旧友の意志
勢いで学校から出て来たが、他にあてがあるわけではなく、僕たちは路頭に迷っていた。
「とりあえずさ、ご飯でも食べる?」
「腹が減っては戦は出来ぬ、ですね」
「まあ、そんなところかな」
近くにあったコンビニに入り、適当に食料を調達した。
今すぐ食べたかったが、街中で食べ歩きするのもどうかと思い、公園を探した。
十分ほど歩き回った僕たちは、小さい子供達が遊園地のように遊べるような遊具溢れる公園を見つけた。
さすが都会だった。
公園の規模一つ取っても、桁違いの大きさだった。
僕たちは手軽なベンチに腰をかけ、袋の中から食料を取り出し自分たちのものを回収していた。
そして、おにぎりの袋を開けながら美月がボソリと呟いた。
「どうして、誰も私のこと教えてくれないんだろう……」
「……それはきっと、美月のことを心配してるからだよ。思い出さない方が良いっていうのは決して拒絶してるわけじゃない。その方が美月にとって良いって考えてくれてるんだよ」
「それは、そうかもしれないけど……」
紺野さんは僕たちの会話に耳を傾けながら、菓子パンをかじっていた。
その瞬間、突如として後ろから声をかけられた。
「……あなた、もしかして美月ちゃん?」
「えっ?」
突然のことに驚きながらも、僕たちは一斉に声の主に顔を向けた。
……そこには、少しやつれた女性が立っていた。
年齢にして四十代だろうか?
しかし、その疲れ切った表情は実際の年齢よりも高いと感じさせるものだった。
「やっぱり、そうなのね……転校したって聞いてたんだけど、会えてよかったわ」
「あの、おばさん。もしかして私のこと知ってるんですか……?」
「ええ、もちろんよ。あなたを忘れるはずないじゃない」
この人と美月は、一体どういう関係なのだろうか……?
「おばさん。突然こんなこと言われてもびっくりするかもしれないですけど。実は私、記憶が無いんです」
「そう、だったのね」
それを聞いたおばさんは、今までそれを知らされた人たちとは全く異なる反応だった。
驚いてはいるが、どこか納得してるような、そんな反応だった。
「……よかったら、うちに来ない?ちゃんとお礼を言いたかったのよ」
「お礼、ですか?分かりました」
「……あなたたちは、見ない顔ね」
突如、話題が僕たちへと切り替わった。
「私たちは美月さんの友達です。今日は美月さんの記憶の手がかりを探しにここまで来たんです」
「……友達、ね」
そう言うと、おばさんは何故か涙ぐんでいた。
そして、少し間を開けてこう言った。
「……あなたたちも、良ければいらっしゃい」
「「ありがとうございます」」
僕たち二人は、声を合わせておばさんにお礼を言った。
「ここよ」
公園から更に十分ほど歩いた所で、おばさんの家に辿り着いた。
この都会には少し似つかない、和風な家だった。
「さあ、入ってちょうだい」
「お邪魔します」
僕たちは口々にそう言って、おばさんの家に足を踏み入れていった。
「とりあえず、適当な所に座ってね。お茶くらいしか出せないんだけど、良いかしら?」
「構わないです、わざわざありがとうございます」
紺野さんが丁寧に対応していた。
こうやって会話してる時の紺野さんは、本当に大人びていた。
座って待っていた僕は、“ある物”が視界に入った。
しばらくしてお茶の準備が出来たらしく、一つずつ配り終えた後、僕たちの目の前に腰を下ろした。
「えっと、記憶が無いんだったわよね。じゃあ、改めて自己紹介しないとね」
そう言って、気持ちを落ち着かせるようにしてから話し始めた。
「私は、秋月美智子と言います。秋月麗奈の母です」
秋月麗奈……?
なぜ娘の名前まで出したのだろうか?
「改めまして、篠原美月と申します」
僕たち二人も一応自己紹介した方がいいと思ったので、ついでにと言わんばかりに挨拶しておいた。
「……充君に、紅葉ちゃんね。分かったわ」
一通り終わった所で、秋月さんは本題に入ろうとしていた。
しかし、その前に気になっていたことがあったようで、それについて美月に尋ねていた。
「……美月ちゃん、少し雰囲気変わったんじゃない?」
「……そうなんですか?」
「ええ、前は眼鏡かけてたじゃない。それに、もう少し控え目というか静かな感じだったから」
「今はコンタクトレンズを付けています。……おばさんが知ってる私は、もっと落ち着いていたんですか?」
「少なくとも、今みたいにハキハキと喋るような子じゃなかったわ」
「そう、ですか」
確かに、美月は以前眼鏡をかけてたって言ってた。
そして、今は好きじゃないとの理由でかけてないとも言っていた。
秋月さんは、美月の変化が気になっている様子だった。
「記憶が無くなると色々と変わるものなのかしらね……?」
自分にそう言い聞かせて、納得させているようだった。
「それで、お話というのは……?」
早く話してほしいという気持ちを抑えられなかったのか、美月は秋月さんを催促していた。
「ごめんなさいね。……話というのは麗奈のことよ」
そう言って、僕が気になっていた“それ”を開いた。
そこで僕は、事情をなんとなく察してしまった。
「美月ちゃん、あなたは覚えてないかもしれないけど、麗奈といつも一緒にいてくれてありがとうね。あなたがいてくれたおかげで麗奈は幸せだったと思うわ……」
その声は、涙でうっすらと濡れていた。
「……私は、その、麗奈さんとはどういう関係だったんですか?」
覚えてないのが申し訳ないというように、気を使った様子で尋ねていた。
「麗奈とあなたは友達だったのよ。今みたいに私の家にもよく遊びに来ていたわ」
「そうだったんですか……」
美月は必死に思い出そうとしていたが、どうやらダメなようだった。
「無理して思い出そうとしなくても良いわ。例えあなたの記憶が無かったとしても、麗奈と一緒にいたことに変わりはないんだから」
そう言って、秋月さんは引き出しの中から大切そうに写真を取り出した。
「これを、見てちょうだい」
「……この人が麗奈さんですか?」
「ええ、そうよ。そして、隣にいるのが美月ちゃん。あなたよ」
「これが私、ですか……?」
美月は明らかに困惑していた。
隣から僕も横目でチラリと確認したが、今の美月の容姿とはかけ離れていた。
長く伸びた髪は三つ編みに結っていて、赤縁の眼鏡をかけていた。
そして麗奈さんはというと、肩くらいまでしかないショートヘアーでおっとりとした目元が特徴的な少女だった。
容姿だけ見ると、紺野さんにかなり近かった。
それに気が付いたのか、本人もびっくりしているようだった。
「ね、雰囲気違うでしょ?」
秋月さんは、少し微笑んでいた。
しかし、すぐに真剣な眼差しに戻り、再び話し始めた。
「あなたたち二人はね、学校でいじめられていたのよ」
「いじめ……」
美月が反応するよりも前に、紺野さんが辛そうに呟いた。
当の本人は全く覚えてないようで、どう反応したらいいのか分からないといった様子だった。
「じゃあ、麗奈さんはそれで……?」
困惑してた美月の代わりに、紺野さんが聞いていた。
ただ、その先を言うのは憚られたのか、具体的に言葉にするのは避けていた。
「ええ……麗奈は、美月ちゃんを心の支えにしてたのよ。そして美月ちゃん、あなたも麗奈を支えに生きていた」
「そうだったんですか……」
「だけど、それでもあの子の心は限界に近付いていた。そして突然自殺してしまったのよ。私がもっと早く気付いて手を打っていれば……」
そう言って、顔を手で覆ってしまった。
その姿は、まるで全てを吐き出した罪人のようで、僕の心をチクリチクリと刺激した。
……気付けば、あの日の出来事を思い出していた。
秋月さんの姿が、当初の僕の姿に被って見えた。
「でもね、美月ちゃん。あなたは生きている、まだ生きているのよ。こんなことを言うのはおこがましいって分かってる。……けど、どうか麗奈の分まで生きてあげてくれないかしら……?」
「おばさん……」
秋月さんの勢いに、美月は複雑な表情を浮かべていた。
彼女はしばらく悩んでいたが、やがて決心したように言葉を絞り出した。
「……麗奈さんの分まで生きれるように、努力させてもらいます」
その表情はさっきとは違い、決意に満ち溢れていた。




