフだった。
何度となく言われて来たであろうフレーズを聞いた美月は、あからさまにショックを受けていた。
「……どうしてみんなしてそう言うんですか?私はただ自分に何があったか知りたいだけなのにっ……!」
斎藤先生はそれでも口を固く閉ざしていて、私は何も話しません。という意思表示を示していた。
「分かりました……もういいです」
そう言って、美月は職員室の扉を激しく鳴らして出てきた。
その瞬間、斎藤先生がボソッと呟いたのが聞こえた気がした。
「篠原さん……変わったのね」
「ちょっと美月!待ってよ!」
そう言っても美月は止まることはなく、むしろその足音は加速していった。
その音がまるで彼女の焦りを表現してるようで、聴いてる僕まで苦しくなってしまった。
「……ちょっと、一人にしてほしーー」
「それは出来ません」
今までに聞いたことないほどキッパリとした声で、紺野さんは美月の言葉を遮った。
普段の様子とは違う彼女に驚いたのか、美月も僕もビクッと背中を震わせてしまった。
「今の美月さんを一人にしておくことは出来ません」
彼女は、刷り込むかのように同じ言葉を繰り返した。
「どうして……?」
美月の声は震えていた。
背中しか見えなかったが、きっと彼女は泣きそうになっている。
そんな姿を見ていられなくなったのか、紺野さんは後ろから美月をそっと抱きしめていた。
「……だって、今の美月さんは危なっかしいですから」
「でも、私がこんなんじゃ二人に迷惑かけちゃう。八つ当たりみたいになっちゃうよ……」
また美月の悪い癖が発動していた。
紺野さんはそれに慣れていたのか、美月の耳元で優しく囁くように話しかけていた。
「そんなの、今更じゃないですか。私は最初からそのつもりでついてきましたよ?……それに、迷惑なんかじゃないです。辛い時は強がらないで、甘えても良いんですよ」
絶対に離さない。という気持ちが現れるかのように、紺野さんの抱きしめる力は強くなっていた。
そこに加勢するように、僕も言葉を付け足した。
「紺野さんはもちろん、僕も別に大丈夫だから。そうじゃなきゃ最初から協力なんてしないよ。だから無理しないで肩の力抜いて。ね?」
「……ありがとう」
そう言うと、堰を切ったように美月は泣き出してしまった。
紺野さんは、そんな状態でも美月を決して離そうとはしなかった。
……僕は何もすることが出来ず、ただ一人離れたところからその様子を見守っていた。




